第95話 覚悟の先には
リンゼルの覚悟を見たワドルネは先ほどまでの顔が少しずつ真剣味を帯び始め、手に持っている長剣に鎧に散りばめられた祝福石に込められた聖力をもそこへ集中させていく。
過剰なまでに注がれたその長剣の刀身はもはや原型は見えず、聖力の光による揺らめきでなんとかその形を認識できるほどだった。
「お前の覚悟に敬意を表して俺の全てを出してやる」
(来るか……!)
片手で持っていた手を両手に持ち替えるとその長剣を振るう。
聖力が込められた突風がリンゼルに降りかかるとその勢いは凄まじく、気を抜けば足元が掬われそうになるのを踏ん張って耐えるしかない。
だがこれで終わりではない。本命は二撃目、動きを封じた相手に全力で切りかかる。ワドルネの必勝の戦法であった。
「【剣舞・聖光刃】!!」
ワドルネの腰が少し低くなり、切りかかろうとしているのが見える。
この状態でワドルネの全力の攻撃を受けきる事は出来ないがこの瞬間だけ彼が隙を見せることをまだ聖都にいた時に知っていた。
ここで反撃出来なければ敗北は目に見えていた。
「同じことが何度も通用すると思うか!?」
リンゼルの聖技によって生み出された光の剣が降り注がれていくのをワドルネは先ほどと同じように叩き落していく。
長剣に当てられた光の剣は粉々に砕け散り粒子となって散っていく中、その先に見える光景に目を見開いた。
「ハァァァ……ッ」
「二度目だと……!?」
「──【剣舞・聖光刃】!!!」
二度目の聖光円舞。それは先ほどの技とは違い光の剣のサイズも大きくなり、またその数も多い。
何よりもその技の速度はワドルネの記憶にあるローランの技に限りなく近づいていた。
光の剣にワドルネの長剣が触れるとそこから伝わる衝撃が一度目よりも遥かに重い。
一回の振りで済んでいたのが見えない斬撃を含めなければ迎撃するのが難しくなり、ワドルネの顔に初めて冷や汗が流れた。
(これは隊長が放つ時と同じ……! 威力も大きさもまだそこには到達してないがその片鱗を感じる……!)
「だが、負けん!!」
それでもワドルネのプライドに掛けて全てを叩き落していく。聖力を扱う者同士がぶつかる凄まじい音を鳴らしながら粒子として散らしながら残りの数を目視して数えていた。
……残り一つ、これを叩き落した直後にこの長剣に込めた一撃をリンゼルに叩き込む準備を行う。
聖技【聖集中】。内側が発する聖力を己の体内に注ぎ込み、身体能力を底上げするシンプルで基礎的な聖技。
体の表面を僅かに光らせながら両手に持った長剣を構え、足に力を入れて踏み込もうとした瞬間、ワドルネは度肝を抜かれた。
叩き切った光の剣の残骸の中からリンゼルが飛び出してきたのだ。しかもそれは自分と同じ【聖集中】によって体が発光しているがそれだけではない。握る長剣と全身がその光に包まれてワドルネよりも輝きを発していたのだ。
「なっ──」
(これは……この技の構えはっ!!)
「ハアアアアアッッ!!」
中腰による低い姿勢のまま突っ込んでくるリンゼル。その推進力になっているのは彼女の後ろ側にに刃を向けている部分から光が噴射されており上段切りの構えを取っているワドルネの懐に潜り込むのは容易だった。
間合いに入ったお互いは握りこんだ長剣を振るう。ワドルネは叩き潰すように力強く縦に、リンゼルは回転斬りをするように刃を廻しながら横にそれぞれの一閃が交差した。
──聖剣技【流聖斬】。かつてリンゼルの父、ローランが愛用した剣術。己が生み出した風の刃では光を捉えることは出来ず、その斬撃はワドルネの鎧ごと叩き切った。
「──……!」
「ハァ……ッ ハァ……ッ ハァ……ッ」
全力を込めたお互いの一撃。それぞれが地面に膝をつき、リンゼルはそのまま倒れないように長剣を突き立てる。
息を切らしながら首だけを動かして後ろを見ると、そこには今の攻撃で鎧が粉々に砕かれていくワドルネの姿が見えた。
「今のは隊長の……。それもすでに会得したというのか……」
「……完璧じゃない。父さんの技は全部、記録されてないあの人の中にしかない技術。だから他の人から聞いただけで実際今のが初めてだし、それも本当なのか私にもわからない……」
「イメージだけで……ぶっつけ本番でやったというのか……?。なんともまぁ……隊長の子らしい……」
「ワドルネ団長……」
長剣を握る柄に力を込めて立ち上がり、そのまま彼の方に近づこうとした時に異変が起こる。
ワドルネの背中の部分に埋め込まれた祝福石が怪しげな光を発するとそこから白い炎が沸き起こり、彼の体を包み込んでいった。
「ワドルネ団長……!? これはどういう……」
「近づくな。これはただの聖炎だ。負けた者の口封じとして自動的に発現するようになっている。敗北者に相応しい最期だろう?」
「し、しかし……。──ッ、そういう、ことか……」
聖炎に包まれるワドルネが体を向き直してリンゼルの瞳を見るそこには死に怯えるようなものではない。
彼の口からはそれ以上の言葉は出ない。教会の命、それも極秘のものであればこの状況は当然だと言わんばかりの覚悟の瞳がそこにあった。
「こんな……こんなことって……聖教会は一体何故こんなことを……」
「狼狽えるな。この程度のことなどよくあることだ。お前がそれを見る機会がなかっただけのことさ。俺も、俺についてきた部下たちもそれを理解してここにいるのだ」
「……っ」
「それにリンゼル、お前の覚悟が俺たちの覚悟を上回っただけのこと……。例えそれが奇跡だったとしても……それを掴み取ったんだ……。だから、見せてもらおう……この先に起こる事を……お前の覚悟がどこまで通用するかを……」
それを最後に聖炎が彼の体を完全に包み込み、焼けていくとその姿は炎と共に消えていった。
残された炎の跡だけが残り、この場に一人になったリンゼルは思いつめていた。
今回の自分がやった行いがどれだけ今後に影響があるかはわからない。しかし剣を交えて分かったことはそれは彼も同じであったということだった。
その思いに耽っていると遠くからコルネアの声が聞こえ、そこに顔を向けるとミリアも眠りから覚めてこちらに近寄ってくるのが見えた。
「お姉ちゃん……!」
「ミリア……! コルネアも……! 無事だったのね……!」
「ああ、なんとかな。……こいつもこの炎が出たのか」
「こいつもって……」
「ああ、手下も全員、こんな感じで今も焼かれていったよ」
「そうか……」
「でもミリアの歌声がなかったら正直危なかった」
「わ、私……ほんとはダメって思ってたけど……でも、お姉ちゃんがやられちゃうって思って……」
「私たちの為にやってくれたんだよね?」
「……! う、うん!」
「ありがとう。コルネアもよく守ってくれた。おいで?」
リンゼルの手招きにコルネアとミリアは彼女に近づくと二人の体にそれぞれ腕を回して抱いた。
無事であったことの喜びの抱擁にコルネアは少し気恥ずかしさを覚えたがすぐ横に見えるミリアの安心しきった顔を見ると自然とその気持ちも消えていき、今はこの暖かさの中で思い切り甘えることにしたのだった。




