第93話 一歩を踏み出せ
リンゼルがワドルネに追い詰められている一方でコルネアもまた同じように追い詰められていた。
荒野の近くの森の中に逃げ込んだとはいえ、オーガ族はヒヒ族のように逃げ足が速いワケではない。
ましてやミリアを抱えている状態なら猶更であり、ワドルネの部下たちに囲まれるのもすぐであった。
「オラァッ!」
近づいてきた部下に片手による正拳突きをお見舞いして威圧することは出来るがコルネアの拳もタダでは済まない。
聖力宿した鎧は魔族の彼女にとっても厄介であり、握った拳の先から疼痛による不快な痛みが迸っていた。
「ぐっ……あつ……」
「うおっ! こいつ、素手でもすげぇ威力だ」
「おい油断するな。相手はオーガ族だ。気を抜けばこちらも十分やられるんだぞ」
「しかし面倒だな……。あの娘に攻撃が当たらないようにしないといけないなんてな……」
「数はこっちが勝ってるんだ。焦らず、ゆっくりと追い詰めればいい」
「くそっ、ナメやがって……」
追い詰めた獲物を品定めするかのような部下たちの視線にコルネアは嫌な気分で言葉を吐き捨てる。
だがそれは事実であり、ミリアを抱きかかえたままの状態では大きな動きをすれば彼女にも負担はかかる。
全力は出せない。しかしそれは相手も同じでコルネアに対する攻撃でミリアを傷つけるワケにはいかない為、その分だけ手は緩んでくれる。
ミリアの存在は両者の間に対する溝を生み出してはいるが皮肉にも守るべきこの子の存在、これがコルネアにとっては疑似的な盾という状態になっているということに反吐が出た。
「う、う~ん……」
その張り詰めた均衡を崩すように眠っていたミリアが小さな声を上げる。
目覚めたミリアは閉じていた瞼をゆっくりとあげると近くにコルネアの顔があることに気が付き、未だ虚ろな目で彼女を見上げた。
「コルネア……お姉ちゃん……?」
「起きたかミリア。でも今だとちょっとタイミングが悪いな……」
「……え? うん……? えっ……?」
眠りから覚めたことで少しずつ意識が覚醒していき、そして少しずつ理解し始める。
抱きかかえられた自分の辺りを見渡すとそこには人間が敵意をこちらに向けており、コルネアはそれに対処している状況のに時間は掛からなかった。
「な、なにこれ……。これってどういう……」
「目を覚ましたか。更に面倒になるな……」
「多少強引でも構わないとワドルネ団長は言っていた。所詮、魔族の体。聖律の拘束を使えばすぐに動けなくなる」
「ひっ……! お、お姉ちゃん……!」
ワドルネの部下がじりじりと間合いを詰めていくのを見てミリアは思わず恐怖の声をあげてしまう。
体は震え、コルネアにしがみつく力も強くなっていく。そんなミリアをコルネアは何かの意を決すると抱き着くミリアを離して地面にそっと置いた。
「お、お姉ちゃん……?」
「悪いなミリア、こっからはアンタを庇って戦えねぇ。だけどここから先、あいつらを一歩もこっちには寄せねぇ。絶対にな……! そして逃げる隙を作ってやる。ミリアはそれを見て全力で走って逃げるんだ」
「お姉ちゃん……!? だ、ダメだよ……! 一緒に逃げよう……!?」
「アタシはこいつらの相手をする。こいつらは強い。きっと逃げながらじゃ無理っていうのを感じる。でも大丈夫、アンタが逃げてくれればきっと助けてくれる奴がいる……!」
「……っ! ラギ……!」
「そういうことだ」
眠り続けた影響もあって未だに足腰にうまく力が入らないミリアの前に庇うようにコルネアはワドルネの部下たちに立ち塞がる。
その時、僅かだがミリアの方にコルネアの横顔が向けられその表情は柔らかく、そして優しいものだった。
今から戦う者の顔ではない。ミリアを安心させるための姉のような慈愛がそこにあった。
「いいのか? 抱いたままのほうがよかったんじゃないか?」
「足手まといがいると全力出せねぇからな。こっちのほうがやりやすい」
「……なるほどな」
言葉の始めをはっきりと言い放ちながらコルネアは拳を作って構え、そして部下たちの中へと飛び込んだ。
まずは相手を中心にいる自分に注目させ、ミリアから視線を外させる。そうすれば彼女に向かおうとする奴は必ず隙を見せたのを一人ずつ倒すという形だ。
真正面からまともに相手をしていたら勝ち目はない。かなり荒いがそうでもしなければこの状況を打開するのは難しくコルネアにとってもそちらのほうが性に合っていた。
だが相手は聖騎士団の中でも強者。コルネアの初めの一手には驚きはしたがそれもすぐに対応し、一定の距離を取って彼女を牽制し始めた。
(くっそ! さっきから思ってたけどこいつらマジでやりづれぇ!)
オーガ族は己の肉体、つまりはステゴロに近い戦い方であり荒っぽさの中に技を仕込むことが多い。
故に素手によるリーチ分しか届かず、一定の間合いを取られれば拳の攻撃は簡単にスカされてしまう。
それも脚力による俊敏な動きでカバーできるが聖騎士たちはその戦い方も心得ている。決してそれらに惑わされず、仮に拳の一撃が当たっても取っていた間合いのおかげでクリーンヒットにはならない。
しかも鎧に施された聖力によって攻撃したこっちにもダメージが入り、怯んだ時には手に持っている剣から聖力の刃を弾丸のように飛ばして攻撃する。
そこには慢心という言葉は存在しない。決してコルネアの間合いには近寄らない、安全で確実な戦法はコルネアを少しずつ蝕んでいった。
(地龍撃なら逃げられる隙を作れるけど止まったらこっちの隙が生まれちまうしこいつらはそれを見逃さねぇ! かといってこのまま攻撃やっても全然当たらねぇし、クソッ!!)
「あああっ! ウアアアアッ!!!」
だがそれでもコルネアは勢いを止めることはない。例えどれだけ攻撃を食らっても、この勢いがあるからこそ相手はこっちから目を逸らすことはできない。
コルネアはミリアの方に少しでも気が緩んだ相手に向かって殴りかかるその姿はまさに飢えた猛獣のようであり、睨みつける目が血走っている。
だがそれでも着実に部下たちの攻撃はコルネアに対して蓄積していき、苦しみの呻き声も出し始めていたのが震えているミリアでも分かった。
(ど、どうしよう……このままじゃコルネアお姉ちゃんが……。早く逃げなきゃ……。……逃げるって何処に?)
(逃げて……どうするの……? いつもいつも私、ずっとこればっか……。でも……)
前にカルラと対峙した時のことを思い出す。自分の声は呪いの類、バンシーボイスを出せばこの状況を打開できるかもしれない。
しかしこれは無差別な力であり、敵ごとコルネアを巻き込んでしまうのは分かっていた。確実に死に至らしめる声は喉から出すことは出来ない。
(でも、それでも……! あの時のあれを思い出せば……!)
記憶の中でカルラに黒い業火を浴びせられたときにそれをそのまま返したことを思い出す。あれがなんなのかはカルラは知っていたようだが、ミリアにとってただその対象を逆にしただけだった。
それをこのバンシーボイスに込めれば一体どうなるのだろうか。
それが何かは実際にやってみないとわからない。しかしミリアはそれをすれば何が起こるかは薄々気が付いていた。
コルネアは今も身を挺して自分を守ってくれている。
今度はこの力を使って自分がコルネアを守る番になると覚悟を決めたのだった。




