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第90話 ヒヒ族のマーグ

 ヒヒ族の族長マーグとその手下たちにワドルネが先頭を切って突撃をする。

 手のは長剣を持ち、鎧を纏っていても軽快に動く様子にマーグは一瞬、臆しながらも持っていた杖をワドルネの方に掲げた。


「人間如きが……! お前ら呪術を食らわせろ! やれぃっ!!」


 杖の先端から手下と一緒に怪しげな揺らぎと共に紫色の塊が現れると、それが鏃の形となって発射される。

 かすりもすればその部位から苦痛が体を蝕み、やがて死に至らしめる呪術に長けているヒヒ族の得意技で決め手でもあった。

 故に呪術は非常に強力な技。反動というデメリットはあるが相手に耐性が無ければ一方的に蹂躙できるのだ。しかし──。


「なっ……」


 マーグたちが放った呪術を受けたワドルネたちの様子に驚愕する。

 呪術の鏃は確実に着弾はした。鎧を纏っていても隙間というのは必ず存在する。全身を鉄の塊のようにする重鎧にでもしなければ僅かな隙間でも通って内部へ着弾するなのだ。

 しかし、ワドルネたちの鎧に当たった鏃は弾かれた。まるで水に浮かぶ一滴の油のように、それだけが拒絶するように滑りぬけていくのがはっきりと見えたのだ。

 しかもそれは先頭を切っているワドルネだけではない。後ろからついてくる部下たちも同様であった。


「我ら聖騎士団がそのようなものを対策しないと思っているのか!」

「ハッ……! こいつら、鎧に祝福石を……!」


 マーグの目に見えたのはワドルネの鎧の各部位に埋め込まれている石が輝きを放っていることに気が付き、それは部下たちも両肩からそれを発している。

 呪術は強力だが、その分だけ警戒され対策されることも多い。特にこの技は人間たちを長い間苦しめてきた為に猶更だ。

 金剛石に神の祝福と聖力を込めて作り上げた祝福石は呪術に対する耐性が非常に高く、しかも初見でバレないように食らった瞬間に発現しているという小細工も仕込まれていた。

 呪術が効かない。それを知った時にはすでにワドルネの間合いになっており、長剣の刃がマーグを襲った。


「ぐぅえっ!?」

「──っ!!」


 ワドルネの一撃には手ごたえがある。切り払ったマーグは血を吹き出しながら倒れる姿があったはずなのだが何故かそれに違和感を感じていた。

 それを知るのはすぐであり、瞬きをした次の光景には切ったマーグが別のヒヒ族に変わっていることにここで気が付いた。


「マーグ、様ぁ……」

「身代わりか……! 面倒な術を」

「団長! 周りの様子が!」


 部下の一言でワドルネはすぐに周囲を見渡すと、紫色の霧が自分たちを覆い尽くしていることを知る。

 先ほどまでの状況とは違うことにワドルネは手で部下たちを集めると互いの背を合わせて円陣を組んで警戒すると、霧の中から影が接近してくるのが見えるとすぐにそれを切った。


「……! 団長、手ごたえがありません! これは……」

「幻覚か……」

(キキキ……。呪術がだめでも幻術ならどうだ? いくら耐性があっても五感のどれかを訴えることが出来れば十分通用する……! だが……)


 霧の中で息を潜めるマーグたちは杖を構えながら向こうにいるワドルネたちの様子を伺っていた。

 しかしここで油断はしない。この幻は彼らに見せることは出来てもやはり祝福石のせいで完全には効いていない。

 味方を化け物へと見せるこの幻の中で彼らは同士討ちをしていないのがその証拠である。

 ここで追撃の魔法を使えば位置を確実に悟られてしまう。だが何も行動をしなければ奴らもそれを察してしまう。マーグは冷静に状況を見て手下たちに合図を送った。


「茨を出せ。拘束して足止めしろ!」

「し、しかしあいつらにはほとんど効きませんよ! それに使えばこちらの位置ばバレてしまう……」

「たわけが! こちらはあの娘をこのままこちらの里まで連れて帰ればそれで勝ちなのだ! あいつらを倒さなきゃいけんと思っているのはバカの発想だ! 分かったらさっさとやれ!」

「は、はい……っ!」

(とはいえ、何人かは生きてもらわなきゃ困るな。身代わりのストックはいくらあっても困ることはない)


 術を発する部下たちにワドルネを任せ気を失っているミリアを抱いている方に向かうとそれ含めた何人かの部下たちに耳打ちをしていく。

 そしてその後、術を発する部下たちの悲鳴が聞こえると同時に自分の予感が当たっている事を知ることになった。


「隊長! 足から茨が!?」

「狼狽えるな! この程度なら振り払える! それにこれを使っていると言うことは……」

「……──ッ!!?」

「術者は近いということだ!!」


 ワドルネの声と共に茨を発するヒヒ族の気配を感じてそこに長剣を振るう。

 幻の中で姿を隠しているはずなのに的確に切っていくそれは部下たちを鼓舞し、手下たちを慄かせるには十分過ぎる光景だった。


「ま、まずい……。もう行くぞ!」

「ほ、他の者たちは……!?」

「さっきも言っただろ!? あいつらは自ら盾になるって言ったんだ!! その意志を無駄にする気か!?」

「わ、わかりました……!」


 マーグは数人の手下たちを引き連れてまだ近くにある隠れられる森の方へと足を動かしていく。

 自分たちの里がある荒野の方向とは逆ではあるが、木々を飛んで渡ることのできるヒヒ族にとって森の中での機動力に人間程度じゃ到底追いつくことはできない。

 まずはこいつらを撒かなければならないのだ。そう判断したマーグだったがその目論見はすぐに瓦解することになる。

 幻を見せる霧の外側、逃げようとした先にはリンゼルとコルネアがマーグたちを閉ざすように立ち塞がっていたのだ。


「やっぱりここにいた」

「こいつら……! ミノスのバカはやられたのか……!」

「で、ですがこの霧の中でどうやってここまで……」

「私が彼女を背負って来ただけだ。最も、気配を察知できたのは彼女のおかげだが」

「こいつも祝福石か……! どいつもこいつも……!」

「さーて、もう逃げられねぇぜヒヒ共、その子を返してもらおうか」

「……っ! わかった! 降参だ! この子は返す! だから命だけは……!」


 挟み撃ちの状況、逃げられないと悟ったマーグは両膝を折ると地面に頭を擦り付けて命乞いを二人にする。

 それを見た手下たちも同様にし、その行動の速さに二人は面を食らっているのをマーグは僅かに頭を上げてそれを見ると、手の中に握ったままの杖に力が籠っていった。


(そぉら、今だ!)

「──……ッ!!!」

「ぐぅおっ!?」


 杖を振りかざそうとした瞬間、コルネアは僅かに発した殺気に反射的に動くとマーグの顔が思い切り蹴り飛ばされる。

 勿論、それは身代わりの術によって手下に移り変わるのだがその衝撃までは完全ではなく本体も思いきり後方に吹っ飛ばされた。


「なっ!?」

「ほーら、こいつらってすぐこういうことする」

「なるほど。すっかり油断していたよ」

「昔から痛い目見て来たからねぇ。おら、今のを食らいたくなかったらさっさとその子を渡しな」

「ひぃ……っ」


 マーグと身代わりになった手下をぶっ飛ばし、ミリアを抱えているのが孤立したのを見てコルネアは圧のある顔で脅していく。

 ヒヒ族の体は他の魔族と比べて頑丈ではない。一撃食らえばそれだけで致命的になるのを知っている為に手下は震えながらミリアをコルネアに受け渡すしかない。

 リンゼルが見守る中、ミリアを受け取ったコルネアがこの子の体に何か変なことがされてないのを確認していき、特に問題がないのを見ると後ろにいるリンゼルに目で合図を送ると彼女もそれにほっと胸を撫でおろしていったのだった。

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