第88話 真意を求めて
「ラギナ……?」
リンゼルの呟きに気がついた者が同族の亡骸の前にいる彼に注目する。
何か思うところがあったのだろう。しかし今は少しでも時間が惜しい状況でありラギナもそれを十分理解しているのか背中で視線を感じ取りながらゆっくりと振り向いた。
「……そろそろ行こう」
彼の一言を皮切りにワドルネとその兵たちは再び動いていくが少しうつむき加減のラギナを見たリンゼルは彼に近づき、そして静かに顔を見ながら言った。
「ヴァルゴの事か……?」
「…………」
「黙っていてもお前の考えていることはなんとなく分かる」
「あいつなら大丈夫だ。この程度のことで死ぬような奴じゃない。一緒に長くいたからな……」
「そうじゃないでしょ?」
「……!」
「な、なぁ、なんのことだよ? 生きてるなら別に平気じゃないのかよ?」
蚊帳の外に置かれたコルネアがたまらず会話に割って入ってくる。
二人の仲でしか透明な語りを目の当たりにし、少し焦っているようだったがラギナはそれを気にせず彼女に自分の心情を話していった。
「ヴァルゴがこの襲撃を逃れたのなら恐らく、この付近にある俺たちの隠れアジトに潜伏しているはずだ。一度そこまで身を引いて機を狙っているんだろう」
「それがどうしたんだよ? 今ならそいつらいないし、仲間同士で戦うとかそういうのないじゃん」
「俺は……あいつの真意を確かめたい」
「……!」
「あいつがなんでこんなことをしたのか。ウルキア族の長としてなのか、それとも自分の意志としてなのか。ミクス村について話したのはあいつぐらいだ。俺がいなくなって襲ったのも偶然とは思えん」
「…………」
「この機会を逃せば俺はウルキアの里に近づくことすらもう許されないだろう。だが今はミリアの救出が最優先だ。あの子は今も、俺たちを待ってるはずだ」
「……それ、私たちに任せてくれない?」
リンゼルの一言にラギナがハっとしたような顔で彼女を見つめる。
その真剣な顔はラギナの複雑な心情を真正面から受け止めようとしているのをコルネアも感じっていた。
「し、しかし……」
「ラギナ、恐らく貴方の言う通りその考えは正しい。この機会を最後に次に会った時は言葉も交わさないぐらいの状況になっているかもしれない。なら貴方は彼、ヴァルゴに会いに行くべきよ。そこで彼の話を聞いて、今回の件についてしっかりとケジメをつけたほうがいい」
「う、うむ……」
「それに貴方が思っているほど私たちは弱くはない。もしかしてこっちの事、疑っているの?」
「そういうワケじゃ……」
「なら信用して。ここには私と、コルネアがいる」
「……っ!」
リンゼルの目がコルネアに向けられると先ほどまで真剣な表情が僅かに微笑みが足されたその顔に同姓ながら思わずドキっとしてしまう。
仲間というかつて存在していたそれを再び味わうことになったラギナはほんの少しだけ考えた後、二人を迷いを振り払った目で見つめ返した。
「ミリアの事、任せるぞ」
「任せられたわ。この剣に誓って」
「おうっ! 獣どもなんてアタシがいれば一発よ! それにラギナ、アンタも頑張るんだからな。もしヴァルゴと戦うことになってアンタが負けたらこっちは挟み撃ちになっちまうんだぜ?」
「そうなると思っているのか?」
「ハハッ、全然? その感じじゃダイジョーブそうだしな」
コルネアの軽めのジョークに空気は少し和んだ後、ラギナたちはワドルネの方に合流していく。
そこにはもう迷いはない四英雄と呼ばれた魔族が彼らと別れ、それぞれが目的の為に向かっていったのだった。
「団長、魔族の一人がこちらと別れたのですがいいのですか?」
「アイツは別の魔族を追うらしい。まぁ、そのほうがこちらとしても都合がいいかもしれんな」
ミリアを救助するリンゼルたちとは別れたラギナを見てワドルネの部下がそのことについて耳打ちにちらりと後方を見つつ呟く。
追跡の状況から追っている相手は遠くはなく日暮れ前には辿り着くと予想され、そしてそれは正しかった。
「……! 見えた! 追いついたぞ!」
「……待て、何か様子がおかしいぞ?」
木々がまだらに広がるその先をもう少しいけば彼らの領域である荒野へと辿り着く空気が漂い始める頃。
その道、遠くに見える獣の魔族の姿を発見するが立ち止まっている様子に思わず足を止めてしまう。
その周辺には先ほどのように使役しているモンスターの亡骸が至る所に転がっており、そして二つの魔族が対峙していた。
「お、落ち着け! なにをしとるかバグウ!? ここでワシらが仲間割れしたら意味ないじゃないか!?」
「ああ? だったらよぉマーグ、そいつをこっちに渡せば全部事は済むじゃねぇか」
「だからといってこんな強引な……! 何をそんなに警戒しとる!?」
「するだろうが。不意打ちを一番に提案する奴なんか誰が信用するってんだ? どうせどっかにいるグリミアも一枚噛んでんだろ? いいからそいつを寄越せ!」
牛の魔族ミノス族と猿の魔族ヒヒ族の両者が武器を取り出し、殺しあっている場所に遭遇してしまいヒヒ族の方に意識がないミリアが捕まっているのが見える。
幸いにも接近したこちらにはまだ気が付いておらず物陰に隠れてはいるが、これを見ていたコルネアは思わずそこに飛び出そうになったのをリンゼルに手で制された。
「なんだよ!? 今がチャンスじゃね?」
「落ち着け。ここで急いで向かっても奴らの矛先がこっちに向けられたら二対一だ」
「リンゼルの言う通り、まずは一度様子を見る。奇襲はいつでも出来る状況だからな。それにしても……所詮、魔族は魔族か。同族以外で仲間意識など毛ほどもないのだろうな」
ワドルネの冷たい一言にコルネアは少しだけ睨みをきかせたが目の前で起こっていることを見るにあまり強くは出られない。
そうこうしている内に二つの魔族が戦いを始め、先に仕掛けたのはミノス族の方であった。
「グゥワッ!」
「こぉの、バカ牛共がっ!」
手に持った大斧を振り回しながら接近するミノスたちに対してヒヒ族は杖を構えて応戦していく。
体格は老人のような体つきのヒヒ族に対してミノスは二回りほど大きく、その巨大な体の影にすっぽりと覆われそうなほどである。
しかしヒヒ族は獣の魔族の中でも魔術と呪術に長けている部族だ。小声で素早く詠唱を唱えつつ杖を地面に叩くとトゲが生えた紫色の蔓がミノス族の体を拘束した。
「くそっ! 呪術か! だがこんなもの……」
「ウルキアの奴らを叩けたのはワシらのおかげじゃろーが!」
「しらばっくれるんじゃねぇ! あの時、どさくさに紛れてこっちも殺そうとしてたのは知ってんだよ! てめぇら殺気隠すの下手くそだろ!?」
「…………なんのことじゃ?」
「そのむかつく顔が答えじゃねぇか。やっぱその娘を渡すだけじゃダメだな。ここでてめぇらは殺す」
「はっ、脳みそも筋肉になっちまったミノスのバカが。おい、計画を変更する。お前たち、ここであいつらを血祭にするぞ」
紫色の蔓を強引に引きちぎって再び接近するミノスたちに先ほどまでヒヒ族たちの目も血走り魔族の戦いが起こる。
お互いが衝突するその瞬間、それを隠れてみていたワドルネたちは目と手で合図を行うと奇襲する形で彼らの戦場に飛び込んでいったのだった。




