第84話 黒に纏う蒼気
どれだけ倒しても次々と現れるヘルハウンドの群れの数にいつも強気だったコルネアも焦りを感じ始めていく。
それは単に数が多いだけではなく吠えることによる気の散らし、一匹を囮にして多方面からの奇襲など明らかに統率のとれた奴らの闘気は増えるごとに増していき、すでにいくつかの生傷の痛みが体を蝕んでいた。
「くそっ、キリがねぇ。ボスはどいつだ……!?」
コルネアを避けるように村に向かう個体もおり、コルネアは大きな隙を晒してでもそいつを優先的に倒していくがその分だけ隙を晒して別個体による牙や爪による攻撃を受けてしまう。
すでに何体かは逃してしまっておりもう時間は掛けられない。かといって生命力と闘気を混じったエネルギーを拳にため込んで地面を殴ることで衝撃破を生み出す攻撃は絶妙に間合いを取られているせいで効果が期待できない。
「さっさとボスを見つけ出さねぇとこっちもモタねぇ……! ──……ッ!!」
集中力が低下した彼女の隙を見たヘルハウンドたちが即座に飛び掛かっていき、ついにコルネアの腕と肩、そして足を噛みついて牙を食い込ませていく。
組みついた奴らのいくつかは強引に振りほどいて地面に叩きつけるがそれでもお構いなしに次から次へと襲われ、ついに重量からか膝をついてしまう。
痛みに耐えながら視線の向こうには涎を垂らしながら牙を向き、血走る目はこちらの首を狙っているのを知るとヘルハウンドはそこに向かって駆け出した。
「やばっ──」
ヘルハウンドの口が大きく開き、彼女の首をかみ切る勢いで迫ったのを見て思わず間抜けな一言が漏れてしまう。
一瞬の静寂、牙が自分の喉に触れる手前でヘルハウンドの動き止まり、体は空中で固定された。
よく見るとヘルハウンドの真下の地面から生えた木が蔓のように絡みついており、それは今も動かさないように締め付けている。
こんな芸当ができるのはこの村ではただ一人だけだった。
「だ、大丈夫か!?」
「お前、トリンか!?」
自分の背後からトレント族のトリンの声に返事すると、コルネアがまだ無事なことを知ったトリンは飛び掛かったヘルハウンドを木で固定しながら叩き落し、食らいついている方も地面から生やした木をしならせて叩き落としていく。
ようやく自由になったコルネアは振り返るとそこには心配そうな顔でこちらを見つめる彼がおり、足を見るとそこから地面を伝って木を生やしているようだった。
「よくやった! マジで助かった!」
「ううっ、トリン間に合ったのか?」
「ああ、お前のおかげだ」
「そっか、よかった。ケ、ケガしてる、い、痛くないのか?」
「これぐらい……って言ってもちょっとやられすぎちゃったかな……。イテテ……」
「う、動いちゃダメだよ……」
「逃した奴がまだいくつかいるんだ。きっともうあっちの方に行っちまってる……。いかないと……」
「そ、それならトリンがさっき捕まえたよ。いっぱい来て凄く怖かったけど……」
「本当か!? お前中々やるじゃんっ」
逃してしまったヘルハウンドを心配したがトリンが今のヘルハウンドのように木で拘束したのを聞いて彼の体に拳で小突く。
正直、鈍くさく臆病で泣き虫なトリンのことを内心見下していたコルネアだったがその力を目の当たりにして彼を低く見ていた評価を誤魔化すようでもあった。
一息つくようにコルネアは大きく空気を吐く。ともかくこの群れをどうにかしたことに安堵した時、背中からゾワりと寒気がすると膝をついていた体を咄嗟に起こした。
「──ッ」
「ど、どうした?」
「…………。……まだ残っていやがる」
「え……?」
森の奥、そこから近づいてくるこの感じはこのヘルハウンドとは質が違う。
この騒動の元凶であろう群れのボスだと悟ったコルネアは気合を入れなおしてそこに向き直ると構えていき、それを見たトリンも不安そうな顔でそこを見る。
やがて草を踏みしめる音と共に姿を群れのボスが露になった。
「あ、あれって……」
「黒い……ウルキア族……?」
「…………」
「うっ……」
その姿は見たことないが大抵の魔族なら聞いたことはある。
黒い毛並みに覆われたウルキア族、それは四英雄でもう一人のウルキア族のヴァルゴの姿であった。
目の前に現れたヴァルゴはコルネアたちを無視するように青い瞳だけを動かして蹴散らされたヘルハウンドたちを見ているだけという、たったそれだけのことをしているのだがコルネアとトリンの悪寒は止まらない。
下手に動けば倒されてしまう、そんな圧が今の彼から滲み出ていたのだ。
「オーガ族とトレント族か。少ないが自慢の精鋭相手によくそれだけで持ったな」
「……っ。トリン、あいつを攻撃しろ」
「……え?」
「いいから! 早くしろ!!」
コルネアの怒号にトリンは一瞬体を震わしたが、その必死な声に答えるように両手を地面につけるとそこから樹木の体を伸ばして這いずって向かっていく。
ヴァルゴと対峙して気が付いたのはラギナのような明らかな格上であるということ。以前のコルネアなら気にも留めなかったが今は相手を知るようになっている。
勢いに任せた猪突猛進な事はしなくなったが、動かない分だけ相手から感じる恐れを味わうようになった。だからこそヴァルゴが今油断している、もしくは気を逸らしているこの瞬間がチャンスだと察したのだ。
トリンの拘束を目的とした攻撃にはダメージなどは期待していないし恐らく簡単に避けられて当たらないだろう。だが少しでも相手の動きを鈍らせることが出来ればその分だけこちらが有利になる。
コルネアはそこで渾身の一撃を叩き込むプランしかなかった。
「──……ッ!」
「なっ──」
だがそれは全て裏切られることになる。
迫る樹木の腕を見たヴァルゴは動くことはほとんどせず、代わり身体中から蒼い闘気を発する。
蒼い闘気は拳に集まるとそれが刺突を目的とした短剣の形状に変わるとトリンの迫る腕を瞬時に斬り裂いていった。
ラギナの激しい情が籠った赫い闘気とは真逆の冷徹な悍ましさを発するそれを見てコルネアはようやくあの名を思い出し、そして知ることになる。
──蒼黒のヴァルゴ。ヴァルゴの二つ名の意味をここで知ったのだ。
「悪いが時間は掛けられん。同じ魔族同士だ。ここで何もしなければ見逃してやる。だがもし、抵抗するというのならこの場で殺す」
「……なんだよ。えらく自信あんじゃん」
「……その目、まさか死ぬ気か?」
「うるせーな。見逃してやるだって? ナメてんじゃねーぞテメェ。殺す気があるってんなら殺ってみろよッ!!」
コルネアは十分に溜め込んだ拳を構えて威勢を張りながらヴァルゴに向かっていく。
これはヴァルゴの挑発で頭に血が上ったからではない。コルネアの本能はコイツには勝てないと警告を鳴らしていたからだ。
だがそれでも立ち向かわなければならない。ヴァルゴの指示に黙って従うのは癪だし奴も時間を掛けられないと言った。それは抵抗をして少しでも足止めすればアイツにとって都合が悪いならやる価値はある。
降りかかる拳を前にしてもヴァルゴの静止した体は動かない。数歩踏み込めばこの拳の間合いになるその距離になった時、ヴァルゴの蒼い闘気が彼の全身を包み込んだ。
黒と蒼が入り混じったそれは影が具現化したような姿になったと視認した瞬間、その影は音を立てることなく迫るコルネアに間近まで迫っていった。




