第83話 守る者として
「ミリアが攫われた……?」
「コルネアとトリンが必死に守ってくれたけど、でも……」
「くっ……!」
クローディアの一言にラギナは思わず動揺してしまう。全身の毛が逆立っていく感覚は思考を麻痺させていき、近づいた彼女を振り払ってしまいすぐに自分の家の方向に向かうとした瞬間、その後ろ腕を誰かが掴んだ。
「待つんだラギナ! どこに行く!?」
「決まってるだろ……! 攫った奴のところだ!」
「そいつらが何処にいったかわからんのだぞ!?」
「獣というのは聞いている! なら、それだけでも十分に絞り込めるし匂いはここに落としているはずだ!」
「おい、待てよ……」
リグに掴まれた腕を振り払ってまで向かおうとした彼の動きを今度はコルネアの声で止まる。
声の方向を見るとそこには工房の中から出てきたコルネアは体中に包帯を巻かれており、無理に動いたせいか包帯に血が滲み出ている。
再生能力の高いオーガ族がここまでやられるいる姿を見て流石のラギナも強引に向かうことせずにただ驚くばかりであった。
「無理しないでコルネア。貴方の傷はまだちゃんと閉じていないのよ!?」
「べ、別にこれくらい……。……っち」
「ほらっ、無茶しないで。せめてそこに座って」
腹部を抑えながら痛みで顔を歪める彼女はクローディアに肩を貸してもらいながら背を預けられる箇所にゆっくりと座っていく。
息を切らしながらも立ち上がってここに来た彼女はラギナに鋭い視線を送り続けているのを見て、ラギナは心の焦燥をほぐす様に大きく深呼吸をした後に彼女の前に膝を折ってしゃがんだ。
「一体何があったんだ。お前がここまでやられるなんて……教えてくれ」
「……獣どもが襲ってきたっていうのは知ってるんだよな?」
「ああ」
「先に言うぞラギナ。襲ってきた獣どもは黒いウルキア族がそれを率いていた……!」
「──……っ!? ま、まさか……」
「四英雄の一人、ヴァルゴがいたんだ」
ヴァルゴの名を聞いた瞬間、再び動揺が走る。まさかこの件にあいつが絡んでいるとは思わなかったからだ。
そうなれば猶更、主犯のヴァルゴを追わなくてはならない。それによって自然と赤い闘気が滲み出そうであったがなんとかそれを我慢してコルネアの証言に耳を傾けたのだった。
──ミクス村の中は早い時間から賑わいを見せ、それは日が暮れるまで続く。特に目立つのは行商人たちであり、ゴルゴダスの商人ギルドとの噂は彼らの耳にすぐに入ると行動は皆早い。
オーガ族との交流のおかげでキッカが調達してきた珍しい品、ドワーフのリグが打つ武具を一目見ようと遠い所からはるばるやってくる者もいるぐらいだ。
さらに村自体の発展のために大工などで出稼ぎに来た者も多い。勘の良い人はすでに注目し始めているということはキッカが予想していた通りに動いていた。
近くで魔族が見かけたり通ったりしても初見の時に驚くだけであり、すでに魔族の存在は彼らに認知され自然な形になっているのは喜ばしいことだった。
最初期の寂れている雰囲気はすでにない。だがそれはまだ人間側の生活面の話であり、魔族側の方面はまだ残り香を漂わせていた。
「あっちはすっげぇ賑やかだなぁ……毎日祭りでもしてるのかってぐらいだ」
大きなあくびをしながら胡坐をかいているコルネアは盛り上がる人間側の光景を遠くで見ながら呟く。
大盛況のあの場所から少し離れたこちら側はかなり落ち着いており、その差に思わず風邪を引いてしまいそうになるほどだ。
この村はあくまで人間側が主導して行っているものである以上、魔族のこちら側がどうこう言える立場ではないが現状である。
実際、今の生活にも不満はなくリグとキッカ以外はマイペースな日々を送っていた。
「それにしても……あああ~~~暇だああぁぁ~~」
座っていた体を伸ばしながら原っぱに倒れるとゴロゴロとしばらく転がった後に大の字になって空を見上げてぼやいた。
今のコルネアはずっとモンスターと戦い続けていた生活が変わり、今ではラギナと稀にリンゼルが鍛錬に付き合ってくれるようになってる。
だが彼らは強く、そしていつも負けっぱなしだった。例え模擬戦ではなく本気の殺し合いをしても良くて相打ちが限界なのは手合わせをして察していた。
だからこそ鍛錬をしている間はコルネアにとって充実していた時間だった。ラギナがここに誘ってくれた言葉の『世界を知る』というのがこういうことなのを身に染みたことで彼女の負けん気が今も燃え続けている。
自分にとってあの空間がとても大事なことだったということに気が付いたのだ。
だからコルネアにとって二人がいない時間は退屈で仕方なかった。
すでに周囲の見回りと子供たちの面倒。クローディアがミリアとフィナと一緒に薬草を摘んでくるのを付き合っても余るほどの時間は実にもどかしかった。
「何かこう、思いっきり暴れてぇなぁ。あっ……ダメだダメだ、ラギナと約束したんだ。ここじゃそういうことは控えろって……」
いつもの思考が思わず口に出てしまったことに体を起こして首を振ってこの雑念払っていく。
この一週間、ラギナの服を作るために彼と満足な戦いもしてない。だから空いてしまった時間を丸太など大きな資材を運ぶ力仕事を請け負っても燃えている心が鎮まりきらない。
今日一日を乗り切ればラギナは帰ってくる。そうすれば心に燻るこの気持ちを思い切りぶつけてやろうという思いはこの日だけでどれだけ思ったことか。
(くっそ~~……戦わないアタシってこんな感じだったのか。なんつーか、ほんとーに調子狂うんだな……。……ん?)
この気持ちに嫌気をさしていると森の方角から何かの気配をコルネアは感じる。
緩やかな時間が流れる平和なここにほんの僅かに混じる魔臭。ここにいるトレントたちのものではない濁ったこの感じはコルネアがよく知る臭いでもあった。
「モンスターか……? まさかあっち側から紛れ込んできたのか」
ミクス村の位置は魔族側の森が近い。モンスターの出現はあるがそれもラギナとコルネアの見回りによって深い場所までいくなどしなければ遭遇することはほとんどない。
しかし完全に防ぐことなどは出来ないのが世の常だ。コルネアは座っている体を全身を使うと軽々と跳ねながら立ち上がった。
「丁度いいや。アタシの腹いせに付き合ってもらおうかな。へへへっ」
戦いに飢えていたのか自然と舌なめずりしてその方向へと向かっていく。
気合を入れるように拳同士をぶつけながら森の中に入った瞬間、匂いと迫る気の質が変わったことに気が付いた。
「……なんだ? 数が多い……いやそれだけじゃねぇ……」
数が多いだけであればモンスター狩りをしていたコルネアにとっては問題ではない。
気になっていたのは迫る殺気。それは集団で統率が取れているがバラバラであったことに違和感を感じたのだ。
その違和感が何かを考える前に森の中からコルネアに強襲をかけてきた。
「なっ!? こいつ!?」
不意打ちによってコルネアの喉元を食らうように飛び出してきたのは一つの体に二つの頭を持つヘルハウンド。人間の地ではまず見ないモンスターであり凶暴で危険度は高い。
咄嗟に首の代わりに腕を噛ませると牙が食い込む痛みにイラつきながらそのまま思いきり地面に叩きつけてやった。
「あーっ、くそっ! こんなに深く噛みやがって。こいつら久々に見たけど、やっぱり集団でいやがる!」
倒れたヘルハウンドが起き上がる前にそれぞれの顔面に拳を叩き込んで気を失わせながら先を見ると、様子を伺っていたヘルハウンドが森の奥からこちらを覗いているのがわかる。
こいつはあくまで先兵。ヘルハウンドの集団で狩りを行う時は相手が未知数なら様子見をするという厄介な特性を持つ。面倒ごとを起こすつもりでなければ一撃目でこちらが強者であることをアピールしなければならない。初めは遊んでやろうと思ったがこいつらが村の方向にいったら洒落にならない状況になるのは分かった為にコルネアは思考を切り替えていた。
(こいつら……、普通ならコレでビビって逃げちまうのにずっとこっちを睨んでいやがる。この群れを誰かが率いているって感じか)
群れのボスを倒さなければこいつらは退かないことを理解したコルネアは集中して睨みつけるヘルハアンドの群れの中からボスを見定めようとするが見えるのは奥からぞろぞろと数を増やしていくばかりの状況を見ると流石に冷や汗をかいたのだった。




