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第77話 ただいまを言うために

 ヴァルゴのもてなしを受けた翌日、彼の様子を見て大丈夫だと判断したラギナは起きてすぐに里を出る準備をし始めて出ていく。

 門の前まで彼を見送りに来たのはヴァルゴだけであり、まだ誰もいない早朝というのもあってかしんとした空気が二人を包み込んでいた。


「もういくのか?」

「ああ、ここに居続けても周りの目がな。お前も都合が悪いだろ」

「そんなことを気にしてたのか? あと一日ぐらいは誰にも文句は言わせんぞ。それに子供たちがお前に興味があるようでな」

「俺が? 何故?」

「俺と同じだからだろう。四英雄の二人がここにいるって親たちが子供を抑えるの大変だったらしいぞ。お前がどうであれ、あの子たちにとってお前は英雄なんだ」

「……そうか。……ならまたここに来てもいいか? 次はいい話を持ってこれそうなんだ」

「ほう? なんだそれは」

「交易だよ。昨日ちょっとだけ話したが覚えているか? うちの村では色んな場所でやっているんだ。最近だとオーガ族とも繋がりを持ったぞ」

「なるほど? それは面白そうな話だ。確かに元々人間と友好的だった魔族もいたしな。そういう時代になってきているのかもしれん」

「そろそろ時間だ。俺は帰るとするよ」

「ラギナ」


 里から背を向けてミクス村への帰路につこうとした時、ヴァルゴに呼び止められるとその顔は朝日と共に爽やかに輝いていた。


「また来いよ」

「ああっ」


 自分が生まれた里を再び"ただいま"と言えるような願いが彼が言った言葉に込められているのをラギナも知る。

 朝日を背にしながらラギナは柔らかな顔で返答をすると、帰る足も不思議と軽くなっていった。

 見送りが終わって少し歩いた後、ふと誰かの気配がするのを感じると睨みをきかせながら低い声で威嚇した。


「俺をつけているのは誰だ?」

「うっ……」


 ラギナの一言に観念したのか隠れていた身を影から出していたそれは若いウルキア族であり、彼の威圧に体が震えてビビリ散らかしている。

 この敵意の気はあくまで脅しであったが彼の様子は無知な子供のような怯え方を見るとすぐに興味を失くした。


「そう震えるな。正体を素直に出したのなら手を出す気はない」

「うう……」

「お前若いな。俺の後をつけてきて何の用だ?」

「あ、あの……あなたがラギナさん、ですよね?」

「ああ」

「う、うおおぉ、すっげ……。その白い毛、本当に存在してたんだ。うわぁ……」


 警戒を解いたラギナを見て若いウルキア族は彼に近づくと白毛をまじまじと見る。

 これが先ほどヴァルゴが言っていたことなのだろう、と思っていると小さなため息をついた。


「すまんが急いでるんだ。用がないならもう行くぞ」

「あ、いや、実は……」

「なんだ?」

「その、お、俺、四英雄に憧れてて……それで……」

「はっきりしない奴だな。お前も男なら体をしゃんとして言え」

「えと、はいすいません。ラギナさん……あの里に戻ってくれませんか?」

「何? 何故だ? お前は昔起きたことを知ってて言ってるのか?」

「そ、そりゃあもちろん四英雄の話したらそういうことは親や大人たちに小さいときから言われてきましたから……。でも昨日実際に目で見て全然違うなって。なんだかんだで俺たちそういうのに昔から憧れてたんで……。そ、それに族長とは同じ年なんでしょう? だから二人ならウチらの里もっとよくなるんじゃないかって……!」

「……なに?」

「そ、そりゃそうでしょう? 四英雄の二人がいればどんな奴らだってぶっ飛ばせますよ……! へへへっ……」

「……断る。お前には悪いが俺は里に戻るつもりはない。用はこれだけか? だったらもう行くぞ」

「あっ……」


 若いウルキア族の話を聞いてラギナは早々にその場から立ち去る。

 その素っ気なさに呆然と立ち尽くしてしまう彼だったがラギナはその後ろにあるキナ臭さを確かに感じた。

 恐らく憧れているというのは彼の本心なのだろう。だがそれ以外の言葉にしぶとく生き抜いてきた狡猾な臭いが混じっていたのだ。

 ラギナは大きく、そして深くため息をついて知る。これがヴァルゴが背負っている重荷なのかと。

 ふと振り返ると小さくなっている里の風景を見るとどこか哀愁漂っていたのだった。



「──なるほどね、とりあえずお疲れ様」


 ミクス村に戻ったラギナは早速、今回の件についてリンゼルに報告していた。

 今日の彼女は仕事が少なかったのか久々に森の中にある広場で二人で鍛錬して体を動かしている。

 ラギナは興味本位で人の姿になって模擬剣を握り、見様見真似の剣術で彼女に対抗していくが流石の剣捌きに押されていく。

 しかし人の姿とはいえ魔族のフィジカルさはある程度引き継がれている為に押されてはいるが決定打までは届かさせない、ある意味でバランスよく拮抗していた。


「やっぱり、まだ少し体が鈍ってる」

「そうか? ずっと防戦一方なんだが……」

「いや、前に付き合ってくれた時はもう勝負はつけてた気がするけど……う~ん……」


 剣術に慣れたといえばそうだが、それでもリンゼルの剣術は凄まじく彼女が高い地位まで昇り詰めた証でもある。

 ここの所は仕事漬けで鍛錬する相手のほとんどはコルネアだったことも起因しているかもしれない。


「あーっ! こんなとこにいた! 二人でズルいじゃん!」


 そんなことを思っていると本人が草藪から飛び出してきて声を出す。

 恐らくこちらを探してきたんだろう。その顔はふてくされていた。


「アタシに黙ってそういうことしてさー……ラギナ?」


 二人に指を向けて怒っていたコルネアだが突然その声は止まってしまい、視線の先には人間の姿でいるラギナがいた。


「どうした? 何か変か?」

「その、ラギナだよな? そういえば人間になれるって……あの噂は本当だったんだ」

「ああ。そういえば見せたことなかったな。まぁ見せびらかすモンでもないが……」

「……ふ~~ん、そう」


 こちらの姿をジロジロと見るコルネアに流石のラギナも気恥ずかしさを覚える。

 何故なら今の姿は魔族の時とは違い、毛に覆われていた部分が少なくなり人間の肌が露出している。

 その分だけ隠されていた汗が噴き出ているのを見られるのはあまり良い気分ではなかった。


「……見世物じゃないぞ」

「わ、わかってるって。それで、そんな姿で何してたんだ?」

「何っていつもの鍛錬だ。今日は気分デラギナが人間の姿に戻ってもらってるけど、実力的にも意外と丁度いい」

「この姿だと負けっぱなしだがな」

「あ~ごほん、それにここなら他の皆の目を気にしなくていいし何よりも木陰が多くて涼しい。魔族の姿よりかは過ごしやすいでしょ?」

「なるほどねぇ~……。なぁなぁ、それアタシも混ぜてもらってもいいか?」

「構わないよ。さてと、どうする?」

「それじゃあ俺は一回休憩するか。ほら、これ」

「ん……?」


 コルネアはラギナに模擬剣を手渡され、きょとんとした顔で彼を見つめるがそんな彼女を無視するかのように汗を腕で拭いながら近くの木に背を預けて座ると口を開いた。


「それを使ってリンゼルと戦ってみたらどうだ?」

「え? なんで? こんなの使ったことないし、そもそもアタシにはコレがあるけど?」

「お前の格闘は確かに凄いが、それだけじゃ足らんこともある。やらなくても見える世界を知るというのは戦いの中で重要なことだ」

「ふ~ん?」


 ラギナの言葉に若干納得してないような顔をしつつ、渡された模擬剣をぶんぶんと遊ぶように振るう。

 やがて準備が整うとリンゼルは構え、そして一気に距離を詰めた。


「──ッ!」

「うっ!?」

「模擬剣が手から離れるかその先が急所に当てられたら終了だぞ!」


 コルネアに向けられた言葉だったが本人はそれを意識する暇もない。

 リンゼルの降り注ぐ刃は無数であり、それら全てを捌くことは出来ずに足を後退するだけだった。

 目は良いほうなので降りかかる刃の隙間を見つけ、不器用ながらも模擬剣で反撃を行うがリンゼルはそれも予期していたのか模擬剣の刃で防ぐと、そのまま刃同士を滑らせて喉元に先を当てた。


「そこまでだ」

「──……ふぅ」

「……~~~ッ」

「悔しそうな顔してるが勝てないのは当たり前だ。彼女は強い」

「いや、そもそもこんなの使ったことないし……。なぁラギナ、素手じゃダメか?」

「素手だと前みたいに本気になりそうだからな……。それよりもどうだ? 戦ってみて」

「……だいぶやりづらかった。でもそれも模擬剣これのせいだろ。素手ならもっと間合いに踏み込める」

「それだと次も勝てないな。素手でも」

「あ~? なんでだよ」

「お互いのリーチを考慮していない。お前は素手で相手は武器を持ってる。ならば相手がお前に対して先手を許すことになる」

「まぁ実際、武器の長さは大事ね」

「そんなの関係ねーよ。勢い落とさず一気に行けばちょっとのケガさせればそれだけで相手を倒せる」

「オーガ族の特性を生かした戦いだな。だが相手がそれを知っていたら? これに気づかなかった時点でお前は終わりだ」

「…………。……わかんねーだろ、そんなの」

「今はわからなくてもいい。こういうのは経験とか感覚の問題だ。ゆっくりやればいいさ。さて、次は俺がやろう。貸してくれ」

「ん……」

「私もだいぶ温まってきた。次は確実にそれを弾く」

「……かかってこい」


 コルネアから模擬剣を返してもらい、再び二人だけの戦いの間になる。

 そんな狭い世界をコルネアの心は不完全燃焼であり、燻りながらも彼らの鍛錬を見て学ぼうと胡坐をかいてみていたのだった。

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