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第76話 ウルキアの族長 ヴァルゴ

 ヴァルゴとの大食い勝負をしたラギナは互いに譲らず、丸太のようなデカい肉を焼いた物を食べている最中に使いの一人が申し訳なさそうに近づいてきた。

 なんとこの勝負のせいで蓄えていた食材が尽きかけており、それで最後にしてほしいという嘆願にヴァルゴとラギナは食べていた口を止めて目を見合わせた後、申し訳なさそうに頷いた。

 この勝負は最終的に引き分けになったが実はどちらも限界が近く、ある意味この事態に救われたことになる。

 久々のご馳走に腹がはち切れそうになるまでたらふく食ったラギナをヴァルゴが苦しそうにしながら声を掛けてきた。


「今日はもう日が落ちてる。客人の部屋があるからそこで休んでいきな」

「ありがたい。そうさせてもらう」


 ヴァルゴの計らいによってラギナは使いの一人に連れられて客人の部屋に招かれる。

 そこはベランダ付きの内装であり、簡素だがベッドもあるのは魔族にとっては豪華な証であった。


「ふぅ……。うぷっ、食いすぎた……」


 童心に帰るようなこんな気持ちになったのはいつぶりだろうか。はち切れるほど無我夢中になってしまうほどの行いによる苦しみは少しの後悔とそれ以上の楽しさがまだあった。

 ベッドに腰を掛けて休憩をとるラギナはそのまま仰向けになって倒れる。巨体によって軋む音が鳴りやむと里の匂いがラギナを包んでいった。

 そんな時に部屋の扉がノックされるとラギナは重くなっている体を起こす。何も言わずともそこにいるのは匂いで知っている人物だった。


「ラギナ、入るぞ」


 そこにはヴァルゴが大きな酒瓶と飲むための器を二個持ってきており、それを見せるとラギナも付き合うことにする。

 ベランダに出て夜風に当たる二人。ヴァルゴがそれぞれの器に注がれた酒には今宵の月が浮かんでおり、それをヴァルゴが手渡してきた。


「ほらよ。祝祭の時にしか振舞わない特別な酒だ。旨いぞ」

「いいのか? そんなものを」

「いいんだよ。酒は飲むためのモノだ。こういう時に飲まんでどうする? さぁほら──」


 酒の器を手に取って見せてきたのでラギナも自分のをそれに軽く当てて乾杯の合図をする。

 友との再会を祝った酒を二人は一気に飲み干していった。


「──……本当に旨い」


 ウルキア族の舌に合わせた酒は度数が高く、のったりとした味の後に来るキレのある辛味が特徴だった。

 これが旨味のある味をしっかりとさせて舌がもたれなくして何度も飲みたくなってしまう。器の中は空になってしまったのを見てヴァルゴが酒瓶でもう一度、並々と注いでくれた。


「まさかこういう酒の味を二人で知ることになるとはな」

「いいことじゃないか」

「それでラギナ、ここにはどんな用で戻ってきたんだ? まさかここに戻りたい……ってワケじゃないよな?」

「俺はここには戻れないということをお前も知ってるだろ。用はお前だ」

「俺か? なんだ一体」

「風の噂で聞いたんだ。最近、獣の魔族で同盟を組んでいるってな。そのトップにお前がいると。近頃ここは物騒だろう? 心配して様子を見に来たんだ」

「お前が心配だって? なんともまぁ……。まぁ確かにそれは事実だ。だがコレは他の勢力から身を守るために組んだことだ。昔みたいに侵略する為じゃない」

「そうなのか? 俺はてっきり……」

「まぁ守るための同盟だが、相手が攻めてきたならこちらも相応の対応はするつもりだがな」


 ラギナの懸念点、彼らの暴走による戦火の拡大が無いことを知ったラギナは今度はゆっくりと酒を味わうように飲む。

 ふと横目で隣を見るとヴァルゴの酒の器が空になっており、今度はラギナが彼の器に酒を注いであげた。


「おっ、すまんな。なぁラギナ、お前今まで何処に隠れてたんだ? あの別れた後、黙って消えてよ。お前の気配すら全くしなかったぞ」

「俺か? 実はな──」


 ラギナはこれまでの事について全てヴァルゴに話していく。一人になった後、人間の村で世話になったこと。成り行きで魔族の娘を持ったこと。ミクス村のこと。

 淡々とした口調でそれらを話していったがヴァルゴはそれを肴にして酒を煽りながら聞いていった。


「──という感じだな。まぁつまらんかったかもしれんが……」

「いや面白いぞ。中々刺激的だった。やはり、外の世界は広いんだな」

「お前はどうなんだ? お前は長の息子だったから族長には成ってるとは思っていたぞ。こんな立派なところで暮らして、結構良い感じなんじゃないか?」

「……そう見えるか?」


 ヴァルゴの声色が冷たさを帯びたことにラギナは少し戸惑うと、彼はそれを隠すように酒を飲み、そして空になった器に再び並々と注いでいった。


「お、おい、飲みすぎじゃないか?」

「いいんだよ別に。偶にはこれくらいな。……──いい暮らしか。確かに、そうかもな」

「……何かあったのか?」

「何も? 大きなトラブルなんてなかったさ。ただうるさい奴らがいてな……」

「煩い奴ら……?」

「相談役共だよ。お前も知ってるだろ? 長の後ろにいる老人さ。相談役……といっても実際は里の決定を握る存在、ようはここはあいつらが実権を握っていた。俺の親父が族長になるまではな。前の族長、親父は荒っぽかったが人望があった。影でコソコソする老人どもを一喝出来るほどの力を持ってたからな。俺も影でそれ見てたから憧れてたさ」


 並々注いだ酒を再び飲み干し、そして酒の匂いと共に大きなため息をつく。

 手が止まっているラギナを見てヴァルゴはお前も酒を飲めと言わんばかりに酒瓶を見せると、ラギナも同じように注がれていきそれを静かに飲んだ。


「親父が死んで跡目は俺になった。あの戦争のおかげか皆が俺のこと慕ってくれてな。なんていうか、悪い気はしなかった。老人共も俺に移ったことで再び裏から実権を握れると思っていたらしいが、俺は親父の背中を見て育ったからそんなことは許さなかった。そしたら何をしてきたと思う? 裏で俺を慕ってくれる若い奴らに取り入ろうとしてきたんだ。相談役は力を持ってるから魅力があるんだろう。だけど相談役は他に何人もいる。おかげで見えない派閥みたいなのが生まれてな……。水面下で面倒なことをしているのを俺が気づいてないと思っているのも腹が立つ。……ったく、たまったもんじゃない」


 要は直接思い通りにならなければヴァルゴを慕う若いのを使って間接的に支配しようとしているのだ。

 そうすればヴァルゴがいなくなった後に後見人として声を出せる。しかしそのせいで内部で分裂していることにヴァルゴは苦労しており、それを表すかのようにラギナに見せる今の姿はくたびれた様子だった。


「なぁ聞いてくれよラギナ。俺にも好きな人が出来でな、下の町外れにある売り子してる子だったんだが……そう、一目惚れだ。お前との旅は戦いばっかだったからな、そういう気持ちは初めてだった。ところがよ、その人、相談役の一人が裏で息掛けてたんだ。それを知ったときは流石に参ったな……はははっ……」

「ヴァルゴ……」

「お前は好きな人、出来たか?」

「急だな。……今のところはないな」

「いいぜ、好きな人がいるっていうのは。なんかこう、温かくなるんだ。その人を何としてでも守ってやりたいっていう気力が沸く。荒かった親父もこういう気持ちになったことあったんだなって思ったよ」


 ヴァルゴの気を落とした様子は酒の進み具合からでもはっきりと分かる。少しずつ口に含むそれは飲みすぎて受け付けなくなったのではない。明らかに気が滅入っているようだった。

 彼の苦労はラギナが完全に知ることも受け止めることも出来ない。今自分が出来ることは彼の口から出る愚痴をただ聞いてやることしか出来なかった。


「…………。……なぁ、ラギナ。ここに戻ってくる気はないか?」

「なんだと? どうしたんだ急に……」

「俺は本気だ」

「冗談だろ? お前も知ってるだろ? 俺に尻尾が無い理由を。同族を半殺しにしたんだ。今も恨みを持ってるヤツだっているさ……」

「確かにあれは許されることではない……。だが四英雄として活躍した力と今の俺の力があればそれぐらい覆せる。お前を恨んでいる奴を納得させれることを俺なら出来るぞ……!」

「お前……」

「俺たちはあの戦争で魔族を導いた。今度は一族を、俺たち二人で導いていかないか?」


 ヴァルゴの真剣な顔が月に照らされるとその視線が突き刺さり、彼にある黒い尻尾が無意識に動き出すとそれがラギナの後ろにゆっくりと、そして静かに近づいていく。

 ラギナは迷った。強くなるために切磋琢磨したかつての友がここまで懇願してくるなど夢にも思わなかったのだ。


「…………………。──……すまん」

「…………いや、いいんだ。正直言ってそういうと思っていた、からな……」


 長い沈黙の後、ラギナは一言だけ呟いた。そこにはミクス村があり大切な人たちが存在していたからだ。

 短い言葉であるが思いが詰まっているそれをヴァルゴも察すると向けていた顔を外の方向へと変えると自然と尻尾も元の位置も戻っていった。

 夜のせいか彼の顔が少しだけ暗くなったのを感じたラギナは罪滅ぼしをするかのように酒瓶に余っている酒を二人でゆっくりと飲み干していったのだった。

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