第75話 因縁の生まれ故郷
人間との戦いによってロミナ大陸は半分に分かたれ、ミクス村が出来るまでは互いの干渉は避けられていた。
人間は一つの種のみであった為に小さい内乱はあれど、聖王国という強固な地盤を築き上げていきその勢いは時と共に増していた。
一方魔族の地では残された土地、自分たちの領域を巡って種族同士の対立が起きており今もその影がある。
森の者限定とはいえ他種族を受け入れる妖精園【クラムベリー】という例外を除いて彼らの生存競争による戦火が未だに燃え続けていた。
その中でオーガ族の住む渓谷を抜けた先、荒野と切り立った崖が広がる乾いた大地にラギナがいた。
『……そういえば知ってる? 獣の魔族たちのことって長のジジイから聞いてる?』
『何のことだ?』
時は遡っていきコルネアとの鍛錬に付き合うラギナに向かってポツリと言う。
打撃、蹴り技を繰り出しながら思い出したかのように吐いた言葉にラギナも思わずそれに尋ねると、コルネアは一度攻撃の手を止めて息を整えてからその事について話した。
『あいつらが今、同盟を組んでるっていう話。多分、他の魔族たちに対する為だろうけど。ねぇラギナ、コレについてどう思う?』
『思うって、言われてもな……』
彼らにとってラギナは戦争の後、魔族の地で暮らすことを捨てた裏切り者に等しい存在だ。故にそちらの事情に関しては関わらないよう静かに生きてきた為に顔には出していないが心底どうでもよかった。
空虚な気持ちであるために返答する言葉に迷っているとコルネアはさらに続ける。
『だってそれ仕切ってるのウルキア族だよ』
『……! もしかしてヴァルゴか?』
『四英雄のヤツって聞いたからそうだろうね。組める種族集めて何かしようとしてるって、あそこらじゃ噂になって皆が警戒してる』
この話にまさか四英雄の一人ヴァルゴが出てくると思わなかったラギナは目を丸くした。長の息子である彼は自分と別れた後は族長になっているのは想像できたが、まさかそういうことになっているとは思わなかった。
コルネアの口調を見るにその同盟の裏にある血の気配を感じてしまう。バドがこの事についてこちらに話さなかったのは恐らく混血である自分が関われば面倒になる可能性があったからだろう。
しかし知ってしまった以上、数少ない友の事に対してラギナは動揺してしまい、この後に行った鍛錬には身が入らなかった。
獣の魔族は同類以外の種族に対して特に警戒が強い。
今回はラギナ一人で向かうことになりそれについてリンゼルに村を少し空けることを伝えると、ミリアはコルネアとクローディアに任せて数日掛けてラギナはウルキア族がいる大地に足を踏み入れた。
(何も変わってないな。ここは……)
茶色く変色した短い草とその下に広がる土の風景に懐かしさを感じる。
明日の食事を確保するために獲物を探してきた幼少期の記憶が過る。だがそれも頭痛がするほどの"陰り"が脳裏に走るとノスタルジックに浸ることを止めさせた。
ラギナはそのまま乾いた風を受けながら進んでいく。大昔に地殻変動が起きたのか巨大な岩の壁が横に佇む通称【壁の背】が見えてくると同時に何かの気配を感じる。
しかしそれは警戒はあるが敵意は感じない。何か仕出かすまで様子を見るつもりだと知ったラギナはそのまま進んでいった。
やがて壁の背に作られた集落が見える。ここがウルキア族の里でありラギナの故郷であった。
「おい止まれ」
里の入り口の手前、そこでようやくこちらを警戒していた者が背後から忍び寄って敵意を見せる。
彼はこげ茶色の毛をしたウルキア族の兵であり、それと同時に左右の隠れられる陰から同じように他の者が現れたそれらはこちらを歓迎する気配など微塵もなかった。
「ラギナ、今更お前がどの面さげてここに戻ってきた。この忌々しい人モドキが」
「友に用があって来た。その顔を見るぐらいはいいだろう?」
「はっ、もしかして長様のことか? 長様は多忙の身だ。お前如きが会えると思うな」
「それにここにお前の居場所なんていうのはない。四英雄の中にお前が混じっているがお前は長様を連れ出したクソ野郎だ。その罪を忘れたとは言わせん」
「ここでお前を襲わないだけありがたいと思いな。わかったらさっさとここから去れ」
ウルキア族の兵は威嚇の唸り声をあげながらラギナを睨みつける。
この状態では何を言っても無駄だろうと察したラギナはこの場は仕方なく去ろうと後ろを向こうとした時だった。
「──どけ。道を開けろ!」
里の入り口にはいつの間にか野次馬が多く集まっており、どうやら自分のことを冷やかしに見に来た群衆の中から一人の声が聞こえる。
誰もがその声に顔を振り向いて注目する中、そこから出てきたのは漆黒の毛に包まれたウルキア族だった。
体格はよく、その体つきはラギナに負けていない。黒い毛は太陽の光で輝いており、額に伸びる銀色の毛がそれを増させていた。
整った顔つきは歳が若いのが分かるが威厳のある風格によってそれを感じさせない。若さ故の蒙昧なる素振りはなく、思慮に長けた貫禄があった。
誰もが彼に膝をついて頭を垂れる中を早歩きでこちらに向かってくる。
眼前まで迫ると眉間を皺寄せて眼光を放ちながらラギナの目を見る彼はそのまま刺してくるようでもあった。
「──……久しぶりだな、ラギナ!」
「ヴァルゴ!」
この者の名をラギナが発した時、ヴァルゴの鋭かった顔が一気に柔らかくなっていくと同時にお互いに体を抱き寄せて抱擁を交わす。
その中で首元にある匂いの濃い部分を嗅いで相手の体調、その様子、そして何をしてきたかを知る為に行うこの挨拶は気を許しあった仲でしかしないウルキア族の作法であった。
「まさかお前直々に出迎えてくれるなんてな」
「いや、俺も話づてでそれを知ってな。こうなることは予想してたから急いで来たんだ」
「すまんな。まぁこうなっても俺ならここに忍び込めるんだが」
「ははっ! 懐かしいな、子供の頃に使った隠し道だろ? そんなことしなくても俺に耳が入ればこうなるさ。おいお前ら、もう下がって持ち場に戻れ」
抱擁を終えたヴァルゴは離れると近くで膝をついていたウルキア兵たちに命令をして下がらせる。
頭は下げているがその目は未だにラギナのことに対しては変わっておらず、それをヴァルゴも知ると溜息を吐いた。
「すまんなラギナ。今のお前は客人なのに、こういうことになって……」
「いやいいんだ。分かっていたことだからな」
「そう言ってくれると助かる。さぁ入ってくれ、せっかく来てくれたんだ。俺の家で持て成そう!」
ヴァルゴに連れられてラギナはウルキア族の里に入ることになった。
里の中はオーガ族の里と似ているがそれぞれが役割を持っており統率した生活を送っている。
規律のある集団の生活は人間のようであり、戻ってきたということを感じさせた。
しかし歩いていくラギナとヴァルゴを一目見ようと近づいてきたウルキアの子供たちは尊敬の眼差しで見てくれているが、それは事情を知らないからであり大半は冷ややかな視線を送っていた。
「さぁ食ってくれ! 遠慮せずにな!」
ヴァルゴの住む場所は里の奥、それも高い位置の壁にあり内装も広いそこは正に族長に相応しい家であった。
到着してすぐに使いたちに作らしたモノは藁のような固い草で覆って焼いた巨大な肉の塊、丸まると太ったネズミの中に臭み消しの草と内臓をペーストにして詰め込んだモノ。カリッカリに焼いたモンスターの脊髄からは垂れている液の旨そうな匂いに堪らずゴクリと唾を飲み込んでしまうほどだった。
ラギナはそれに溜まらず両手で掴んで咥えて食っていく。
ここでは食べ方に作法なんていうものはない。とにかくむしゃぶりつくように気持ちよく食うのはいつ以来だろうか。
普段、気を抑える為の食事ばかりだった為にこの血沸き立つ飯の前に手が止まる様子はなかった。
「──美味いっ!!!」
「凄い喰いっぷりだな? もしかしてちっこい肉しか食ってないのか?」
「そうだな。ここずっと穀を煮たのをしか食ってない。こういうのは本当に久しぶりだ」
「おいおい、その成りでもう爺さんみたいな飯食ってんのか。あのラギナも歳ってヤツか」
「フッ──、そう言うけどな、あの時に比べて今のお前も随分老けてるぞ」
「なんだと? 俺はまだまだイケるぞ。なんだったら勝負するか?」
「望むところだ!」
ヴァルゴの挑発にラギナは乗ると互いの両手が目の前に並べられたご馳走に勢いよく伸ばされ、それを口いっぱいに頬張っていく。
空いた皿が積みあがる前に使いたちが急いでそれを取り下げる中でヴァルゴは口にモノを含みながら叫んだ。
「もっと飯を持ってこい! それと大量の水な!」




