第74話 『力』 それぞれの使い方
森に響く戦いの音はいまだ終わることがなく、ラギナは近くに座っているとリンゼルとコルネアの鍛錬を静かに見守っていた。
人間と魔族では身体能力の差もあるということでお互いが加減しあっているつもりだがコルネアの方は頭で分かっていても戦いによる興奮で少し抑えきれていないようだった。
そんな彼女の猛攻をリンゼルは巧みに躱していき、そして見せた隙を剣で弾いた。
「うあっ!」
今の攻撃で尻もちをついたコルネアにリンゼルは遠目から構えた剣を下ろしながら一呼吸置く。互いに息は切れており顔に流れる汗の量がこの鍛錬に対する取り込み具合を表していた。
「これで三度目だ、コルネア」
「くっそー! また負けたー! なんでなんだよー、もうー!」
尻から座っていたコルネアはそのまま地面に倒れこんで駄々をこねる子供のように手足をバタバタとさせていく。それもそのはずでリンゼルの言葉通りこれは三回目の敗北だ。一度目は速攻でやられ、悔しがったコルネアは再び勝負に挑んだ。
最終的に三回までそれを行い、結果は全敗なのは悔しいという気持ちも見ていたラギナにも伝わるものだった。
「ラギナの時は当たってたのになんでリンゼルには当たらないんだ?」
「やってみて思ったのは……恐らくだけど、動きが単調かもな」
「単調? そうなの?」
「戦っている時に熱くなりすぎて周りを見えてないだろう? こちらが攻めから受けの姿勢になっても全く同じ攻撃をしている。最初はいいかもしれないが、そのせいで戦いが長引けば確実に不利になる。集中しているというより振り回されてる感じだな」
「でもさ~、それってどうすればいいんだ?」
「相手をちゃんと見るよう常に冷静になる以外はないな。それも一長一短で出来るものじゃない」
「うへ~……」
「終わったか。お疲れ様」
二人の会話に遠くにいたラギナが近寄ってくるのを見て地面に大の字で寝そべっていたコルネアも姿勢を正して座る。
その時、近くにいるリンゼルの顔を見上げると息と汗は凄いがその顔はまだまだ物足りないようで興奮を抑えるので精いっぱいのようだったのを知ると、ぴょんと軽快に立ち上がってラギナの方を見た。
「なぁなぁ。まだこれってやるのか?」
「ん? そうだな……太陽はまだ沈む少し前、というところか。少し中途半端な時間だがやりたいなら付き合うぞ」
「そうか! だったら……」
コルネアはそう言うとリンゼルの肩を抱いて引き寄せる。
予想外の事に彼女も流石に動揺を隠せないようだった。
「うわわわっ!」
「ラギナ、最後に二対一っていうのはどうだ?」
「む?」
「コ、コルネア!? 急に何を……」
「むぅ……だがそれは流石に……お前たち二人は強いからな。加減できなくてケガさせるかもしれん」
「んんんっ……!?」
「へぇ~……。ラギナってこっちをそういう風に見てたんだ~……」
「えっ!? ああ、いやっ、そういうことじゃなくてだな……。俺はケガで大事になったらいけないと思って……」
「ふ~ん? だってさリンゼル、どう思う?」
「そうだな……。確かにラギナの言う通り、複数戦だと勝手が違うというのは理解できる」
「ほっ……」
「だが見くびられたものだな。私、いや私たちはそんなに軟じゃない。ラギナのその慢心は少し矯正する必要があると見た」
「えっ」
「はははっ! だってよラギナ、これでもまだ逃げるつもり?」
息を切らすほど汗だくの二人が言葉で迫る姿にたじたじになりながらもラギナは自分の間違った言葉のチョイスに自己嫌悪するように顔に手を当てながらため息をつく。
そしてすぐに心を切り替えると当てた手の中から鋭い眼光に変えながら二人を睨みつけた。
「はぁ~……。わかった、いいだろう相手してやる。ただし空が夕暮れになるまでだ。お互いに力を出し切らないといっても、これだとやりすぎになって周りに迷惑になるだけだしな。それでいいか?」
先ほどの一対一の時とは全く違うラギナの戦闘状態に二人の顔は思わず恍惚としてしまう。
身構えたラギナの威圧は並みの者なら圧倒されてしまうほどであったが、二人にはそれが心の着火剤となって戦いの意欲が滾った。
「さぁ、来いッ!!」
──あの後、ラギナとの二対一の鍛錬を終えたリンゼルとコルネアはこの森にある水場へと行ってその汗と疲労を冷たい水に流していた。
その戦いはとても充実したものであり、あっという間に夕暮れになるほど夢中になっていたことがこの冷たい水に体を浸しても未だに火照る熱がそれを物語っていた。
「ふぅ~疲れたぁ~。こんなに動いたの本当に久々……」
「…………」
「コルネア?」
「あ~、もう! なんで負けたんだよぉ~!」
「二対一だったのにね。さすがに私も悔しいかな」
不満げな顔をいつまでもしていたコルネアはそれを爆発させるかのように大きな声を出す。
結局、ラギナに二人係で攻めても彼に攻め切ることは出来ずに逆に返り討ちにされてしまったことで勝負は決した。その事がコルネアにとって更に悔しさを増したのだろう。口に水をつけてぶくぶくと泡を立てる表情はかなり不満そうであった。
「普通ならもっといい勝負になってただろって。でも全然、というかラギナも余裕そうだった。なんでだ?」
「ん~……。連係、かなぁ?」
「レンケー?」
「そう。こっちはバラバラだったからラギナも一人の時よりもやりやすかったかもね。もっとこっちが二人の息を合わせるように立ち回っていたら結果はかなり変わってたかも」
「リンゼルが合わせられなかったってこと?」
「う~ん……そう見えたのね。これはねコルネア、貴方もそれをしなくちゃいけないんだよ?」
「は? なんで?」
「コルネアは確かに強い。全力の貴方との連係を組む人間っていうのは限られてるぐらいには。でも、その相手が毎回同じとは限らない。その時に強い貴方が少しでも寄り添ってくれればって思ったかな」
「戦ってる時、リンゼルはアタシに合わせてくれたって思ったけどな。でもさぁ、弱い奴に合わせるってそれこっちが死ぬじゃん。そんなことする必要ある?」
「協力する必要がなければいらないね。でもそれが必ずとは限らない。どこかでそれが起きるかもしれないし、その時に相手のペースに合わせてあげるっていうのも大事よ。勿論、相手側もそれに甘んじさせないというのもあるけど」
「ふ~ん、まだよくわかんないや。ずっと一人でやってきたから」
人間にとって協力することの大事さを身をもって知っているリンゼルにとってこの価値観は魔族のコルネアにはまだわからないようであった。こういった考え方の齟齬も村が発展すれば見えてくる問題であると知りつつリンゼルは水に浸した体を大きく伸ばした。
「少しずつでいいのよ、そういうのは。まずは相手を知るために尊重することからね」
「リンゼルはそのソンチョーをしてるのか?」
「そうよ?」
「そっか」
(それにしても……)
大きく腕を伸ばしているリンゼルの姿が夕日に照らされてよく見えるのをコルネアはジト目で見る。
そこには人間の身ではあるが人型のオーガ族と似ている箇所はいくつもある。その一部にコルネアの目が行ってしまった。
(なんつーか、裸の今だから気づいたけどコイツもデッ……。服着てる時はそんなこと思わなかったのにそういう特性をしてるのか? というかエルフ族はクローディアみたいなそーゆーのいるっていうの分かるけど人間たちもそうなのか?)
「?? 顔とかに何かついてる?」
「え? ああいや、別に……」
彼女の視線に気が付いたのを知って慌てて逸らす。
幸いにもこれに気が付いていないようでリンゼルはただ首を傾げるだけだった。
(ラギナの周りにいる人ってこういうのばっかだな……。じゃあアタシの体ってショボく見えるのかな……。う~……)
そんな事を考えたら突然コルネアの顔が真っ赤になっていく。
体は冷めているのに熱を帯び始める奇妙な感覚にコルネアは堪らず水しぶきを上げるほど強く体を湖の中に沈めていった。
「それにしても、貴方たちの戦いは凄いね。見てるこっちがヒヤヒヤするぐらい」
「そうなのか?」
顔だけを水面に浮かばせるコルネアにリンゼルがぽつりと漏らしたのを聞いてコルネアは視線をそこに向けた。
「あんなこと、私たちにしたら大問題になるよ?」
「そっか……それじゃあ気ィ付けないとな……」
「……まぁでも、聖力があればなんとかなる、かな」
「セイリキ……聞いたことはあるけど今まで見たことはないな」
「……見てみる?」
「おいやめろって。見たことなくてもすげぇ痛てぇっていうのは知ってるんだから!」
「あははっ、冗談だよ。本気にしないで」
「なんだよ、ったく……。調子狂うな……」
「でも、この力のおかげで私たちというのはここまで生き残れた。この力には感謝しなきゃね……」
自分の胸の前に持ってきた手のひらを見た後、ゆっくりと優しく握っていくリンゼルの表情にコルネアは複雑だった。
人間にとっては有難い力なのかもしれないが、聖力は魔族にとっては堪ったものではない。
しかしそれは魔族も魔力という力を持っていたり、オーガ族のような元々兼ね備えている能力があるのを考えると世の中はそういうものであると認識した。
「なぁリンゼル、その力でアタシたちを滅ぼそうとかしないのか?」
「……どうして?」
「どうしてって……敵がいたらぶっ飛ばすのが当たり前だろ? 徹底的に出来るならしたほうがいいに決まってる」
「…………。……この力の本質は護る力だから。誰かを護る為に使うと聖力は形となって顕現する、セフィリナ聖教の教えなんだ。もちろん争いの為に使われることもある。でもそれは誰かを護る為の事であり、決して私欲の為に振るわれることはないよ」
「……甘いんだな。そっちの世界は」
「……え?」
「こっちでは敵と対峙したら殺るか殺られるかの二択だ。持てる力があるならそれを全て使わないといけない。こっちが良くても相手がそういうつもりだった場合、殺されて詰まんない死に方するだけだから」
「…………」
「その考えはこっちの考えだと命取りになる。ほら、こんな風に、なっ!」
「え……?」
コルネアの話が途切れ、それに間の抜けた声を発するといつの間にかリンゼルの前に彼女が立っており、間抜けな顔に向かって水を両手で掬って掛けた。
「わわわっ!?」
「はははっ! ほら、油断してるとこうなるって! 模擬戦ではやられっぱなしだったからな、今なら勝てそう!」
「うっ、こ、このっ!」
「うわっぷ!? ほら、もっとこいよ! はははっ!」
森の中にある湖の端で二人の女性が水遊びをしていく。
魔族と人間。種族は違えど、はしゃいで遊ぶ彼女たちには確かに見えない絆がそこにあったのだった。




