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第72話 夜風と蛍火に当てられて

 子供たちの面倒を見終えたコルネアはその日の夕方、今日のことでクローディアに感謝されながら彼女の家に招かれていた。

 雑穀に細かく刻んだ香味野菜をオイルで炒めたのとゴワゴワとした丸いパンは普段は野性的な食事しか口にしてなかったコルネアは最初は戸惑いつつもご馳走になり、質素だが温かな味付けは疲れた体に染み渡る。

 クローディアの隣に座るダークエルフの子は初めこそコルネアを見て怯えていたが、クローディアの言葉と子供の感性で彼女は大丈夫だと知るとすぐに慣れていった。

 しかし団欒としたこの空間はコルネアにとっては異質であり、食事を終えた後は早々に自分の住処に戻っていった。


「今日はお疲れ様。よかったらまた食べに来てください」

「……またね」


 玄関の前で遠くなるまで見送ってくれる二人にコルネアは今までこんな気持ちになったことのない気持ちになっており、このむず痒さが取れないことの気持ち悪さに夜風に当たりながら少し歩こうと向かう足を変えていった。


「はぁ……なんつーか慣れねぇ……」


 コルネアは夜の原っぱの真ん中辺りに座って今日の出来事を思い出す。イラついていた気持ちはドワーフのリグと話して少し落ち着き、その後で子供たちの面倒を見ているといつの間にか気にならなくなっていた。

 その後にクローディアと食事を終えてイラつきはもう消えているが代わりに違和感を感じる。それはコルネア自身もそれを知っていた。


「今日一回も思い切り体、動かしてねぇ。こんなことになったのいつぶりだろ……」


 コルネアにとって今日の子供たちとの遊びは動かしたうちにも入らない。

 戦いと鍛錬を小さいころからしてきたコルネアにとって何もない平和な時間は異常なことだった。

 そんな中で原っぱから尻の方から小さな明かりを照らして舞い飛ぶ蛍のような虫、ライトフライが彼女を淡く照らしていくと同時にこちらに近づく足音が聞こえてきた。


「ここにいたのか」

「ラギナか」


 原っぱの中で座り込んでいるコルネアを探してきたのかラギナがこちらを見下ろしている。

 結局、今日は薬草を採りに行った後に別の要件が絡んでしまい一緒に鍛錬するという話は無くなってしまった為に申し訳なさそうに後ろ頭を搔いていた。


「今日はすまん。色々あってな……」

「いいよ、別に。アンタも忙しいっていうのはここに来てから知ったから」

「……隣いいか?」

「……ん」


 彼女の許可を得たラギナはそのまま隣に座ると舞い飛んでいたライトフライが突然来て座った巨躯に驚いたように一斉に舞い上がる。

 二人を強く照らした後、すぐにそれは落ち着いていくと二人を間接照明のように優しく夜の中を照らしていた。


「アタシになんか用?」

「今日、人間の子供たちの世話してくれただろ? それについて感謝を言いたくてな。ありがとう」

「それ言うのアンタもか。不思議だよ、今日みーんなアタシに言ってきてちょっとびっくりした」

「お前の優しさを知ったから言ったんだ。魔族じゃそんなことなかっただろ?」

「まぁ……確かに」

「それに夜にここに来る賊を追い払っているしな」

「……知ってたんだ」

「俺が来る前にすでにやっているところを見てな」

「ふーん、アタシの方が早いってアンタもまだまだだね」

「ふっ……。お前は優しいから俺の分まで残してくれるかもって思っただけさ」

「優しい? アタシが?」

「手首にあるその花の輪っか。今日、ダークエルフの子がくれたんだろう? うちの子がそれを話してくれた」


 ラギナの指が示す先にはコルネアの右手首に巻かれた小さな花の輪っかが見える。

 クローディアたちと一緒に作ったそれを三人組の面倒を見終わった後にプレゼントしてくれた物であり、これもコルネアにとっては初めてのことだった。


「向いてるな。そういうの」

「向いてねぇよ……」


 ラギナの言葉に照れ隠しのようにそっぽを向くが顔は赤くなっているのは感じている。

 心を落ち着かせる為に大きく深呼吸をするとラギナは夜空を見ながら彼女に尋ねた。


「ここには慣れたか?」

「……まだかな。正直言ってね……」

「何かあるのか? 力になれる事なら協力するぞ」

「……なぁラギナ、一つ聞いていいか?」

「言ってくれ」

「アンタ、ここにいて怖くないのか?」


 静かに顔を向けるコルネアの表情は何処か迷いのあるものであり、瞳が不安げにこちらを見る。

 夜風が吹き、草が擦れる音が二人を包み込むとコルネアはそのまま言葉を続けた。


「ここはアタシが住んでいた世界と全然違う。温かくて優しくて平和だ。ずっと張りつめていた空気なんて全然ない。でもそれが逆に、ここに居続けたら自分の力が無くなっちゃうんじゃないかって怖いんだ。今日、特にそれを感じた。アタシは魔族の性に従って生きてきた。もしこれを失ったらアタシはどうなっちゃうの?」


 その問いにラギナは答えを出す為に悩み、時間が過ぎていく。吹いていた夜風はいつの間にか落ち着いており静かな空間の中にコルネアの視線が彼を見続けていた。


「……すまんが俺にそれは分からない。だが恐らく魔族の性はどんな事になっても消えることはないと思う。それぐらい深い部分にそれがある」

「……そうか」

「しばらくはそれに悩むだろうな。俺に出来ることはその滾りをこの身を使って鎮めてやるぐらいだ」

「それでも、少しずつ失っていきそうな気がする……。アタシが積み上げてきたこの力が……」

「今アドバイスがあるとすれば、お前はこういう世界をもっと知っておいたほうがいい。お前は強いがその強さは独りよがりのモノだ。結局それはすぐに限界が来る。もっと別の強さを知るべきだ」

「それ、長のジジイも同じこと言ってた」

「む……そ、そうか。バドも結局、そこに行き着いたのか」


 偉そうなこと言って同じことを話してしまったことに少し気まずい雰囲気になり、誤魔化すように顎を掻くラギナを見たコルネアは思わず吹いて小さく笑う。

 ここに来てずっと難しい顔をしていた彼女が初めて緩んだ表情にラギナもほっと一安心した。


「はははっ、なんだかずっと頭使ってたのバカらしくなってきた。あーあー、アタシらしくない」

「なんかすっきりした顔になったな」

「そうか?」

「ああ。出会ったときと同じ顔してる」

「……もしかしてそれってバカにしてる?」

「あ、いや、そういうつもりじゃ……」

「冗談だよ。ちょっと揶揄っただけ」


 コルネアはそう言うと座っていた体を立ち上がらせて下半身についた土草を払うと上の方を大きく伸ばすとラギナの方を見下ろしている。

 下の方からライトフライの発光で照らされるその顔ははにかんでおり、それは彼女にある少女らしさというのを見せつつ広げた手を座っているラギナに伸ばしてきた。


「今日も夜の見回り、アンタも行くんだろ? 一緒に行こうぜ」


 ラギナは彼女の手を取ると直ぐに引っ張られて体が軽々と持ち上げられるのを見て『細いのに流石だな』と言うと『当たり前だろ、オーガ族なんだから』という冗談交じりをしながら二人は村の周辺の警備に向かっていったのだった。

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