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第70話 何もない日常の中で

 夜の世界に欠けた月と星々の光のみが照らされるこの時間、森の中で歩く音を響かせている者たちがいた。

 モンスターでさえ夜行性でなければすでに寝静まっているこの空間はどれだけ物音を立てないよう気を付けても、自身の出す音が大きく聞こえてしまうほどここは"しん"としていた。

 だが非日常な空間でも進み慣れている彼らは傭兵崩れの盗賊たちであり、それは彼らがすでに夜襲を幾度も繰り返してきた証でもあった。

 目指している場所は最近話題になっているミクス村。特にゴルゴダス領の商人たちとの取引を行うようになったというのは噂話が好きな酒場だと必ず耳に入ってくる。

 日中は屈強な護衛たちのせいで運び屋を襲うのにはリスクがある。だからこそ夜の時間に目をつけたのだ。魔族が住んでいるというのも耳にしているが彼はもう止まらなかった。

 月や星以外では足元の近くを照らす小さなランタンのみで進んでいくか夜目に慣れている為にこの僅かな光源だけで行動でき、仲間の手のサインはその明かりを通してコミュニケーションを取っている。

 やがてある程度まで進むとミクス村に近づいたことを知った一人が立ち止まると、彼に従うように他の者たちも足を止まった。

『この森を抜ければ広い場所に出る。この時間でも警備する者がいるかもしれないから注意しろ』とリーダー格の男が一度立ち止まって近くにいる彼らにサインを送っていると、彼らの目がこちらを見ていないことに気が付いた。


「──……おい」

「……ッ!!?」


 前の方から不意に声を掛けられたリーダー格は驚きのあまり大きな音を出しながら後退し、その主を見る。

 木々の間から月の光が照らされたそれは橙色に黒色が混じった髪が煌めくオーガ族の娘、コルネアであった。


「お前らこんな夜更けになにしてんだ。その恰好、明らかに普通じゃないよな?」

「…………」

「だんまりかよ。はぁー……」


 まさかここでオーガ族に出会うとは思ってもみなかった盗賊たちは度肝を抜かれ、リーダー格に目配せをするが彼はとにかく冷静になれとサインをする。

 この状況を呑み込めていないのか溜息をついている相手は少し抜けている様子でこちらを見ている。驚かされたがコルネアはこちらに対する警戒が未だにないのを見て短刀を取り出した。


「……あ? お前らまさか、アタシとやるっていうのか?」


 魔族とはいえ相手は一人。それにこういう状況には今までも経験してきた。相手にする人間が魔族になっただけの事。傭兵で生き残ってきた実力もある。

 それにここを超えればお宝が待っているかもしれない。傭兵崩れの盗賊に堕ちたとはいえ、彼らなりのプライドがそこにはあった。


「……ッチ。……──ッ!!!」

「──っ!!!」


 引き下がることをしない彼らから殺気を感じたコルネアは舌打ちをしながら彼らに眼光を突き刺していく。

 それは盗賊たちの腹の底から冷やすような感覚が襲い、戦場、もしくはそれに近い戦いを経験してきた彼らですら体が硬直し畏怖させた。

 生物の差を思い知らされるようなコレは蛇に睨まれた蛙がこのことだと思い知らされると、リーダー格が引く手ぶりを見せると手下たちもそそくさとコルネアの前から姿を消していった。


「…………ハァ」


 盗賊を睨みだけで追い返したコルネアは大きくため息をつく。人間もこういうことをするんだなと思いつつミクス村の方へと帰っていった。



 ──コルネアはラギナに誘われてミクス村に暮らすことになった現在、まだこの状況を慣れていない住民たちを配慮して住む場所は魔族と人間で別れている。

 そんな魔族の住む場所からも少し離れた所に家をもらって暮らしており、いつもは土の壁の中で暮らしていたのが木材に変わったことに未だに慣れずにいた。

 コルネアがここに来て予想にもしなかったのが彼女を快く迎え入れてくれた住民たちであった。オーガ族と仲の悪いドワーフ族もいるが今は気にすることもない。

 それよりもコルネアにとってここは居心地が悪く、それはオーガ族は元来馴れ合う種族ではないからだ。唯一、声を掛けやすいのがラギナであるが今日は薬草を採りに行く日で構う暇はないようだ。


「なんつーか、平和だなぁ」


 一人になったコルネアは暇のあまり外に出て丘の方で寝っ転がっていた。そこから見える村は活気があり今日はやけに人間が多い。

 本来であればラギナがここに来れば自分との鍛錬に付き合ってくれるはずで約束が違うことに少し機嫌が悪い。そういうこともあると分かっていても気持ちは燻っており、これが抑えるまで大人しくしようとしているつもりだった。


「……はぁ~~、ダメだダメだ。イラつく感じが止まんねぇ……」


 原っぱで寝ていてもこの気持ちが収まることないことにコルネアは立ち上がると歩いて気を紛らわすことにした。

 何処かで思い切り体を動かせば良いのだが、この村にはまだ来たばっかで何よりも先日のラギナと出会った時と同じになってしまったら目も当てられない。

 彼に迷惑は掛けたくはないという気持ちはあった為にコルネアは村の中、魔族側の方をぶらぶらと歩いてみることにした。

 ここに住んでいるのはラギナとその子供、エルフとダークエルフの子供、それとトレント族のトリンがドリアードたちを引き連れている。魔族側は人間側に比べて閑散としているがいずれここも騒がしくなるだろうなと思っていると金属が叩かれている音が耳に入ってきた。


「この音って……あのドワーフはこっち側にはいないのか」


 ちょうど魔族と人間が住む中間辺りから鍛冶をする音が聞こえ、それに釣られるようにコルネアは向かっていく。

 家の外に作られた小さな工房には農具と武具の修理をしているドワーフのリグがおり、彼と目があった。


「おっ、オーガ族の嬢ちゃんかい。こんなとこに来るなんて珍しいな」

「よ、よう……その、暇だったからさ」

「そうか。それじゃあそこの椅子に新しい布あるだろ。悪いけどそれ持ってきてくれんか?」


 熱によって顔に吹き出る汗を使い古した布で拭っているのを見てコルネアはリグの言う通り、新しい布を渡して交換すると彼は少し気持ちよさそうに拭いきれなかった汗を拭いていった。


「ふぅ~ありがとさん。ああ、それはそこに置いといてくれ」

「……なぁアンタ」

「ん? なんじゃい?」

「その、オーガ族と話して変……とか思わないのか?」

「ううん? なんでじゃ?」

「だってそりゃあ、アンタたちとこっちって昔っから仲悪いじゃん。だからさ……」

「……まぁそう言われればそうじゃな。でもワシはその昔をあんまり知らんからな」

「え、その成りで?」

「何言っとるんじゃ! ワシはこの見た目でもまだ若いほうだぞ! これで年季入ってるなんて他の仲間たちに聞かれたら笑いモンになっちまうわい」

「そ、そうか。ごめん」

「あー……ゴホン。話を折っちまったな。結局、それを知らないワシからしたらお前さん見ても何とも思わん。むしろここに来てくれた同胞って感じじゃな」

「なるほどね。そういうの考えたことなかった。いいドワーフもいたんだね」

「皆が皆、そういう風に納得しとるワケはないがの。ただ、ここみたいに魔族と人間、皆が平和に協力してくれるような世界を見て皆がそうなればいいなってガキの頃思ってたことが起きとる。良いことだのう」

「……そうだね」

「ところでお前さん、こんな所に来るなんて何か用があるんじゃないか?」

「あ、いや。実は──」


 コルネアは自身のことについてなど、対面に座るリグに少しずつ話していく。

 皺のある硬い皮膚に覆われた顔に毛深く蓄えた髭、体格は小さいがどっしりと両腕を組んで座っている彼に話しかけるその姿は祖父と孫のようであった。


「なるほどなぁ。まぁラギナは人間の方とも繋がっとるし色々大変だからな。気持ちは察してくれ」

「分かってる。けどさぁ……」

「まぁ暇を持て余しているっつーのはよくないわな。かといって畑のほうはトリンたちがやっとるし鍛冶も別に大変っつーワケじゃないしな……。……あっ」

「な、何?」

「一つあったぞ。多分、お前さんなら向いてるかもしれん事がの」


 リグはそういうと髭をいじりながらニヤりと笑う。

 そこには彼の笑顔に少しの悪戯心が含まれていたのを感じたがコルネアはそれに耳を貸したのだった。

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