第69話 己の心に決着を──④
内に隠れていた核を壊したことで纏っていた黒いヘドロの体を維持できなくなって力尽きていく。
対象を討伐したのを見て赤い闘気を落ち着かせていきながら近くで倒れているコルネアの方に目を向けた。
それはコルネアの腕を飲み込んでいた部分も同様であり、地面に倒れている彼女をすぐに拾い上げてヘドロの部分を手で払っていった。
「大丈夫か!?」
ヘドロの中にある酸の痛みなど気にする暇もなく全て地面に落としながらコルネアの安否を確認していく。
体はぐったりとしているが意識はあるようで、それを見たラギナは命に別状はないことにホっと胸を撫でおろした。
「くっ、うぅ……ア、アンタか……」
「ダメージは……腕だけか。身体の方も危ないと思っていたが流石オーガ族、頑丈だな」
「も、もう平気だ……これぐらいなんとも……」
「強がるな。この感じ、ウーズの酸に毒も混じってる。いくら耐性もあるオーガ族といえ、今は大人しくしたほうがいい」
「…………。……ッチ」
「コルネア、一ついいか? 何をそんなに焦っているんだ?」
コルネアの体を抱えながらオーガ族の長、バドの言葉を思い出してそれを尋ねる。
魔族の寿命は種族差はあれど長い。故に長期的な目で見る者も多く、今の彼女の生き急いでいるような事をするのは魔族では少なく珍しい存在なのだ。
「……アンタにはわからないよ」
「何?」
「最初から強かったアンタにアタシの事なんか知っても分かるわけないって言ってんの。それにこれはアタシだけの問題じゃない、オーガ族皆の為なんだ」
「……そこまで強さを求める理由があるのか? 前に戦って感じたがお前は十分に強い」
「はっ! あの時に本気で戦ってくれなかった癖に? ははっ、アンタって本当に強者側なんだね。それにその様子だと今、ここがどうなってるか知ってるの?」
「…………」
「その顔、何にも知らないんだ。あの戦争が終わってもまだ戦いは終わってないんだ。アタシがまだ小さかった時、オーガ族は栄えていたんだ。でも戦争が終わった時、一番割りを喰ったのはアタシたちなんだよ。それを他の魔族が隙をついてきた。戦いたい者と戦いたくない者で分かれちゃって、前まで心は一つだったのに皆バラバラになっちまったんだ」
「……すまん」
「アンタのせいじゃないよ。アタシたちってずっとデカい顔してきたから、いつかそういうことされるのは知ってたから。でももう里にはアタシみたいな強い奴はいなくなった。だからアタシが強くならなくちゃいけないんだ。……もう大丈夫だから降ろしてよ」
苦い顔をしながら事を話してくれたコルネアはラギナの腕の中から降りるとウーズに飲まれた腕を摩る。
酸によって爛れていた肌はすでに回復しており、オーガ族の生命力の高さによる治癒能力には知っていっても驚かされる光景であった。
「もういいでしょ。ここまで話したんだからほっといてよ。今回は助けてもらったけど、でももうこんなことにならないと思うからさ……」
「……そんなに強くなりたいなら一つ提案があるんだが……俺の住む村に来ないか?」
「……は? なんで?」
「ミクス村は人間と魔族が住んでいる場所なんだ。俺は今そこで世話になっている。来てくれたらお前が強くなりたいという事を手伝えるはずだ」
「わざわざ人間の方に? 強い奴はこっちの方が絶対多いけど?」
「確かにお前は強い。恐らくこのウーズにも勝てたはずだ。だが結果は危険な目になってしまったということは、それはお前に慢心があったからじゃないのか?」
「なにこれ、アタシ説教されてんの?」
「ゴホン、まぁアレだ、要はもっと広く物事を見たほうがいいということだ。俺も昔は世界を知らなかった。おかげで危ない目にもあったが……だが世界を知ったおかげであの戦争にも生き残れたと思っている。知らない世界を見てみないか? 弱い人間にも強い奴はいるし、お前の修行に付き合える。こっちも強い魔族がほしいところだったんだ。どうだ?」
ラギナの手がコルネアに向かって伸びる。
彼の話を聞いた彼女の体はそっぽを向いていたが、ちらりと横目で見ると開いている手から彼の優しさを感じ、そこには嫌味などはなかった。
(ここの所、ずっと戦っていたけどムカつく気持ちが収まんないし確かにコイツのいう通りかも……。でも言う通りにするのも癪だし、う~~~ん……)
悩む声が口から漏れていることにコルネアは気が付いておらず、その姿は少し抜けている。
そんな彼女の様子をラギナは黙って見守りつつその答えを待ち続けた。
「──……~~~っ! あーもうっ! 分かった! もっと強くなれるっていうんだったらアンタの話に乗ってやるよ! ただし──」
「……?」
「意味がないって知ったら、すぐに出ていくからな!」
「……! そうか、ありがとう!」
出されたラギナの手を取り、コルネアは握手するように強く握ると彼もそれに答える。
彼の見つめる顔は戦っていた時には見せない嬉しそうな表情にコルネアは思わず視線を逸らすとその先にいた存在にようやく気が付いた。
「な、なぁアレって……」
「ん……?」
「ほあぁ~………」
そこには未だに燃え尽きたような白くなった様子でキッカが膝ついおり視線も定まっていない。
ぽかんと開いた口からは気力が煙になって出ていってしまうのでは?と思ってしまうほどであり、コルネアの何とも言えない顔にラギナもそれに気が付いた。
「あいつまだあんな感じになってるのか。はぁ……ちょっと待ってろ」
握られた手をラギナが離してそこに向かってしまうことにコルネアは思わずその手を見てしまい、仄かに残る温かさが逆に名残惜しい気持ちになっていた。
そんな彼女の様子を知らずにラギナはキッカの近づくと定まっていない目に向かって手を前に振って気を確かめつつ話しかけた。
「おいキッカ、いつまでそんな顔してるんだ? もう行くぞ」
「で、でも旦那、あっしの品が……あっしの戦利品がぁ~……」
「悪いと思っているが、あの時はあれをするしかなかった。大丈夫だ、手ぶらでも許してくれる」
「うううぅ~……。くううぅ~~~」
ラギナの説得に一度は納得したようだったが、やはり商人としてなのか涙を流す顔を腕で拭いていく姿に思わずラギナはたじろいでしまう。
後ろにいるコルネアにも困ったような目線を送っていたが彼女もまた『こっちにそんなトラブルを巻き込むな』と言わんばかりの表情で返していた。
泣き続けるキッカを落ち着かせようとしてる中、腕の中で隠されていたキッカの両目がギョロリと動いていく。
それは頭の中にある思考をぐるぐると回転させているのを目が体現しているかのようであり、それに二人は気が付くことはなかったのだった。




