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第6話 魔族の町【オッド】

 ロミナ大陸で起きた魔族と人間による百年戦争は大陸のぼほ全域に広がっており、お互いの土地を取り戻すためという形で侵略を繰り返していた。

 最終的に不干渉の誓いによって大陸を分断する見えない境界線が引かれたが結局一部の魔族が住んでいた土地は人間側に奪われる形になった。

 しかしそれは逆のパターンもあり、ラギナたちが訪れたここ『オッドの町』は元々人間たちが暮らしていたが戦争によって廃墟になった場所だ。

 それを今度は魔族側が人間たちの名残を残して暮らしている。そういう場所はいくつもあった。


「うぐ……ふぅ……」

「ラギ、い、痛くないの……?」

「この程度なら大丈夫だ。しかしまぁ、相変わらずだな。ここの雰囲気は……」


 逃げる際に背中に刺さった矢を引き抜いて地面に落としながらオッドの町の入り口でポツリと呟く。

 ほとんどの魔族はそれぞれのコミュニティで暮らしておりそこから離れて暮らすものは少ない。

 オッドの町などで見える魔族たちは多種多様であり、テリトリーの外に興味を示した物好きな奴から()()()の者まで様々だ。

 それに魔族は人間を憎んではいるがここの人間たちが使っていた建物をそのまま利用している光景はなんともまぁ不思議なものであった。

 人間は敵だが利用できるものは利用する。ある意味でここに適応した魔族たちの生活は逞しさすら感じさせるほどだ。


「ここ……いろんなのがいるね」


 町の入り口から静かに歩き始める隣から感想の口が漏れる。

 彼女がどこの魔族であるかわからない以上、不要なトラブルを避ける為に灰色のローブは深く着させているが当の本人は通り過ぎていく魔族たちのことを初めて見るような目で見ていた。

 幸いにも深めに被ったローブと彼女の小さな身長のおかげかこちらの視線はあちらからは見えていない。得体のしれない奴が通り過ぎているという他の魔族の訝し気な視線を受けるがそれ以上は詮索してはこない。

 変に首を突っ込まないようにするのことは特に魔族の世界で大事であり生き残る秘訣なのだ。


「あまりジロジロ見るな。ただでさえ俺たちは目立つ姿だ。余計なトラブルはなるべく避けたい」

「ご、ごめん……なさい」

「お前は魔族こちら側のことをあまり知らないようだから言っておく。俺たちは知らない相手に対しては常に警戒しているがキッカケがなければ何もしない。下手に手を出して相手が悪かったらそこで()()()だからな。……もし絡んできた奴がいたら迷わず俺のところまで逃げてこい。そうすれば命だけはなんとかなる」

「うん、わかった」

「よし……。ここだ、ついたぞ」


 顔を覆うように深々と被ったローブを手で拭ってそこをミリアは見上げる。

 いつの間にか裏路地を通っていたラギナたち以外に他の者の気配はなく、周囲は石で出来た壊れかけの家の中は僅かな明かりだけがあった。


「この中にいるやつは少し()な魔族だ。そいつには俺だけが話す。お前は何も喋るな」

「う、うん……」


 ミリアが頷いたのを確認するとラギナは黙ってそこに入っていき、ミリアもそれに足早についていく。

 中に入ると元々何かを売っていたかのような家の内装であり、その奥でモゾモゾと動く影が見えた。


「おいキッカ。そこにいるんだろ?」

「ん……? おおっ、その声はもしかして旦那じゃありませんか!?」


 キッカと呼ばれたそれは鱗に包まれた人型のトカゲであり頭には丸めの帽子と肩掛けカバンをかけている。

 中腰姿勢で移動するキッカは大柄のラギナと比較すると半分ほどしかないが彼の姿を見ても臆することなく近づいてくるのは何処か愛らしいさもある。

 ラギナのことを旦那と呼んでいたキッカはどこか彼と親しげであり、両手を捏ねながら上目遣いで尋ねた。


「いやいやいや~お久しぶりで。旦那、ここに来るなんていつぶりですかい?」

「さぁな。だいぶ前のことだから覚えていない」

「一体何処に行ってたんですかい? あっしは旦那こといつも心配しててさぁ……」

「お前はそんなくだらないことを思っている奴じゃないだろ。俺に媚びるのはやめろ」

「へへ、へへへっ……。ところで旦那、その子供ガキは……?」

「何も聞くな。お前には関係ない」

「ほ~ん。んで、ここに来たっていうことは一体何の用ですかい?」


 ミリアの顔をチラりと見た後、その視線をラギナの方に戻して厭らしい態度と声で尋ねる。

 ラギナはそんなキッカに嫌悪感を抱きながら懐から袋を手に取ると手前の机に置いた。


「……旦那、これは?」

「金だ。人間の」

「人間の金? また珍しいモンを持ってきて」

「それで傷薬と交換したい」

「傷薬? 旦那ケガしたんですかい? ちょっと診せてもらってもいいですかい?」

「さっさとしてくれ」

「はいはっと。ほ~~~ん? どれどれ……」


 キッカはラギナの背中にある矢の傷を見た後、何かを察したように元の位置に戻ると手渡された袋の口を開けてその内の一つを指で摘まんで取り出す。

 爬虫類の目がその貨幣をギョロりと見つめるその様子はこの貨幣が贋作ではないことを見定めているようだった。


「久々に会って人間のこれで買いもんねぇ……」

「余計なことを考えるな。それで足りるだろ」

「う~~~ん。そうですなぁ……。…………まぁこの量ならまぁ、こんなもんでしょうね」


 ボロボロの机の上にキッカは肩掛け鞄を置いてその中身に手を入れ、何かを取り出していく。

 それを取り出すとラギナの目の前に置いたそれは小瓶に入った軟膏のようなモノでありそれが傷薬なのだと一目で分かったが……。


「おい、これじゃあ足りないぞ」

「そうですかい? これぐらいがこの金の"今の相場"ってヤツですぜ旦那」

「……お前、ふざけるなよ」


 目の前にある傷薬はとても小さく巨体のラギナにとって明らかに量が足りていないのは明白であった。

 持ってきた人間の貨幣の価値はラギナにとってはっきりとわからないが、それでも釣り合っていない交換内容というのだけは理解できる。

 それに魔族では貨幣の代わりとして鉱物である魔宝石で成り立っているがそれには品質が存在し、悪ければ価値が下がるために安定しない代物であった。

 だからこそ人間の貨幣は価値が分かるものにとって魔族のよりも安定している代物であるというのをラギナは知っているが、これに怒る理由は目の前にいるキッカもその事について詳しく知っている癖にちょろまかそうとしているのが見え見えだからだ。


「お前が隠れて人間と交渉しているのは知っている。だから俺が出したこの金の価値を知らないわけがないだろう。どう考えても釣り合っていないのは俺の目でも分かる」

「旦那……。アンタは知らないかもしれないが人間のがいくら安定するっていっても、それでも価値っていうのは変わるんですぜ? 果実や肉を採った時は新鮮でも時間が経ったら腐っちまうように人間の金にだってそういう部分があるんでさぁ」

「……いいのか? 魔族のくせにこんなことをしてるのが周りにバレたらお前も、この商売もタダじゃ済まなくなるぞ」

「旦那ぁ……あっしはこれでも譲歩してるんですぜ? 旦那の傷見たけどアレはただの傷じゃなくて"人間の使う力"のモンで出来たヤツさ。旦那も嫌っていうほど食らっているでしょうからそれぐらい気づいているでしょう? だからその傷に良い薬っていうのはそれだけ高けぇモンなのさ」

「……っ」

「まぁいいでさぁ。そこまで言うならよ、ここ出てって他の奴んとこに行きなよ。この町で旦那の希望通りのことしてくれる同業者がいるかねぇ……。ま、探している間に俺はどっかいっちまうけど。……こちらも商人、プライドっていうモンがあるんですわ」

「──……わかった。それで取引しよう」

「へへへっ、は~い毎度ありっ! 旦那は話が分かるモンで助かりますぜ。……まぁこんな意地悪な事いってもさ、あっしは旦那の事、結構好きなんですぜ? 昔お世話になったしまぁこれはおまけというか……そう思ってくだせぇ」


 袋に入った貨幣を貰ったキッカの顔は急にニコニコとし始めると懐から魔宝石の欠片を机に置く。

 欠片という小さなものであるが澄んだ色をしているそれはこれでもそれなりに価値は高く、つまりは宿一泊分程度なら使える価値のあるモノだった。

 コイツが今、何を考えているのかわからない。そんな顔を嫌々しい様子で見つつラギナは傷薬の入った小瓶を貰うとすぐに彼から背を向けると外の方へ歩き出していった。


「おや? あっしの商品見ていかないんですかい? その金を使わなくても見るのはタダですぜ?」

「悪いがもう用は済んだ。こっちは急いでるんでな。いくぞ」

「う、うん……」

「へぇ……。そうですかい。それは残念……」


 ミリアに帰ることを伝えてラギナはキッカの店から出ていく。その途中でミリアは後ろを振り向くと店の中で座っているキッカがこちらを凝視していることに気が付く。

 その目は爬虫類独特の動きはまるで舐めるような視線であり、不気味な笑みもあるそれに背筋に悪寒が走るとラギナの隣までミリアは足早にかけていったのだった。

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