第68話 己の心に決着を──③
オーガ族の里の下方にある森に向かいラギナと彼の背に乗っているキッカはここで起きている異変に入った時からそれを感じていた。
「旦那もこの匂い感じてますよね!?」
「あぁ、誘き寄せの香だ。それも強めの」
「旦那の言う通りじゃないですかぁ~、いやぁ旦那の勘はホントに頼りになりますねぇ~!」
「調子のいい事を……。それよりもだ、これ以外も何かがかなり匂うぞ。死臭と……これは酸の匂いだ」
「さ、酸? それって……?」
「俺も分からん。だが急ぐぞ。しっかり掴まってろ」
四つ足で駆けるラギナの速さが更に増していく。この森に入ってから獣特有の嫌な予感がずっとしており、それがラギナの足を急かしている。
やがてその予感は的中する。香のある場所に辿り着くとそこに巨大なウーズがいたのだ。
「ウーズ、あれが酸の匂いの正体か!」
「えーっ!? あのウーズとんでもなくデカ過ぎませんかい!? あんなに育ってんのあっし、見たことないですよ!? に、逃げましょうぜ旦那ぁ!」
「待て。あのウーズ、様子がおかしい」
ラギナがこの巨大なウーズを発見した時にそいつは巨木に体を叩きつけている最中だった。
モンスターが自分の縄張りを示す為に匂いなどの痕跡をそこにつけるというのは知っている。だがそれでもその行動が何か別の目的に見えてしまい、そして目を凝らすとそれが判明した。
「だ、旦那ァ! あそこに!」
「……ッ!!」
巨木から離れる巨大ウーズのその合間、そこからコルネアが片腕を取り込まれてぐったりとしているのが揺れて見えた。
目は虚ろになっているのが先ほどの行動によって抵抗を削がれたのだろう。意識はあるようで死んではいないことが幸いだったが、それもこのまま取り込まれてしまえばお終いであった。
「マズイぞ! 食われる!」
「だ、旦那ぁ!? な、何を……あでっ!?」
巨大ウーズはこちらに気が付いておらず捕食の動きをしているのを見たラギナは時間が無いことを知ると背中に乗っていたキッカの首根っこを強引に掴んで雑に降ろした。
「いてて……何するんです……って、あぁっ!!??」
着地に失敗したキッカは痛みのある部分を摩りながら文句の一つでも言ってやろうと思ったがそれはすぐに驚きに変わってしまう。
ラギナの手、そこに掴んでいるのはキッカが背負っていたバックであるのを見て彼が何をしようとしているのかすぐに理解してしまったのだ。
「──フン!」
「なななななっ、ほああああああっっ!!!!!????」
信じられない事を見た驚きと絶望が混じった叫びと共にキッカの顔を強く歪め、とんでもない表情をしているが横にいるラギナはそれを無視して巨大ウーズを凝視する。
キッカのバックが巨大ウーズの背面にぶつかり、その違和感に気が付く捕食の動きを止めると落ちたバックの中身を漁り始めていった。
「よしっ!」
「よしっ、じゃなぁあい! 旦那! あれはあっしので、今回の成果ですよ!? 何してくれてるですか!!?」
「悪い。だが今はこれしかあの子を救えん。すまんが勘弁してくれ」
「ほあ、ほわわわわぁぁぁ~~~~……」
まるで魂が抜けるようにキッカの体から力が抜けていくのを他所にラギナは巨大ウーズの間合いを詰めて睨みつける。
捕食を邪魔された存在が今目の前にいることを知った巨大ウーズは明らかに怒っており、ラギナの前に対峙した。
「──……ッッ!!」
「『ウーズは森の掃除屋という重要な役目を持っており、決して要らぬ存在ではない』とドミラゴは言っていた。だがこれはもう、何もかも食い散らかす害だ。悪いが貴様を討伐する!」
ラギナの言葉と共にその体から赤い闘気が毛先から溢れ、やがて赫色へと変わっていく。
瞳の中も、冷静だった頭もこの気に侵食されるように赤く染まっていきそうになるがラギナはリンゼルの言葉を思い出しながら唇を噛みしめた。
(ぐっ……少しでも気を許せばこの感情に流されてしまう……。このまま身を任してしまえばコルネアも巻き込んでしまう。……大丈夫だ、リンゼルが俺なら制御出来ると言ってくれた。この力に、振り回されるな……!!)
気を強く持ち、相手を睨む赤い瞳に気圧した巨大ウーズは思わず反射的にコルネアにやったように巨大な触手を作って叩きつけた。
コルネアはそれを避けたがラギナはそのまま立ち止まっている。降り掛かる触手をラギナは手から赤い闘気を凝縮させて逆手剣を作ると落ちてくる勢いを利用して下から切断した。
「……!」
「細切れにすれば貴様も唯では済まない! デカくなりすぎたのがアダになったな!」
内に含んである酸を諸戸もせず凄まじい切れ味で切断した箇所を踏み潰しながらラギナは叫ぶ。
怒っていた巨大ウーズの感情が萎縮し始めたのをラギナは見逃さず、そのまま駆けてコルネアを巻き込まないように奴を真っ二つするつもりだった。
「──……ッ!?」
だが巨大ウーズは萎縮によって怒りが収まったおかげなのか、ラギナの斬撃を巨体を"くねらせて"身を躱していく。
この巨体では完全に躱すことは出来ないがそれでもダメージは最小である。何よりもウーズがこんな動きをすることにラギナが驚いていた。
「なんだ今のは……!」
ラギナは再び攻撃を繰り出すが巨大ウーズは少しだけ体を斬られるだけで済むように躱していた。
うまくいかないことにじれったい気持ちが心を赤く支配してくる。いつもならこの赤い気に身を任せて動きたいが、一度攻撃の手を緩めて冷静になって頭を使っていくとその理由も見えてきた。
「なるほど、経験か」
ただのウーズがここまで巨大になるのは食い続けただけでは説明が足りない。目立つようになれば当然、その捕食者から狙われやすくなり命を落としてしまう。
だがこのウーズはどういう経緯かは知らないがともかくここまで生き抜いてきた戦いの経験と勘がこの動きをさせているのだ。
そしてそれは確証になってくる。切り刻んで落ちたウーズの一部が動いているのだ。所謂分裂だが幸いにも自らの手ですることはまだ出来なようだ。
とはいえ、このままラギナが攻撃し続ければその数は増していき不利になっていくのは明白であった。
「そういうことなら厄介だな。デカいという不利を無くしたのか」
ラギナの瞳に映る光景には巨大ウーズとその横に捕まっているコルネアが見える。
本来であれば彼女もウーズも一つの赤い塊に見えるはずだが、ラギナはしっかりと赤い闘気を抑えて彼女をこの瞳に映している。
だが助けようと攻撃をしても身をギリギリで躱されてしまい、しかも落とした一部がこちらを囲うように動いている。
何よりもウーズの動きは弱っているコルネアにも負担が掛かっている。これがラギナを焦らせている原因だった。
いっそ彼女を無視して攻撃すれば直ぐに事が済むだろう。だがそれをしてしまえば全てが無になってしまう。善性は無くなり魔族の性に支配される哀れな魔族に成り下がるのだ。
「……っ!」
ラギナは荒ぶる気持ちを抑えていると"ある事"に気が付くとすぐに行動を開始する。
迫るラギナだったが間合いに入るつもりはないと知った巨大ウーズは再び触手を彼に向けて放ち、同時に地面に散らばった分裂体も襲わせる。
触手は動作が遅いために躱したが、地面から這い寄ってきたいくつかの分裂体がラギナに付着して酸を食らわす。
だがラギナはその痛みを諸戸もせず、ある物を目掛けて走る。それは投げ飛ばしたキッカのバックの残骸であった。
荷物の大半はすでに巨大ウーズによって内側から食われており、そこにあるバック、厳密にはその一部が地面に転がっているのを見ていた。その中にあるモンスターの素材や加工品を無造作に手に取るとそれを巨大ウーズに放った。
「……!!」
今度は優しく、簡単にキャッチできるような緩やかな軌道を描いて投げられるそれらに巨大ウーズの体が硬直する。
それは驚いてそうしてしまったのではない。明らかに違う感情でそれを見ていたのをラギナは見逃さなかった。
「やはりそれに目が奪われたな! お前は良いモノを食いすぎた!!」
掃除屋の役目である彼らは総じて悪食である。だがこのウーズは明らかに食うものを選んでいるのが分かった。
それは戦い生き抜き、強さを持ったことでえり好み出来るようになったからしかない。
現にさっさとコルネアを食ってしまえばいいのに、未だに放さずそこにいるのは後で味わう以外に理由がないのだ。
荷物の中身に目を奪われ硬直した巨大ウーズをラギナはその影に入るように接近し、コルネアを取り込んでいた部分を大きく斬り取っていく。
巨大ウーズがそれに気が付き、感覚でそこを見ると取っておいた獲物が奪われたことに腹を立てているのが殺気で分かる。
だがその前に巨大ウーズの真上から影を感じると、そこにはラギナが逆手剣の刃を向けていた。
「ウオオオオオオッッ!!」
獣の咆哮と共に空中を蹴って巨大ウーズを真上から斬り落ち、地面に触れた足を再び蹴ってさらに斬っていく。
巨大ウーズの周りを赤い斬撃が軌跡を描き、それは風のようでもあった。
切り刻まれ続けた結果、ついに体の中にあった巨大ウーズの核が姿を見せるとラギナはそれを真っ二つに割ったのだった。




