第65話 オーガ族の里へ
ロミナ大陸の中央にそびえ並ぶ山脈を超えてその近くにある洞穴の中に向かうと魔法陣が奥にポツリと発現されているのを見てラギナとキッカはそこに足を踏み入れると魔族側の領地側へと戻っていった。
出入りの為の魔法陣が描かれた洞穴を抜けて外に出ると人間側よりも少しだけ重い空気を吸うとラギナはなんだか懐かしい気持ちになっていた。
「いやぁ凄いですねぇ。これが転移術っつー魔法陣の通り道ってヤツですか。便利ですねぇ~」
洞穴を抜けて後ろを振り返りながらキッカが感心したような声を出す。
普通であればこの険しい山脈の何処かにあるか細い道を辿るか、山脈が途切れている南に下ってその代わりに広がる荒野を渡らなければならない。
荒野は進むにしては過酷であり、さらに戦争によって死の風が吹くようになった不毛の地でもあった。
「あっち側とこっち側、行き来するだけでも結構時間使うんですけどねぇ」
「いつも勝手に使えると思わないことだ。ずっと前にカルラが作ってくれたこの道は謂わばあいつの物。ここを使ったことはカルラにもバレている。当然、お前如きが使ったら即八つ裂きしにやって来るぞ」
「わわ、わかってますって……。そんな脅かさないでくださいよ旦那~。……ところで旦那はオーガ族の里が今どうなってるか知ってるんですかい?」
「噂程度に聞くだけで詳しくは知らん。最後に行ったのは最後の戦いが始まる前だったからな……」
「あっしも里自体には行ったことない……というか行ったら殺されるし物をぶんどられるぐらいなら幸運って感じなんですけど。あんなに繁栄してたオーガ族も今じゃあ各地に散らばってますからねぇ。これも戦争の影響ってヤツですか?」
「……さっさと行こう。オーガ族の里はここからだと少し遠い」
「あっ!? 待ってくだせぇ旦那! あっしは足短いんですよ!? 背中に乗せるかせめて合わせてくだせぇ!」
短足のキッカを見たラギナはため息をしつつも彼を背中に乗せたラギナは魔族の地を四つ足で駆けていく。
山脈の麓を降り、大陸の中央部分を進んでいくと見渡す限りの丘とそれを彩る草原に出る。
さらに進んでいくとやがてその色は茶色く乾いた草へと色あせるように移り変わっていった。
同時に奥には荒れた山々と深い谷に見える。近くまで辿るとそこから吹かれる熱風に二人は思わず顔を顰める。
この過酷な環境の中にオーガ族が住む里があるのだ。
「くぇ~……なんていうか、不便な場所に住んでますねぇ~……」
「ここが入口だ。お前は変なことを喋るなよ。オーガ族は短気だからな」
「……旦那、そういうならアンタも今言ったのを気を付けたほうがいいですぜ」
「うっ、そうだな」
「安心してくだせぇ旦那、こういうのは心得てますから。なんたって商人ですからね!」
自慢するようにふんぞり返る様子のキッカを無視して入り口を進み続けるラギナ。
その先はやがて自然に切り立った景色から人工に変わっていき、やがて門番を務めるオーガ族を見ると四つ足を二足に変えて立ち上がって彼らの目を見た。
「お前は……名を名乗れ」
「ウルキア族のラギナだ。ここの長に用があって来た」
「やはりか。背中にいるやつは誰だ?」
「付き人のリザード族のキッカだ。怪しいものじゃない」
「……ふん、通れ」
こちらの身を明かしたのに警戒する門番は目を離さないように門に近づくと、手の甲で門を叩いて開けるように音で合図をする。
やがて重い音と共に門が開かれると、門番が無言で顎を動かすと中に入ってよい許可を得た二人はようやく里へと辿り着いた。
その中で原始的な生活をしているオーガ族たちとその里の中を見ながらキッカは囁いてきた。
「なんだが……予想通りというか、ここまでとは思ってなかったですぜ……。魔族の中じゃあかなり繁栄してたって言われてたのに……」
「あの戦争で単一の種族の中で最も数を用意してくれたのはオーガ族だ。だからこそ、一番影響を受けているのかもしれん」
「なるほどねぇ……」
昼前なのに活気がなく表に出ているオーガ族の少なさがこの里の現状を静かに語っているようにも見える。
彼らの注目を集めつつやがて長の住む場所まで来ると、布で遮られた入り口を静かに入っていった。
「邪魔するぞ。バドはいるか?」
「その声はラギナか。オーガ族の里によく来たな」
入口から入ってすぐ囲炉裏のある居間の奥、そこにパイプを咥えて煙を吹かしている老人のオーガ族が胡坐をかきながら入ってくるラギナを見ているのが長のバドであった。
入ってくるなり手招きで近くで座れという合図を見て、ラギナとキッカはそれに従って座る。
居間の中央にある囲炉裏の火がほんのり温かく体を包み込み、その熱はこれまでの旅の疲れを癒すようでもあった。
「久しぶりだな。あの戦争以来か。来るのが遅かったじゃないか」
「ああ、色々あってな……会いに来るのが遅れた。すまん」
「いやいいさ。お前んとこも色々大変だろうからな。で、そのリザード族は誰だ?」
「あ、あっしはキッカっていいやす。旦那の付き人させてもらってんでさぁ……へへへっ……」
「ふ~~ん。お前さんもこういう変なことを相も変わらずしてるんだな。おい誰か、酒持ってこい。それともてなしのヤツをな」
バドの一言で部屋の奥から彼の世話係のオーガ族たちが静かに現れ、その手には大きめの器に透明な酒が入っているのを手渡された三人を見てバドはパイプを口から離すと器を高めに掲げた。
「友との再会に乾杯」
彼の合図と共にそれぞれが酒を口に運んでいく。バドとラギナはそれを一気に飲み干すと喉にアルコールの焼ける味わいを感じており、隣にいるキッカは一気飲みはせず、一度口を離すと口から酒の匂いを息と共に吐いた。
「くぅ~~~酸っぱっ! あ、いや、とても刺激的なお味で……へへ、へへへ……」
「グフフ、リザード族の舌にはこれはキツいかもな。こんなの飲んだことないだろ」
「そりゃあもう、コレと比べたらあっしたちのはミルクと水を混ぜたもんになっちまいますぜ」
「おい」
「ガハハハ! 気にするなラギナ。こういう正直な奴は俺は好きだぜ! それでラギナよ、ここに何の用だ? まぁどうせロクでもないことだろうが……飯食いながら話せや」
「ああ、実はな──」
ラギナは運ばれてくるもてなしの飯を摘まみながらこれまでのことをバドに話していく。
今までの経緯とミクス村のこと、そして魔族と交流しようとしてること。その為の第一歩としてオーガ族と交流関係になりたいということだった。
「……なるほどな。それでこのリザード族か。まぁ商人ギルドに入っていたっつーなら信用してもいいが」
「へへへ……」
「だがよぉラギナ、もしそれ以外を望むっつーのなら正直言ってそれは外れだぜ」
「どういうことだ?」
「ここ見て気が付かなかったワケじゃ無さそうだが、もう今は俺たちがデケェ声出せてた時代じゃねぇんだ。昔は何処に行っても俺たちは住んじまうほど強ぇ体してたからな。同胞が各地にいたもんだ。戦争の時も俺たちが一番活躍したって声にしても誰も異論は唱えないだろうよ。だけどよぉラギナ、あの戦争が終わって俺たちは変わっちまった。あの戦争で傷ついた同胞たちは散り散りになっちまってその力は衰えた。おかげで今じゃ占領してた鉱山をドワーフ共に奪われるまでに落ちぶれちまった。俺たちの住むここは謂わば"境目"、何処にでも行ける道があるが逆にいえばどっからでも攻められちまう場所なのさ。小せぇ火種がポツポツ出ているこの時代に力失った今、でけぇことしたら目ぇつけられちまう」
「何処かに行った同胞は戻って来ないのか?」
「難しいだろうなぁ……。あの時に大陸中にいた同胞を集めたオーガの灯を挙げたってそれに答える奴が今どれだけいるか……。おかげで里は外に出て力を示すか内に篭るかに分かれちまってな。逸れオーガってヤツだ」
「逸れオーガ……それじゃあコルネアという娘も知ってるか?」
「コルネア? あいつは最後まで里に残ってた実力ある子でな。あいつもここの現状を見て何処かに行っちまったよ。……見たのか?」
「まぁな。ずっとモンスター狩りをしていたらしい」
「そうか……。里の中、見ただろ? ほとんどが女子供と年老いた奴。つえーやつは若いの引き連れてどっか行っちまったよ。あれ見れば分かったと思うが俺らにはもう戦う気はねぇよ。アンタに貰った恩は返したいが……そういうのも充てにするなら他を当たりな」
「バド……」
手のひらサイズほどの大きさがある焼いたサソリの肉を食らいながらバドは静かに視線を落とす。
屈強な身体を持つオーガ族のはずなのに少し細くなった肉体を見て彼の纏う哀愁にラギナも誤魔化すように酒を煽るしかなかったのだった。




