第63話 オーガ族のコルネア
「おっしゃあッ! いくぜッ!」
オーガ族のコルネアは対峙したラギナが戦闘態勢に入ったのを合図に地面を蹴飛ばして一気に間合いを詰めていく。
一歩、二歩と強く踏み込んだ地面を抉りながら跳躍するとその勢いに任せた回し蹴りを放った。
頭部に向かったこの蹴りを二人の戦いを離れた位置で見ていたリンゼルですら明らかに相手を殺す一撃に冷や汗が垂れたが、その攻撃を目の当たりにしているラギナには焦る様子もなく冷静にその足を手で掴んだ。
握り掴んだ足は力強く、流れる血液を止めてしまうほどだったがコルネアの表情は変わることなく、しかも全身の筋肉をフル稼働しているのかその不安定な姿勢を維持している。
それは蹴りを放った彼女の体がその体勢のまま空中で固定されたような、そんな奇妙な光景は人間同士の戦いではあり得ない状態にリンゼルはただ息を呑むしかできなかった。
「へぇ、アタシの蹴りを防ぐなんてやるじゃん」
ラギナに掴まれた足は筋肉の音をギチギチと音を立てており、よく聞くと足だけに留まらず全身から鳴り響く音は全筋肉をフルに使って姿勢をそのまま固定しているようだ。
オーガ族の特徴の一つである身体的な強さを表すかのような状況にラギナは攻撃を防いでいるが気を緩めず静かに睨む。
少しでも弱めればこの状態からでも蹴りの一閃が襲い掛かってきそうだった。
「以前、他のオーガ族も同じようなことしてきたな。それよりも大分速いが」
「はん! そいつがどんな奴か知らないけど、その同胞よりも絶対アタシの方が強いね!」
コルネアはそれを証明するかのように筋肉を更に振り絞ると、掴まれていた脚の膝を曲げながら拳を作ってそれを向けてくる。
こんな不安定な体勢からでも攻め続けるその仕草にラギナは掴んでいた彼女を放り投げるように突き放すと、空中でバランスを保ちながら着地した。
「へっ、離したね。もうアンタに掴まれてたまるかって!」
先ほどの一連を見て今度はラギナの周囲をぐるりと高速で回っていく。
その速度は先ほどと同じよう凄まじく、人間のリンゼルの目から見てもギリギリ捉えているほどであり、それはラギナも同様であった。
だがラギナにはウルキア族の鼻がある。見えなくても匂いによって相手を視ることができる。しかしコルネアはそれを分かっていた。
回っていく中で巻き上げられていく砂煙。走れば走るほどそれは濃くなっていき最早リンゼルの視点では影が回っているようにしか見えなくなってしまった。
コルネアの匂いは砂に紛れ、姿も煙によって影になっているそれを迎撃しなければならない為に先ほどのような防ぎ方は当然難しくなっている。
「──だぁッ!」
砂煙の中に動く影を追っていたラギナの目の死角を突くように横から握りこぶしを構えて再び距離を詰めてきた。
瞳を逸らしただけのほんの僅かな一瞬だったが、時すでに遅くコルネアの拳はラギナの胴体に向かって放つと大きくめり込ませて後方に吹っ飛ばした。
「──ッ!」
「ラギナ!!」
舞い散っていた砂煙の中から弾丸のように吹っ飛ばされたラギナは亡骸になったストーントータスの甲羅にぶち当たる。
幸いにも受けの態勢を取っていた為か致命的な一撃にはなっていない様子。だがそれでもダメージは大きかったことはリンゼルの目から見ても明らかであり、そしてコルネアの攻めはこんなところで終わるはずがなかった。
甲羅を背にしたラギナに追撃の拳が降り注がれ、紙一重でそれを躱すと衝撃音と共に甲羅がめり込んでおり、そこを中心にヒビが入っている。
ストーントータスの甲羅は元々頑丈な甲羅を自身の能力で更に硬化させている為に死んでいる甲羅は生きている時よりは脆い。しかし、それを加味しても十分すぎる硬度の甲羅をいとも簡単に割っているのは彼女がこのストーントータスと戦って甲羅に傷を負わていたことを証明するには十分だった。
もしこれが人間に降り注げばどうなってしまうのか。実力ある者に身体に十分な祝福と聖力を宿した鎧を着こんでようやく死には至らない程度であり、並みの者では血霧になってしまうと容易に想像できてしまった。
そんな拳が両手を振るってラギナに襲い掛かっていく。いなしていく彼の背にある甲羅を割りながらでも勢いは止まらない彼女は戦いに興奮した猛獣のようでもあった。
「はははっ! こんだけやってもこんなに捌かれるなんて! 最初も絶対不意ついたと思ったのに本当にやるじゃん!」
「似たような奴を知ってたと言っただろうに」
「それでもさ!」
(戦いはあのオーガ族が攻め続けて優勢……。だけどなんで? あの赤い闘気を今も出さないの? ストーントータスの時は偶々だと思ったけど、もう出し惜しみする理由なんてないはず……)
ストーントータスから感じていた違和感にリンゼルはようやく気が付く。
この戦いからずっと赤い闘気を発してはいない。話を聞く限り圧倒するほどの力があるはずでそれはあのオーガ族を簡単に組み伏せることもできただろう。しかしラギナそれをしなかった。
(……ラギナ、やっぱりそうなの!?)
彼と接してきた記憶を思い出しながら戦いを見ていると一つの疑念が浮かび上がり、それが確信の方に近づいていくにつれてリンゼルは思わず歯噛みをしてしまう。
そしてその違和感は戦っている相手も十分伝わっており、コルネアの動きにも次第に露になっていた。
「ふざけてんのか!? いつまでそんな状態なんだ! 手ェ抜いてんじゃねぇ!」
先ほどまで戦いを愉しんでいた様子はすでになく、怒りが露になったコルネアから怒号が響く。
防戦一方にも関わらず何処かで反撃することもないラギナはコルネアの目から無気力のようにも見える。ラギナの二つ名になっている赤い闘気も出していなければ猶更だった。
「アタシじゃそんなのいらねぇってことなのか!? バカにしやがって!!」
攻撃の手を緩めて一度距離を取ったコルネアは息を切らしている。肌から噴き出た汗が揺らめいて陽炎の蒸気が見えており、それは攻めることにかなりのスタミナを使ったことが分かる。
対照的にラギナの息は落ち着いており、胴体に一発重いものを貰っただけでそれ以上のダメージは無さそうだった。しかし彼の無口で冷静な態度が逆にコルネアを刺激させたことは言うまでもない。
「──殺す!」
最初の決め事など最早建前でしかなくなってしまったこの戦いにコルネアは全身の力をフルで使い、握りしめた拳を地面に思い切り叩きつけた。
オーガ族の高い生命力を腕から拳に掛けて流し込み爆発させると着弾した地面はそこを中心に瓦解、地面が衝撃で盛り上がりながら大きな地割れが発生した。
あまりにも暴力的な一撃は離れていたリンゼルの方にも迫り、もっと距離を取らなければ巻き込まれてしまう為にすぐに後方、凹んでいるこの地の上側へと退避する。
この衝撃によって足場はぐらついて不安定になり、この状況には流石のラギナも膝をついて倒れないようにするのが精いっぱいだった様子をコルネアは見逃さない。
地面に当てた拳にはまだ込めていた生命力が残っている。今のを今度は奴の体にぶち当てる。そうすれば本当に殺すことが出来る。それほどの自身がコルネアにはあった。
「くたばりやがれ!」
グラつく足場を蹴って真正面から一気にラギナに向かってこの拳を向けていく。
不安定な足場で身を躱すことも、防ぐための踏ん張りがきかないこともできないラギナはこれを食らうしかない。
強くなるために戦い続けた結果で得たこの力にコルネアは絶対の信頼があった。
だがラギナは躱すことも防ぐこともせず、この状況で体を前に出してきた。
今まで守りに徹していた彼がここにきて攻めの姿勢になったことにコルネアは度肝を抜かれてしまった。
「なっ……──」
最初こそは驚いたが僅かな時間の後、コルネアの目にはラギナがただの悪あがきをしている風に見えた。
所謂、死にかけの鼠が天敵を咬むヤツだ。ちゃんとした言葉はもう覚えてないがともかくコルネアにはそれにしか見えなかった。
今更この状況でどうするんだと、そう思っていたコルネアだったが突然、腹部に違和感を感じたのだ。
「うぐっ!?」
自慢の拳がラギナに向けられる手前、振りかざそうとした姿勢の状態でラギナが爪を立てて腹部を刺している。
お互いが接近した結果、間合いが詰められる速度は必然的に速くなり振りかぶる前にラギナの反撃を食らった。つまりコルネアはその計算を見誤ったのだ。
冷静になれず怒りに身を任せた故に起きたことが結果に現れてようやく理解する。だがそれでも握られた拳には力が込められている。タダで食らうのは無論、癪だった。
「ま、まだだっ!」
「──フン!」
「ぐぅっ!?」
だが勢いが殺されているコルネアにそんな動きは鈍く、ラギナはすぐに次の手を打つように彼女にめり込ませた爪を体ごと持ち上げ、満月のように弧を描くとコルネアを思い切り地面に叩きつけたのだった。




