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第61話 巨岩亀を倒せ

 野太い雄たけびを周囲に轟かせながらストーントータスはラギナとリンゼルの方へ突っ込んでいく。

 亀のモンスターという鈍さの代名詞のような生物であるが、巨体でもあるので勢いに任せた歩幅は広く、想像している事よりも遥かに速く感じる。

 しかも足を踏み込むたびに地鳴りを響かせているのだ。経験の浅い者はそれだけで萎縮してしまうだろう。


「来るぞ!」

「──ッ!」


 だが二人は迫りくるストーントータスを見ても冷静だった。

 素早く左右に別れるように体を動かして奴の注意を分散させる。

 このストーントータスは確かに見た目よりも速い。しかしそれは己の重量に身を任せた勢いだけのものであり、別れていく二人にすぐ対処できるほど機敏ではない。

 初見でそれを見極めたのはそれぞれの経験の深さからだった。


「──グゥッ!」


 二人の別れたことにより開いた先には岩壁が聳え立っており、ストーントータスはそれに顔から激突する。

 めり込んだ顔を引っこ抜き、そしてゆっくりと睨みつける先にはラギナがいる。

 それは殺気を敢えて強く放ったことによる誘導でもあり、ストーントータスはそれに見事に引っかかったのだ。


「来いッ!!」


 さらに挑発をするラギナを見てストーントータスは彼に体を向けると再び突進を開始した。

 口を大きく広げながら迫るそれは獲物を丸のみしてやるという意思すら感じさせる。

 本来であれば避けなければいけないものであるが、ラギナは敢えて真正面から立ちはだかった。


「ぬんッ!」

「──ッ!?」


 己の肉体をフルに稼働させ、開いた口に両手を突っ込むとそのまま上と下の顎を掴み上げる。

 どれだけ噛みつこうとしても、ラギナの両腕によってこの口が閉じられることはない。

 今までそういうことをされたことなかった為かストーントータスは明らかに動揺を見せていた。


「今だ! やれ!」

「──【聖光斬せいこうざん】!!」


 ストーントータスの動きが鈍ったのを見てリンゼルは長剣を片方の手から発現させた聖力を刃に滑るように帯びさせると彼の右前足に刃を突き立てる。

 モンスターに対して特効効果のある聖力を己の武器に付与し、相手に与えた箇所に纏わせた聖力を毒のように注入するシンプルな聖剣技。

 巨躯を誇る相手だろうが、決まれば聖力がその体を蝕むこの技は相手を選ばない強力な技であった。


「──……なっ!?」


 だがそれは己の刃が()()()の話。切り込んだと思っていた刃はストーントータスの肉を裂くことなくその皮膚で止まっていた。

 正確には完全に失敗したワケではない。刃の当たった皮膚に聖力によるダメージは確かにあるのを確認できる。

 だが硬すぎたのだ。よく見るとストーントータスの皮膚は大小問わず古い傷跡が見えるとリンゼルはそこで思い出した。

 コイツが何処かのぬしであったことを。そこのぬしという地位を得るまでにどれだけの闘争を繰り広げていたのかを。

 傷だらけで戦い抜いたこの皮膚は再生を繰り返すうちに弾力性のある岩のような、そんな手ごたえになっていた。

 故に内側まで到達することなかったこの技の効果は激減していることは明白であった。


「コイツは、硬すぎる──ッ!」

「ぐおおッ!?」


 動きを鈍らせていたストーントータスは再び足を踏み込んでいくと、両顎を掴んでいるラギナ毎動き始めていく。

 その足に巻き込まれないよう、リンゼルは素早く身を引くしかできなかった。


「ラギナ!」


 やがてストーントータスはラギナを巻き込んで再び岩壁へと激突する。

 砕かれた壁の岩ごと食ってしまいそうな勢いにリンゼルは息を呑んで見ているしかできなかった。


「そんな……」


 砂煙が舞い、それが落ち着くまでリンゼルは動くことができない。

 今出来ることは彼が無事であることを信じるしかなかった。


「──ッ!」


 やがて砂煙が落ち着き始めるとストーントータスが一切動いていないことを知る。

 踏み込む足は未だに力が入っているようで、その先に見えるのは壁を背にしてギリギリで耐えているラギナの姿だった。


「ぐうぅぅ……!」

「ラギナ! 今助ける!」


 両顎に生えている牙が彼の体に食い込む手前でなんとか止めているのが見える。

 だがそれもいつまで持つかはわからない。リンゼルは再び長剣を構えながら彼に向っていった。


(ラギナ、何故()()を使わない!? やればこの状況を簡単に抜け出せるだろうに! ……──まさか、私の為なのか!?)


 僅かな時間中で浮かんだ疑問がリンゼルの頭に過ったこと。

 それはラギナはこの戦いで一切赤い闘気を発していないのだ。

 それは相手がモンスターだからという過剰な自信によるものなのか。それとも自分リンゼルを思ってのことなのか。

 後者であれば余計な気を使わせていることになる。それはリンゼルにとってある意味で屈辱であった。

 だが今はそれを気にする暇はない。ラギナを嚙み咥えているストーントータスの横顔まで迫ると浮かんだ疑問を払拭するように長剣を目に突き立てた。

 ──ガキンッ、と岩に金属がぶつかった甲高い音がこの場に鳴り響く。

 リンゼルの突き立てた刃の先、目の部分は素早く瞼が閉じられており、瞼によって挟まれているその硬さは先ほどの皮膚と同様であった。


「ここもなのか……!」

「──ッ! うおおおッ!!」


 目論んでいた目を抉ることは叶わなかったが、ストーントータスの視界は狭まり、さらにその注意はリンゼルに向いた。

 ラギナは奴の緩んだ一瞬の隙を逃さず、下顎を掴んでいた手をさらに奥まで入れると、そこにある舌を思い切り握りしめ、そして引っ張った。


「グウゥゥオワッッ!!?」


 先ほどの雄たけびとは違う、戸惑いと苦しみが入り混じった声が鳴り響く。

 口の外まで引っ張ったことでラギナの腕を咄嗟に嚙み千切ろうとしたのを防ぎ、体を横転させて押しつぶそうとした。

 これにより隙間が空いたことでラギナは挟まれていた壁岩からリンゼルを抱えて脱出すると、一旦距離を取って息を整えた。


「ハァ……ハァ……」

「大丈夫か!?」

「ああ、なんとかな。助かった。ありがとう」

「ああ、いや、それよりも……」


 どうして赤い闘気を使わないのか。その疑問をリンゼルは口に出せなかった。

 何か理由があれば聞きたいが、戦いの最中でそれが僅かなノイズとなってしまうのであれば避けなければならない。

 ──私に気遣わなくていい。たったそれだけの一言をリンゼルは言うことが出来なかった。


「起き上がるぞ。さて、こっからどうする?」


 横転したことで腹を見せているストーントータスは奴にとって無防備になったこの状態から抜け出すためにめちゃくちゃに暴れている。

 手足の不規則な叩きつけを見れば今が無防備だと知っても危険が及び、ここで生き急いで攻めてしまう者は相手の思うつぼに嵌っていることだろう。

 逆に言えば今が作戦を練る時間が作れているのである。今の一連で冷静に状況を分析するには十分な時間だった。


「奴の皮膚のせいで私の剣が届かない。聖力は効いているだろうが恐らくは微量でしかないが」

「……とはいえ、奴の柔らかい部分は何処にもないぞ。目や口の中ぐらいか。とにかく内側に届けばいいが……どれも危険過ぎるな」

「……ラギナ、一ついいか?」

「なんだ?」

「…………。……奴の、ストーントータスの甲羅を見てどう思う?」

「どう思う? ……傷が目立つな。それが?」

「その傷、お前から見て新しいと思うか?」

「……古いのもあるが前の居場所を追い出された時の傷もあるな」

「ならそれはまだ()()()()()ってことか?」

「──……! なるほど、そういうことか! 狙えるのか?」

「お前がいれば出来る。任せてくれ」

「頼もしいな」


 二人の顔を見合わせた視線はお互いの考えが共有したかのような表情にニヤリと笑う。

 やがてストーントータスが起き上がると、こちらに向く顔は先ほどよりも怒りが滲み出ているのが少し赤みを帯びていた。

 先に動いたのはラギナの方からだった。先ほどのように相手に動かれれば、その分だけ厄介になるのは知っている。

 ラギナは奴の目の前まで近寄ると、爪を立てて顔面を切り払った。


「ふんッ!」


 袈裟切りのような力を込めた一撃を食らわせたが、ストーントータスはビクともしない。

『この程度の攻撃なぞ存分に食らったわ』、と言わんばかりの表情は硬すぎる皮膚に対して絶対の自信を持っているようだった。

 そして前足で薙ぎ払ってラギナを離れさせると再び動き始めていく。

 今はゆっくりであれば、このまま加速し続ければ先ほどのような事になる。だがこの動きを止める手段をコイツらは持っていない。

 例え逃げ回ったとしても持久戦になれば体力と防御力の差にあるストーントータスに分がある。

 この場所から完全に逃げ切るためには盆地のように凹んでいるこの場所を上がらなければならず、それも奴を有利に後押ししていた。

 だがラギナは再び迫った。同じことを繰り返すつもりだろうか? 魔族といえども強力なモンスターには手を焼いてしまう。

 コイツをここで殺せば強さに箔が付く。そうすれば追い出された元の場所に戻ればその影響力は甚大になることを思うとストーントータスは思わず顔がニヤけた。


「──勝ったと思ってるな? お前の相手は俺しか見えていないのか?」

「──……」


 魔族の言葉に一瞬、『何を言ってるんだ?』とストーントータスは思う。

 あの人間のことを言っているとしたら、それは愚かだ。

 何故ならコイツと比べると全く怖くない。比べるなら今この場に舞い散る塵のほうが面倒だと思うぐらいだ。

 しかもその人間も姿が見えない。逃げたのか?

 ──いや、いる。近くに気配を感じる。だが関係ない。一緒にいれば一緒に潰すだけのことだ。

 ラギナに間近に迫る次の瞬間、そいつは現れた。


「──……ッ!?」


 少し屈んでいるラギナの背後、その広い背中をリンゼル飛んで踏み込み、そして思い切り跳躍した。

 ストーントータスの瞳の動きが飛ぶリンゼルに動いて注目していく。すでに動き始めた自分の体を飛んでいく人間の為に制御することはできない。それはラギナも当然、知っていた。


「何処を見ている! 相手はここにもいるだろう!」


 完全に気を逸らしたストーントータスの下顎をラギナの強靭な足技で蹴り飛ばす。

 それは奴の迫る勢いも合わさり、その衝撃は脳を揺らすのに十分だった。

 意識はギリギリ保っている。だがストーントータスの見る景色はドロドロだ。

 それに伴い迫る勢いも落ちていく。守る体勢すら出来なくなったのを飛びながら見て、リンゼルは長剣を構えた。


「いける! あそこならッ!」


 甲羅に刻まれた歴戦の古傷──その中央にある内側に抉れたような箇所は他と違って色が新しい。

 リンゼルはそこに向かって長剣に聖力を込めて、そして発現した。


「──【剣舞・聖光刃せいこうじん】!! まだ終わりじゃない!!」


 円を描くように聖力の光が刃となって彼女の周りに浮かばせて放つ。

 新しい傷にそれらが深く刺さっていき、丸を描いたそこに向かってリンゼルは落ちながら長剣の刃を突き立てた。


「悪しき命脈をここで断つ、──【鳴光破めいこうは】!!」


 甲羅を貫通した聖力を付与した長剣、その周囲にある光刃が彼女の詠唱に呼応するとそれらが怪しく光り、突き立てた長剣から聖力の刃が落ちるようにさらに深く沈んでいく。

 内部まで到達した刃はその組織を破壊していき、そしてこの複数の光の刃は一つに成ると、一本の光の柱となってストーントータスを下まで貫いたのだった。

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