第60話 山岳地帯の主
ゴルゴダス・フリエンの話によるとこの付近でモンスターが多発している地帯があり、報告によると上位個体の存在も確認されている。
特に気になる点は上位個体の中にも手負いになっているモンスターも発見されており、そのせいか通常よりも凶暴になっているということだった。
「モンスターの発生なんてここじゃ日常茶飯事だからな。本来ならそういうのはギルドの新米共にやらせているんだが最近はそうもいかねぇぐらい危険度が上がってきている。ウチにいる自慢の傭兵ギルドに俺から言ってもいいが、何せ倒してもキリがねぇんだ。しかもそいつらは魔族方面から来ているらしい。そこまでの領域になると俺たちが独断で攻め入るワケにはいかない」
「そこで魔族の俺の出番ってワケか」
「話が早いな。魔族側で何かが起こっているってのは他の連中も薄々気が付いている。ヤブンの事もあってか魔族が絡めば厄介になるってのはお前らも分かるだろ? 面倒なことになる前に片づけてくれればそっちの印象もよくなるはずだ。」
「なるほど……。受けましょう、その依頼を。その代わりに約束は守ってもらいますよ」
「わかってる。多発してる地帯に向かって調査をして、もし絡んでたらそっちで対処してくれ。話は以上だ」
──北西に位置するフリエン領から魔族側の中央には山岳地帯が広がっており、その手前には短い草が広がっている。
問題の場所はこの山岳地帯であり、近くに配備されているキャンプ地で移動に使った馬を降ろすとラギナとリンゼルは早速調査を開始していった。
「この一帯を調べるって話だが二人でするのか」
「貴方の事を外の人たちはまだ知っているのは少ないからね。余計な混乱をさせない為のゴルゴダス卿の配慮なんでしょ」
「しかしどうする? 見た感じここは広いぞ。俺はともかく人間のお前はキツそうだが……」
「モンスターが発生している箇所は貰った地図に記してくれたから、そこまでじゃなさそう」
「それでも三ケ所か……。遠くはないがそれでも普通にやったら数日は掛かるな」
「普通にって、それじゃあ他に何かあるの?」
「なに、これさ。よっと……」
「えっ? うわわっ!?」
魔族の姿になったラギナはリンゼルを軽々と掴み上げるとそのまま背中に乗せてしまった。
「ちょ、ちょっと! いきなりはビックリするって!」
「だがこの方が早いだろ。こういう場所は俺の里でもよくあったから駆け回るのは慣れてるし大丈夫だ。後はリンゼルが上から道を教えてくれればいい」
「そ、そうなの。それじゃあ、お願い」
ミリアにしたようにリンゼルを背負いながらラギナは四つん這いになって駆け走っていく。
本来なら通るはずの整備された道をあえて行かず、近道できるなら鋭い斜面を強靭な四肢を使って駆け上がっていく様にリンゼルは驚きを隠せないようだった。
「す、すごい。こんな場所を走るなんてちょっとびっくり……。まるで伝承に記録された駿馬みたい」
「そういうのがあるのか?」
「こういう断崖みたいな場所を駆け上っていく話があるのよ。騎士がそれに跨って、その向こうにある国を救うって話」
「ふ~~~む、これぐらいならケイローンたちも同じようなこと出来そうだがな」
「……あんまり夢のない話だったってことね。──っと、そろそろ目的の一つかな」
山岳の一帯、少し広めに切り開かれたその場所の岩陰にラギナたちは到着して覗いてみると、そこには灰色の蛇のモンスター【グレーバイパー】が岩に擬態となって潜んでいるのが見えた。
「この辺だとよく見る普通のモンスターね。別に数も多くはない……」
「確かに、ということはこの一帯はすでに狩り終えた後なのか?」
「その可能性もあるかも。これなら次に行ったほうがよさそう」
「わかった」
二つ目の場所、最初と似たような光景には甲殻虫のモンスター【コウチュウ】が岩壁などに這いまわっており、この数は確かに多い。
「コウチュウがこんな場所にこの数って……何故……?」
「多分だが餌が多いんだろう」
「餌? コウチュウって何でも食べるらしいけど、ここじゃ何を?」
「恐らく腐肉だろう。さっきからそういう匂いも漂ってる」
「……なるほどね。手負いになったモンスターがここに逃げてきて、力尽きたそれを食べているって事か」
「そう考えるのが自然だなあと一ヵ所か。少し奥側だが、さっさと行けば日が暮れるまでに帰れるな」
「……ねぇラギナ、疲れてない? 休憩しなくて大丈夫?」
「まぁ……正直言って重いが気にするな」
「ちょっ、今重いって! 着こんでいるんだからそれは仕方ないでしょ!」
「お、お前、それ言わせたんだろうに……何をそんな……」
「そういう風に聞かれた時はね、女性に対しては重くないって言うのが礼儀なの」
「……人間の?」
「いいえ、男性として」
「う~~~~ん……、覚えておこう」
今まで意識したことなかった事に納得するまで時間は掛かりそうだと内心思いつつ、再び足を動かしていく。
最後の場所、山岳地帯の中心部分は平になっており記された場所は囲まれるように凹んでいる。
この地形によってが魔力が溜まりやすく、それに集まるようにモンスターの出現も多くなっている箇所でもあった。
「確かここはかなりモンスターが多いと地図にはそう記載されているはずなんだけど……」
「モンスターの姿が全く見えない。というか、すでにもういない……?」
「気になるわね……。ラギナ、降りてみましょう」
上から覗いていた二人だったが事前の情報を聞いてたのと違うことを知り、ラギナは斜面を滑るようにそこへ降り立っていく。
背中にいるリンゼルを降ろして周辺の調査を始めていくと、そこには食い荒らされたモンスターの死骸などの痕跡がいくつもあり、確かにここに存在していたことを示していた。
「……見た感じそこまで日は経ってない。だけどこんな集まりやすい場所に全く見かけないってあるの? ラギナはこういう事、何か知ってる?」
「あるとしたら一つだけだな。この一帯を縄張りとしている奴がいるということだ」
「でもそれも見えない。もうどっかに行っちゃったの?」
「……──いや、いるぞ。すでに敵が近くに……ッ!」
「──ッ!」
ラギナが何かの気配を察するとすかさず警戒の体勢に入り、リンゼルも彼の近くまで寄ると長剣を抜く。
周囲を見てもラギナの言う"敵"は見当たらないが、彼の顔を横目で見るとその視線が地面に下がっているのが見える。
やがて大きな揺れが二人を襲い始めると、その敵が姿を現した。
「これは……!」
「【ストーントータス】……! しかもかなりデカい!」
地面に埋まっていたのが起きるように現れたのは自分たちよりも遥かに巨大な亀であり、背中に背負う岩の甲羅が特徴的な山岳のモンスターであった。
家を数個継ぎ合わせたようなその大きさは盆地になっているここをヤツが動けばすぐに壁に当たってしまうほどであり圧巻だった。
甲羅から出てきた頭を上げて、その視線は二人を見下ろすその姿はこの一帯を支配しているまさに強者の態度でもあった。
「あの目……なるほど、コイツがここの主ということか」
「いや、そうでもないっぽいぞ」
「……? どういうことだ?」
「確かにあのデカさのストーントータスはかなり稀だ。恐らく戦い抜いてきた歴戦のモンスターというのを感じる。だがリンゼル、あの甲羅の部分が見えるか? 上からこっちまで見えるぐらいにかなり深い傷を抉られている。顔や足にある傷も同じだ。あれは戦い抜いた傷の跡じゃない。もっと最近出来た傷だ。ストーントータスの甲羅が抉れられるほどの何かが起きたのは間違いない」
「それじゃあコイツは……」
「思っている通りだ。コイツは何処かの主だったが、ここに追いやられたんだ」
「なるほど……。確かに異様な殺気をこっちに向けているな。執着のようにも感じる」
「来るぞ……! 構えろ!」
ラギナの一言の後、ストーントータスが雄たけびを地鳴りを上げながら迫ってきたのだった。




