第59話 傭兵都市リッテンラウド
ある日、リンゼルはミクス村から離れており街道を愛馬のティーネに乗りながら進んでいく隣にはラギナもいる。
愛馬ティーネについていく間は魔族の姿になっており、遠くからこちらに来ようとする人の気配を感じたら人の姿へと切り替えるということをしていた。
そんな彼を見ながらリンゼルは馬上から背を伸ばして大きく息を吸った。
「くぅ~~~~~……。ふぅ……」
「凄い声だな。そんなに気持ちがいいか?」
「そうね。ここのところずーーーっと、紙と睨めっこしてたから。もうね、目と体が凝っちゃって……」
「ずっと家にいたっぽいしな。ここ数日は見かけなさ過ぎてミリアも心配してたぞ」
「やらなきゃいけないことが多すぎる……。気分転換になってた鍛錬も最近は全然してないし……ねぇ、ラギナ。私、騎士よね? 村の報告とか近隣の調査とか、なんでこんなに書類をやらなきゃいけないの……」
「そ、そうか……。だったら今日は外の用事があってよかったな」
「ホントにそう。こんな天気のいい日が続く季節なのに、ずっと家にいるのは流石にね」
「今度暇があったら鍛錬に付き合ってやるぞ。偶には俺も体を思いっきり動かしたい」
「それは助かる。まぁその前に今回の件を片付けてからになるね……。──っと、そろそろ近くまで来た感じね」
リンゼルが向き直した方向にはミクス村では見ない開けた草原に少し荒れた光景が広がっていく。
その先にある城壁に囲まれた都市、そこは大貴族の一人、ゴルゴダス・フリエンが統治する【リッテンラウド】が見えてきた。
「あそこが今回の件で大事なのか」
「そう。このまま行きながら話を整理しようと思うけど、ここを出る前に伝えた事、覚えてる?」
「確かミクス村で採れる特産品を正式な商業ルートっていうを確保する。そのためにまずはあそこにいる貴族と協定を結ぶ……だったか?」
「当たってる。私たちのミクス村は今はバード公の計らいで物資を定期的に送ってもらってるけど、安定してきたからそろそろ自立出来るようにしないといけないって話が出たわ。行商人は時々来るけど、結局それだけだと安定はしない。だから各都市の商会ギルドと同盟関係を組んでそのルートを確保するってこと。バード公の場所と繋がるところまで手が伸びればその儲け話に乗っかる輩も出てくるから人も集まって一石二鳥ってことになるね」
「なるほど……キッカがやたらこの話に食いついていたのはその為だったか」
リンゼルの家でこの話を聞いていた時にその外で聞き耳を立てていたリザード族のキッカをラギナは思い出す。
彼もまた商人である故にこの話には興味津々であった。
『旦那~その話、あっしにも乗っからせてくださいよ~。あっちの方の品ならここに来る人間の商人にも売れてて結構自信あるんですぜ。その話、成功させてくれれば旦那たちにもいい思いさせますよ~』
今思い出してもキッカのあの顔から駄々洩れる欲求にリンゼルは苦笑いをしていたが、畑で育てている収穫の前にこの商業ルートが通れば確かにミクス村は潤うことになる。
魔族側の品というリスクはあるが珍しい品をうまく扱えばそれだけ豊かになる。そうすればミクス村は街になればリンゼルの責務も果たされることになるのだ。
「その為にはまずゴルゴダス卿から。あそこは傭兵ギルドが盛んだからいつも物資不足に悩まされている。前の一件である程度こちらに認識させてもらったし多分話しやすいはず。ゼニス卿の空いた席はまだ話が続いているようだし、ヤブン卿は少しきな臭いからね」
「なるほどなぁ……っとと、そろそろ変えないとな」
話を聞きながらラギナは白狼から人間へと姿を変えていくとやがてリッテンラウドの門まで辿り着く。
仰々しい門番がやってくるこちらを睨みつけている中でリンゼルは堂々とした態度で紐で巻かれた書類を馬に乗りながら手渡した。
「ミクス村のリンゼルだ。ゴルゴダス卿に会いに来た。これを──」
「──……」
受け取った書類に封された蝋を見て、それが正式なモノだと知ると黙って門から離れて招かれる。
少しヒリついた空気の中、二人はリッテンラウドの中へ入るとそこは他とはまた違った雰囲気の都市であった。
まず、他の場所よりも一般市民より体付きのよい人間が多く、通り過ぎる中には武装している集団もいる。
中央に向かうと彼らが憩いの場にしている酒場があり、日が出ているのに盛り上がっている少し治安の悪そうな雰囲気はまさに傭兵ギルドが発展した都市だと痛感した。
「大分注目されてるな、あまり気にするなよ」
「わかっている」
リンゼルのいう通り、馬に乗った女騎士とその隣には見合わない大男がいれば余所者というのもあってかなりの注目を集めている。
興味津々な視線や下品な視線、警戒の視線まで様々であり、長居すれば絡まれてもおかしくはない雰囲気であった。
そんな彼らの視線を浴びながらも堂々と通っていくリンゼルにラギナはついてくるとやがて人が多い場所から落ち着いた所に入ると大きな館が見えてきた。
館の従者たちが近寄ってきたのでリンゼルはティーネから降りて簡潔に自分たちのことを説明していくとその中へと案内されていった。
「よく来たリンゼル殿。ここまで来るのに疲れただろう」
「いえ、しばらく外に出てなかったので丁度よかったです」
「元気だな。それでコレが例の……」
主人の間まで案内されたラギナたちは大貴族の一人ゴルゴダス・フリエンと出会う。
ソファに座りながらこの時間からグラスに注がれた酒を嗜む彼の手招きを見てから二人は向かい側に座るとゴルゴダスはラギナの方をまじまじと見つめた。
「ふ~~む、本当に人にしか見えんな。魔族って言われても嘘としか思えん」
「元の姿に戻ってくれと言われたらやってみせれるぞ?」
「おい、ラギナまた……。口を慎め」
「はっはっ! 俺は構わんよ。正直堅苦しいことは好きじゃなくてな。こうして酒飲みながらぐらいが互いの腹の中見れて丁度いいんだ。いいぜ、ここには俺たちしかいないから見せてくれよ。ただし暴れるなよ?」
ゴルゴダスの余興を楽しもうとしている態度を見つつラギナは座りながら魔族の姿へと戻る。
人間の姿とは打って変わって独特な雰囲気にゴルゴダスも酔いが覚めていくように表情が変わっていった。
「凄いな。変装とかそういう言葉じゃ片づけられん。こんなのもいるなんて全く、魔族っていうのは本当に恐ろしいな」
「大丈夫です。彼はとても理性的でゴルゴダス卿の考えていることは起こらないと私の名に誓って言えます」
「ほう。それなら安心だ。だが万が一ということもある。ちゃんと手綱は握っておけよ?」
冗談交じりの侮蔑的な発言にリンゼルはチラりとラギナの方に横目で見たがそれには一切動じずに、そして静かに人間の姿へ戻っていく。
そんな彼らを見てゴルゴダスは指を鳴らすと従者から一枚の書類を持ってこさせるとそれを机に置いた。
「さて、話はさっさと進めよう。お前たちがここに来た理由はすでにこちらにも連絡が来ている。バード公とセフィリナ教からここの商会ギルドと同盟を組んで交易をしたい、と」
「話が早くて助かります。ここリッテンラウドはかなり荒れている場所と聞きます。慢性的な物資不足に悩まされているとも……」
「ここは西側でもモンスターの数がかなり多いからな。開拓の為などの討伐、素材の為の狩猟、理由は様々だがそのおかげでうちから出る傭兵たちは評価が高くて俺も良い顔が出来る。だがその分だけ物も無くなっていく。特に消耗品だな。あってもすぐに無くなっちまってキリがないね」
「治療などの薬品に関してはこちらで良質な物を提供出来ます」
「そりゃあいいね。ウチの商会ギルドも興味を持ってくれるかもな。だがその前にやってほしいことがあってだな……」
酒の入ったグラスを飲み干すとゴルゴダスの腰が前かがみになって二人に近づき、その視線は再びラギナの方に向けられた。
「俺がここにこの魔族を呼んだのはちょっとした頼みを聞いてほしいということなんだ」




