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第5話 脱出

 山の恵みの収穫を終えたラギナとミリアはそのまま家へと戻ると彼女を中に残して自分は外で焚火を起こしていた。

 手慣れた手つきで燃える薪の火を強くしていき、そこに貰い物の古い鉄鍋を木でつくった支えにぶら下げるとその中身を見ていく。

 そこには今日の収穫で採ってきたモノがたくさん入っており、それが水の中で浮かんでいることに軽く頷いていた。

 普段は一人であるラギナは味というのをあまり気にしてはなかったが、ミリアの事を思うと旨いモンを作って食べさせてやりたいという気持ちが芽生えたことでその鍋にはちゃんと味がするものが入っていた。


「うん……よし。これなら結構イケる。それにしてもあの子も大分動けるようになってきたな。ならそろそろ村を出る頃合いということか……。皆に少しだけ離れるってちゃんと言わんとな……」


 ラギナはこの山ではここの特産品の薬草を採取すると同時に人に危害を加えるモンスターたちを討伐する役目も担っていた。

 この大陸では野生動物の他にモンスターが生息しており、それは魔族と同様に警戒しなければならない存在である。

 無論、人間側もそれについて対策はしてはいる。ギルドという正式な組合を作り上げて討伐を目的とした部隊を使っているが都市から離れた村などは資金面などの問題によって常にそれらを頼りにすることは難しい。

 そんな時に現れたラギナの存在は大きく、しかも幸いなことに魔族の姿にならないといけないような強力なモンスターなどは出現しなかったことで自身の素性を隠して腕自慢のある森の番人としてここの村を護っていた。

 こんな自分でも頼ってくれるそんな村でだからこそ、黙っていなくなるようなことをして皆に心配を掛けさせたくはなかった。


「……ん?」


 そんなことを思いながら鍋のスープをスプーンでかき回していると僅かな違和感をラギナは感じた。

 肌から僅かにヒリつく感覚を知ると鼻を鳴らして周囲の匂いを嗅いでいく。

 普通ではまず考慮に値しないほどの違和感だが、戦いに身を置いていたラギナにとっては無視できるものではなかった。

 ──気のせいだと思いたい。だが一度感じてしまった故に獣の直感が今までの経験による危険信号を発している。

 ラギナは立ち上がると鍋に火をかけたまま村のほうに向かうとその違和感の正体が判明した。


「……なんだ? アイツらは?」


 遠い位置から大きな体を隠して村の方を見るとそこにはこの付近では見ることのない武装した兵士たちが村の人たちに聞きまわっている光景でその中でダンケルとその兵士が話しているのが見え、兵士がこちらの家の方向に視線を向けたそこには明らかに敵意を感じさせるものだった。


「──……っ。まずいことになったか……!」


 ラギナはすぐに姿を隠しながら家の方に戻っていく中で『実は正体がバレていてあの兵士たちを呼んだ』など、そんな嫌な想像が頭の中をかき乱していく。

 そんな事をあの村の人たちがするわけがない。と思いたかったがこの状況で絶対として言えるだろうか?

 拭いきれない疑いは不安を高めさせており、いつの間にか人から魔族の姿に戻った状態で家の中に入っていった。


「あっ、ラギ。ど、どうしたの?」

「…………」

「ね、ねぇ、どうしたの……?」

「……今すぐここを出るぞ」

「え?」

「村の方で嫌な感じがして行ってみたらこの辺では見ない兵士たちがいた。あの様子だともしかしたら俺たちのことがバレたのかもしれん」

「……!」


 ラギナは戸棚から貨幣の入った袋を取って懐の中にしまい込むと近くに置いてあった灰色のローブをミリアの体を覆い隠すように着せて彼女の手を握りながら外に出ようとした時、その扉の前でラギナは立ち止った。


「ど、どうしたの?」

「……少し遅かったか」


 ラギナの鼻にはすでに敵意の匂いがこの家の近くまでおり、今はここを取り囲んでいるようだった。

 玄関の薄い扉に指から生えた鋭い爪で小さな穴をあけてそこを覗くと予想通り弓を構えた兵士がこちらが家から出てくるのを待ち伏せしているのを見える。そのまま無警戒で出ていけばこれによってハチの巣にされていただろう。


(数は……六か。あの程度の人間なら問題ないが……)

「ど、どうしよう……」

「…………お前は必ず護る。俺の体の中に来い」

「う、うん……」


 ラギナの腕を掴んだミリアはそのまま大きな胸の中に小さな体がしまい込むようにすっぽりと入っていきそのまま抱かれる。

 彼女の恐怖による震えを感じながらラギナは周囲の状況を冷静に分析し始めていく。

 家から飛び出して逃げる背を見せれば当然、弓矢による攻撃を確実に食らってしまうが逆にラギナが襲い掛かるとなれば話が変わる。

 ラギナにとってこの程度は障害にもならず、やろうと思えば一瞬で全員を血祭りにあげることも出来る自信がある。

 恐らくそれが二人にとって最も一番安全な方法だが、もしもこの人間の中に村の者が近くにいたりして混ざっているのかもしれないことにその手段を使うことを躊躇ってしまった。


(クソ……! なぜ体が動かんのだ……! もしかしたらこっちを売ったのかもしれないんだぞ……! この手なぞすでに汚れているのに何を今更っ……!)


 皆殺しにするという選択が出来ない気持ちに葛藤している中でふと自身の空いている手を見る。

 先ほど考えが過ったことを思い出すと今見ている綺麗な手のひらには目に見えない血痕の汚れが錯覚となって浮かび上がり、ラギナはそれを見つめていると何処かで諦めたような感情が胸に広がっていった。


(……そうか。思えば人間からしたらそんなこと十分やる理由ははなるか……)

「…………」

「ラギ、だ、大丈夫?」


 ミリアを肩の位置から片腕で胸に抱くようにするとラギナは意を決して扉にあけた小さな穴に目を向ける。

 そこにはこちらの様子を伺うために家に近づく一人の人間が向かってきているようであり、奇襲するならコイツを引き付けたタイミングしかない。

 覚悟を決めたラギナは己の気配を完全に消し、そして静かにタイミングを伺っている時、遠くのほうで何かが聞こえた。


「おーい! 誰か助けれてくれー!」

(……っ! この声は、ダンケルか!?)


 遠くのほうでダンケルの大きな声を聴いてラギナの耳がピクリと動く。

 彼の声は兵士たちの動きを止めておりそちらに注意が向いているのが見えた。


「なんだお前は!? 一体どうしたんだ!?」

「はぁ……はぁ……村のほうでモンスターが……早く来てくれ!」

「なんだって!? しかしここに魔族が……」

「何言ってんだ!! 村が、皆が危ないんだぞ!! 早く!! こっちだ!! 急いでくれ!!」

「クソッ、こんな時に……、お前たちは弓を構えたまま警戒しろ! 俺と何人かで村のモンスターの方に……」

「……ッ!!!」


 囲んでいる兵士たちがダンケルの方に完全に気を向けたのを感じたラギナは玄関の扉を吹っ飛ばすように勢いよく開けて外に出ていく。

 近くまで寄っていた兵士を吹っ飛ばしたドアで叩きつけた一瞬の出来事は、ダンケルに気をそらした兵士たちは外に出ていくラギナを見て体を硬直させていた。

 二転三転しているこの状況で冷静に対応できるのは少ない。ラギナはこれを好機とみると彼らに背を向けて森の方へと一気に駆け走っていった。


「見つけた! やはり魔族がここに隠れてやがった!」

「撃て! 撃てぇ!!」


 逃げるラギナに狙いを定めた矢が降り注ぎ、そのうちのいくつかが背中に刺さっていく。

 だがこの程度ではラギナは怯まない。なんとか森の中に入り込むとその背後で人間の声と矢が迫る風の音が聞こえたがそれも遠くなっていった。

 ほんの一瞬だが森に入る手前でチラリと後ろの方を見たラギナの視線、その奥にダンケルの姿が逃げる自分たちを見ていることを知ると悲しい気持ちが溜息となって吐かれてた。


(ダンケル……)

「ラギ、せ、背中……! だ、大丈夫?」

「ああ、この程度なら問題ない。それに後ろから追ってくる気配は感じない。さすがに人間の足程度じゃ俺についてはこれまい」

「そっか……。よかった……。でも住んでるところ、無くなっちゃった」

「……いつかはこうなるとは思っていた。俺も覚悟は……していたさ。それに心配するな。元々お前をある場所に連れていく予定ではあった」

「そこって……?」

「西の森にある妖精園【クラムベリー】。 まぁそこに行く前に少し寄り道をするつもりなんだがな」

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