第58話 小さな冒険 大きな好奇心
ミクス村から少し離れた場所に広がる森。張られた境界線を境にして片方は人間側、もう片方は魔族側に広がっている。
そこを歩き続ければ魔族側の森に入ってしまう危ない場所でもあり基本的にはラギナたち魔族以外が立ち入ることは許されていない。
人間側よりも魔族側の方が魔力が澱んでおり、その中は鬱蒼としているために入ってしまったというのはこの変化ですぐに気が付く。
そんな場所は彼らにとって未知なる恐怖が襲い掛かる、はずなのだが──。
「うわぁ、すっげぇ。木がめっちゃデカい!」
「上のあそこなんか入れる穴なんかあるぞ。登れそうじゃね?」
「う~~~ん、滑るし無理だなぁ。でも俺たちの二個目の場所、見つかりそうだけど……」
「ビビってんの? 大丈夫だって。奥に行かなきゃ迷わねーよ」
エディ、クリス、オッドンの三人組はそんなのお構いなしにドンドンと進んでいく。
この森の中に漂う不気味な空気による恐怖心は彼らの身体を僅かに震わせているが、それが本能による警告だということを幼い三人組はまだ知らない。
さらにこの付近はラギナが調薬用の薬草などの素材を採取する場所ということもあり、踏みなされた森の通り道みたいになっているおかげで足を取られることもない。
そのおかげもあった為に内から湧き上がるこれは好奇心だと勘違いした三人組はそれにのせられるようにドンドンと調子よく森の奥へと入って行ってしまった。
「ね、ねぇ……なんか暗くなってない? 結構奥に来ちゃったんじゃね?」
「はぁ? 奥っつてもまだ全然だろ。それにこんなん来た道戻ればいいだけじゃねーか。そんなに怖かったらお前一人で帰れよ。俺とクリスだけで遊び場を探すから」
「えっ!? あぁ、うん……」
「う~~~……。わかったよ……」
「ふん……」
急に怖がるオッドンの声に苛立ちを隠せないエディ。それもそのはずで、元の村にはなかった緊張感がここにある。
恐らくそれはこれからの人生の中で村に過ごし続けていたらこの感覚は感じることはないと思っていた。
一日が長く感じるぐらい退屈なあの時間を潰せるほどの魅力にエディは酔いしれていたのだ。
実際、子供の歩幅を考えたら森の中に深くは入っていない。エディはそこまで考えることは出来なかったが、子供なりの直感でそれだけは理解できていた。
そんな中でガサリ──、と草がかき分けられる音が響くと三人はビクりと体を震わせながらその方向を見た。
「お、おい……今の……」
「なんか……いる……?」
「うっ……」
三人が音のなった草の奥に体を硬直させて注目し続けていると、やがてそこから何かが飛び出してきた。
『うわあああああっ!?』
「きゃっ!?」
「……あれ? こいつって青いの……」
草の中から出てきたのはミリアであり、彼女もここにエディたちがいることに気が付かなかったのか鉢合わせの形になって彼らとぶつかるように衝突した。
一番前にいたエディの体に飛び込んでしまったミリアはそのまま彼の顔を見上げるとエディは咄嗟に彼女を引きはがした。
「な、なんでこいつがここに!?」
「え、あっ……その……ここ危ないから帰ってきてほしくて……」
「はぁ? なんでお前に俺たちにそれ言うんだよ」
「お、大人にバレちゃったのかな……?」
「だったら早く帰んないと! パパに怒られる!」
「お、落ち着けって……今ならまだ怒られないかもしれないだろ……」
ミリアが追ってここに来たという事は三人の行動もバレてしまったことを知った彼らはパニックの状態になってしまう。
エディもクリスとオッドンの二人を懸命に宥めるようにしているのをミリアも自分も何をしていいかわからずにただオロオロとしながら見ているしかできなかった。
「だったら早く帰んないと……」
「分かってるって。だからさっさと帰ろうと……あれ?」
ここに来くるまで道を辿って引き返そうとしたエディは振り向くとポツリと漏らしてしまう。
振り向いたその光景は自分が予想していたものとはまるで違い、一本道のはずなのに向かっていた道と全く景色が違っていたのだ。
まだ思慮浅い彼らにとってここまで予想できるわけもなく、さらに幼い故の感受性の高さが災いし広がる木々や生い茂る草木に"感情があるような"感じがすると思わず足が竦んでしまった。
「ここ、どこ……?」
「えっ!? 帰れるんじゃないの!?」
「いやだって来た道戻れば……あれ……?」
「帰れないの!? そんなー! ママー!!」
湧き上がっていた好奇心が一転して恐怖へと変わるともう止まらない。
体に染み込んでいくこの感覚を制御できるわけもなくエディたちはパニック状態になってしまった。
そんな中で唯一、冷静な態度でいられたミリアは今にも泣きそうな彼らに落ち着いた声で掛けた。
「だ、大丈夫だよ。私、帰れる道、分かるよ」
「そ、そうなの? なんで?」
「だってここ、ラギと一緒によく来てたから……」
魔族の森といっても時折、ラギナと一緒に採取しに来ていた為に彼女にとっては見慣れた光景である。
そのおかげで入ってしまったエディたちに近道を使って追いついてきたのだ。
「ラギって……白い毛むくじゃらの魔族の?」
「うん、そうだよ」
「あんな奴の子なのか。お前」
「ラ、ラギはあんなじゃないよ。優しいんだから……」
「それよりも早く帰ろうよ! 喋ってないで!」
声を荒げるオッドンの顔は今にも目から涙が決壊しそうな感じなのを見てエディとミリアは互いの顔を見て気まずそうに頷くとミリアを先頭にして村へ帰ることになる。
正直エディにとって女の子に先導されるのは癪だったが今は受け入れるしかない。
そんな時に再び、ガサリ──とまた草木から音が鳴り響くと四人の体も跳ね上がった。
「今度は何っ!?」
「お、大人じゃね? 俺たちを捕まえに……」
「…………」
エディの言葉に少し安心したようなクリスとオッドンだったがミリアだけは嫌な予感がしていた。
それは草木の奥から感じる魔力は明らかに人間のものではなく、それを感じているのは自分のようだと見ているとその正体が露になった。
「──ブモ」
──ワイルドボア。猪が魔力を取り込んでモンスターになった姿で、口元には標的を抉るために曲がった二本の牙が伸びており、茶色い毛にはコケによって所々緑色に染まっている。
ワイルドボアは基本的に狩猟されるモンスターであるが気性は荒く、さらに魔族側の森に生息していたというのもあってかずっしりとした体格は子供たちを遥かに超える。
出会った彼らをここでは見たことのない生き物たちと認識したのか鋭い眼光と興奮した鼻息でミリアたちは指一本も動けずにいた。
「──~~~~~も、モンスターだぁああっ!」
「あっ──」
「お、おいバカ! 騒ぐなよ!」
「で、でもモンスターがここにっ!」
「ブモォッ!!」
「ひぃっ!?」
オッドンが恐怖の余り叫んでしまったことで警戒だけをしていたワイルドボアは完全に敵意を露わにし、声と共に突撃してくる。
二本の鋭い牙に刺されば命の保証はない。最早三人組は互いにミリアの後ろで抱き着くしか出来なかったが、それゆえに一番前にいたミリアが最初の標的にされる。
背筋を伸ばした状態で固まっていたミリアだったが、襲い来るワイルドボアを見て奴の目を咄嗟に緑色の瞳で睨みつけた。
「──ブモォッ!?」
「うぅ……」
体は完全に固まってしまっているが、ミリアの眼光から"何か"を感じ取ったワイルドボアは咄嗟にブレーキをかける。
本能でそれが何かを知ってしまったかのような怯えるワイルドボアはミリアたちの手前で止まると彼女を震える瞳で見つめた。
その瞬間、森の上から大きな影が降り注ぐとワイルドボアの頭をかち割るように拳が叩かれた。
「今度はなに!?」
「あ……っ、ラギ!」
「何かの気配がすると思ったが……なんでお前たちがここに……?」
一撃でワイルドボアを倒した白狼姿のラギナを見てミリアは彼に抱き着く。
その腰にある袋を見ると今日の分の採取をしているようであり、丁度帰ってきている最中のようだった。
「ミリア、これは一体……」
「えっと……その、ここに迷っちゃってて……」
「ふむ……」
「ひっ……」
彼女の途切れ途切れで説明するのを聞いていく内に何となくラギナはこの状況を察すると三人組の方に顔を向けると再び体を強張らせた。
鬱蒼とした暗い森の中で自分たちよりも遥かに大きな体から見下されるその威圧感に三人は恐怖を声をあげてしまうほどだった。
「まぁ、思わぬ収穫もあったしさっさと帰ろう。ここは危ないからな」
「そうだね……」
「お前たち、ちゃんとついてくるんだぞ」
「あ、あの……」
「ん……?」
「も、もしかして……俺たちって食べられちゃうんですか……?」
「なっ、た、食べっ……!? な、何故……」
「だ、だって悪いことしたら森から悪い子を食べちゃう悪魔が来るって皆言ってたから……」
「いや、それは……。……大丈夫だ、お前たちを食べるなんてことはしない。この仕留めたヤツは今日の晩飯になるけどな」
「ほっ……よかった……」
「…………」
仕留めたワイルドボアの足を持って地面に引きずりながら子供たちと一緒にラギナは帰っていく。
森から原っぱまで出て、子供たちの親と合流するまでこちらを見て怯え続けた様子を見るとまだこの村で魔族という存在が馴染むのに時間が掛かると思う一日なのだった。




