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第56話 麦粥に温もりを込めて

 クローディアの家にはシャムラによって攫われたダークエルフの子供が保護されており先日、ようやく意識を取り戻したがシャムラの一件で母を失った彼女の心は閉ざされており、目を覚ましてもベッドの上から立ち上がる気力すらないようだった。

 そんな彼女をミリアは近い歳の容姿というのもあった為か放っておけずに彼女の面倒を出来る範囲でするために通っていた。


「あ、あの……これ、ご飯……」


 クローディアが調理した簡単な麦粥の入った木の皿をミリアは両手で抱えながら彼女の元に戻っていく。

 すでに目を覚ましており上半身だけを起こしているが目は生気がなく、虚ろな表情な彼女の近くにミリアは椅子に座ると麦粥を手渡した。


「た、食べれる……?」


 恐る恐る尋ねるミリアを横目で見つつ彼女は麦粥の中にスプーンを落とすが、それを掬うことはせずにただボーっとするだけである。

 やせ細った体が眠り続けていたせいでさらに酷くなっているのに、食事を摂らなければ危ない状態になってしまうのはミリアでもわかっていたがそれでも何をすればいいかオドオドとするだけであった。


「様子はどう? ミリアちゃん」

「ク、クローディアさん……、その、あぅ……」


 調薬師でもあるクローディアは少女の為に作った飲み薬が入った小瓶を持ってきながらミリアたちの方に歩いていく。

 食べることすらしない彼女の様子にミリアもどうしていいかわからない不安な表情は助けを求めているようでもあった。


「ただでさえずっと眠っていたのに、食べてくれないとなると……困ったわね」

「どうしてなんだろう……」

「多分、ここに来るまでの事で()がね……。このままじゃ危ないけど、でもこればっかりは薬じゃどうしようもない」

「そんな……」


 クローディアの暗い表情の意味を察したミリアはどうすればこの少女を助けられるかと悩んでいた時、玄関の扉がノックされる。

 返事を返しながらクローディアが扉を開けるとそこにはラギナが見え、ここにミリアがいるのを見に来たようだった。


「こんにちわ。ミリアは今日もここに?」

「ええ、あそこに」

「それと、例のあの子は?」

「昨日、目を覚ましたようです。しかし……」

「そうか……俺も行ってもいいか?」

「大丈夫ですよ」


 図体の大きいラギナは玄関を頭を下げながら家の中に入ると、彼と比べて小さい椅子に腰を掛けながら少女の前に座る。

 本来であればシャムラの事について聞きたかったが一目見てそんな状態ではないことを知り、さすがにデリカシーが無いために聞くことは躊躇った。

 代わりに目に映ったのは麦粥の入った皿であり、手をまだつけてないそれを見てラギナはクローディアに尋ねた。


「食べてないのか?」

「そうですね。それすらも気がない状態で……」

「それじゃあ薬も飲めんだろうな……。俺のスープなら少しでも飲めば元気になると思うが……」

「えっ……」


 ラギナから出たスープという言葉に隣にいたミリアは思わず疑問の声を出してしまう。

 隣にいたクローディアはそれについてわかっていなかったようだがミリアの複雑な表情から何となくそれを察した。


「……流石に不味いか?」

「ラギのスープは……おいしくないから……」

「うっ……」

「あの~、それってどういうモノなんですか?」

「友人に教えてもらったヤツなんだが、薬草やキノコを混ぜて作ったモノなんだ。俺は不味いとは思わなかったんだけどな……」

「レシピはありますか?」

「これだ」


 懐から手記を取り出してそれを手渡すとクローディアはレシピの部分を開いて見ていく。

 そこに書かれたのを知るとミリアが嫌そうな顔になったのを彼女もこれを見て確信しながら苦笑いした。


「そ~~~ですねぇ……。これはちょっと……その、料理というよりは薬膳……いえ、薬に近いかもしれませんね」

「そうなのか? 俺はてっきりちゃんとした料理だと……。そっか、だからお前はほとんどのご飯をここで済ませてたのか」

「だ、だって……」

「料理に使われる食材……というより素材自体は確かに悪くないモノばかりなのですが調味をするためのモノも書かれてませんし、このレシピを書いてくれた方は誰でも出来るように本当に最低限で仕上げたという感じが伝わります。ただ、作り方自体は間違っているわけではないのである程度アレンジを加えればちゃんとしたものにはなるかと……」

「そうか……。クローディアは料理が得意なのか?」

「ある程度はできますよ。といっても、ほとんどがエルフの料理ですが……」

「だったら教えてくれないか? こういうことなら俺もある程度出来たほうがいいだろうし。リンゼルにもそう言われた」

「お口に合わせられるかわかりませんが、それでも私でよければ是非。そうだ、せっかくなのでこの麦粥を作ってみませんか? 始めには丁度良いかもしれません」

「頼む。ミリア、少しだけこのを見ててくれ」

「うん」


 ラギナとクローディアが立ち上がるとキッチンの方へ向かっていき残されたミリアと少女は少し気まずそうな雰囲気になる。

 まだ温かい麦粥から漂う湯気が二人の間を昇っていくのを見ながら、奥手のミリアは意を決して彼女に話しかけてみた。


「あのね、さっきの大きい人、ラギって言うの。おっきくて怖いと思ったかもしれないけど、でも私を助けてくれてとても優しいの」

「…………」

「わ、私もとっても怖い目にあったけど、でもラギは絶対助けてくれる。それにここの人たちも皆優しい。だから怖い人が来ても、絶対守ってくれるから……」


 ミリアの元気つけるような言葉を一生懸命になって彼女に話していくのが伝わったのか、無反応だった体が僅かに動く。

 下に落としていた虚ろな視線が静かにミリアの方に向いていくとようやくこちらを見てくれたことに嬉しそうな笑みが零れた。


「あっ……えっと……これ、食べれる?」


 ミリアの問いに少女はスプーンの持った手を動かそうにも震えるだけなのを知ると静かに顔を横に振る。

 衰弱しきった体はスプーンの腹に入った麦粥すら持ち上げるのも辛いのだろう。


「じゃ、じゃあ私がやるね。えーっと……」

「……ナ」

「……え?」

「……──フィナ」

「フィナちゃん……」


 彼女が自分の名前をふり絞るように言った。キッチンにいるラギナとクローディアには聞こえない囁くような小さな声はミリアにだけ聞こえ、それはとても深いものであると感じた。

 フィナに近づくように腰を掛けていた椅子を座りなおすと、下半身の上に乗っている麦粥の皿をミリアは取るとそれをスプーンで掬う。

 先ほどまで湯気が出ていたがそれも収まり始めており、食べやすいように冷ますために息を吹きかける必要はなさそうだ。

 それをフィナの口元まで持っていくと、粥の中から細かく刻まれた香草の匂いが漂い、それに釣られるように小さな口が開いていたのを見て優しくスプーンを口へと運んでいった。


「お、おいしい?」

「…………うん」

「よかった……!」


 ミリアは彼女の反応を見て嬉しくなったがそれに舞い上がらないように彼女のペースに合わせて麦粥を持ち運んでいく。

 一口、また一口と食べていく中でフィナの虚ろだった目から涙が溢れてくる。

 瞬きをする必要もないほどの大粒の涙はやがて嗚咽を漏らし始めたのを見てミリアは麦粥を運ぶのをやめて起こしていた彼女の背中を優しく摩ってあげた。

 震える背中は肉がほとんど無く背骨が浮き出ているのが手の感触で分かる。つまりそれだけ追い詰められていたというのが嫌でもそこから伝わってきた。

 やがて再び食べ始めた麦粥の食べる速さも少しずつ増していくのを見てミリアも方も自然と涙が出てきていた。

 フィナの凍っていた心は少しずつだが溶け始めている。それを知った途端に流れた涙には悲しみはなく、この感情はミリアにとっても初めてのことだった。

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