第55話 染みわたる優しさ
リンゼルと和解した後日、ラギナは彼女の家に招かれておりそこには書類まみれの机で頭を抱えているその姿がいた。
片手には書類を忌々しそうに見る目つきで大きなため息をついている。
ここ最近はシャムラの一件を片付いたとはいえ、その混乱は未だ続いており後始末に追われていたのが普段は凛としている彼女がこのような様子になっている為によく分かる。
「ん……」
手に持っていた一枚の書類をラギナに渡すように差し出すその顔には隈が濃くなっており、こんな姿の彼女を見るのは初めてだった。
ラギナは手渡された書類にとりあえず目を通したが、それはすぐに終わると申し訳なさそうな視線と共にを彼女に送り返した。
「すまんリンゼル……人間の文字は分からないんだ……」
「……あっ! ご、ごめんなさい……。私てっきり……」
「いや、いいんだ。それでこれには何て書いてあるんだ?」
「前に襲ってきたシャムラの件についてだね。彼が何故こちら側に干渉してきたかのを詳しく調査をしたいのだけど、大貴族ヤブンが殺されたことであそこの問題と混ざってしまってね……。その下についていた貴族たちは空いてしまった席に誰がつくかで今揉めているの。そしてコレ、この仕事を王立騎士団の方に引き継がれることになった」
「王立騎士団? 騎士は聖騎士だけじゃないのか?」
「騎士はそれぞれ教会と王国が別々の組織を持っているの。これはちょっとややこしいわね。私たちよりも王立騎士団の方が力は上って考えて大丈夫よ」
「なるほどな。……ならそっちのほうが良いことなんじゃいか? 力がある者がいるなら、それに問題を対処してもらうのが一番だ」
「それはそうだけど……元々この問題は聖教会が対応していたものだから。今回の件の報告書をまとめている最中にこの指令が届いたの。調査を王立騎士団の方に引き継ぐ為にそれまでの報告書を送って、そして待機しろ──ってね」
ラギナから返してもらった一枚の書類をヒラヒラとさせながらリンゼルはそれを少し虚ろな目をしながら天井を見ていた。
彼女から聞くに今までの調査をしてきたのを別の組織に横取りされたことになり、その為の報告書を書くのは屈辱的でもあった。
「はぁ……こういう時は剣でも振って気を紛らわしたい感じね……」
「まぁ、確かにこういう閉め切った場所にずっといるのは……中々堪えるモンだからな」
「……笑わないの? 女が剣を振りたいなんて言うのに」
「……? 何故だ?」
「何故って……そっか、私たちと違うものね。こっちでは女はそういう粗暴なことは歓迎されないけど、私は体を動かすのが好きなんだよね。でも偶にね、私の趣味が手芸とか、そういうモノが好きだったらなって思うときはある」
「そういう、ものなのか……」
「ラギナには趣味はないの?」
「趣味? う~~ん、……料理ができるぐらいか?」
「料理? 貴方、料理ができるの?」
「少しだけな」
「凄いじゃない。私は剣の道に行ったからそういうのはあんまりね。それで、どういうのを作れるの?」
「別に大したものじゃない。肉を焼くとかスープを作るとか、それぐらいだ。これだったら誰でも出来ると思うが」
「でもいいね。スープかぁ……、ねぇラギナ、それをさ、作ってほしいって言ったら作ってくれる?」
「あぁ、別に構わんが……」
「そうっ! それじゃあちょっと作ってきてくれない? ずっと動いてなかったからお腹に温かいのがほしいの」
「わかった。少し待ってくれ。ここにあるモノを使っていいのか?」
「ええ。構わないよ」
ラギナはそういうとこの家のキッチンへと向かい、材料を見繕って調理を始めていく。
大きな白狼の背中が料理を作る仕草はとても不思議で、そんな彼の様子をリンゼルは和むように見ていた。
そんな中でラギナは作っている最中、足りない材料があったのか時折ここを出て何処かに行って戻ってくるとそこにはキノコと得体のしれない葉っぱを見たリンゼルは何処か嫌な予感が頭に過っていた。
作ってもらっている身としてそれは杞憂だと顔を振って気持ちを誤魔化していた。
だがその予感が当たっていたことをラギナから差し出された緑色のスープを見て思わず表情が引きつってしまう。
「できたぞ。体に良い自慢のヤツだ」
「…………ねぇラギナ。一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「その、このスープってどういう……?」
「ん? ここにある食材を少しとウチに余っていた薬草とキノコを一緒に煮たんだ。入れる食材は増えたがちゃんと手記通りに作ったから大丈夫だ」
「そ、そう……。それじゃあ、いただきます」
尋ねられたラギナのきょとんとした表情を見るに本当に彼はまじめにコレを作ったのだろう。
緑色のスープにスプーンを沈めて掬うと、仄かな野草の匂いが鼻を掠める。
自分が保存していた野菜と彼の持ってきたキノコが入っていたはずだが、細かく刻んだせいなのかわからないがスープに溶け込んでいて跡も形も全く見当たらない。
そんな緑色のスープをリンゼルは意を決して口に含んだ。
「……──」
「どうだ?」
「…………。……う~~~~~ん。ねぇラギナ。一応ね、聞くんだけどね? これ味見した?」
「し、したぞ? 悪くはなかったはずだが……ま、不味かったか?」
「い、いや。まぁなんというかその……体に優しそうな味だね、うん。その……少し歳を取ったらこの味はありがたい、と思う……」
「そ、そうなのか? 実は前にミリアにこれを振舞ったら不味いと言われてな……。俺はそうは思わないんだが……。でもお前がそう言うってことはつまりは不味くはない、ということでいいのか?」
「あぁ~……なるほどね……。まぁ食べられなくはないけど、そうね……。料理があまり出来ない私が言えることは一つだけあって、ちゃんとした人に教えてもらうと良くなるということかな……」
「うっ……そ、そうか……」
「クローディアがいるでしょう? あの人に教えてもらうのがいいかもね。最初期のここでクローディアの料理はホントに助けられたからね……。食は活力の源ってこういうことなんだって改めて思った」
「なるほど……。だったらお願いしてみるか」
「ふふ、それにしてもラギナから料理って言葉が出てくるなんてね」
「おかしいのか?」
「いや、魔族にもそれがあって不思議じゃないのは分かってたけど意外だったから。それにそういう趣味ってこういう平和な時にするものでしょう? そういう意味では素敵だよね」
「……確かにな。ありがとう。次はまともなのを作ってくる」
「期待してる」
ラギナはそういうと立ち上がって彼女の元を去っていくを見届けた後、リンゼルは残ったスープをしっかりと平らげていく。
味は言葉に出来なかったが、彼の作った温かな野草のスープと染み渡り凝り固まっていた体がほぐれていくようであった。




