第54話 木漏れ日に注がれて
「──と、まぁこれがあの村が出来るまでの話でね。その計画の代表者として私が推薦された途端すぐに動いたよ」
人間と魔族の共生。そこに至るまでの過程の話を相槌を打っていたラギナは最後の方ではそれを静かに聞いていた。
「たった一回の出来事だったけど、私はあの魔族の目が今でも忘れられない。もしこれが成功すれば再びあの戦争が起きることもなくなるかもしれない。誰かを失うようなことを他の人が味わなくて済む」
「……すまない」
「…………。……確かに貴方は私の父さんを殺した。それは変わらない事実でとても悲しい。本当ならその事を聞いた時のようにもっとこう……憎しみとかそういうのが出てもいいのに今は全然出てこない。何故だと思う?」
「……わからない」
「多分、貴方には人間の優しさがあるのよ。混血だからというのもあるだろうけど、貴方からそういう温かさを一緒に過ごしてそれを感じた。だから私の心は貴方を赦したと思う」
「赦した……。赦してくれるのか? こんな俺を……」
「いつまでも憎しみ続けても何も変わらない。思い続けるという途方もない力を使い続けるだけ。それでもこの気持ちになるまでやっぱり苦しくてとても辛かった。それでも私は貴方を赦すことができた。貴方は自分を赦せる?」
「──……俺は」
彼女の問いにラギナは言葉が詰まる。自分よりも生物的に弱い存在なはずなのに自分よりもこんなに強く見えてしまうそれはとても眩しく、そして己の手に血の感触と匂いがフラッシュバックした。
「……む、無理だ。俺は、俺がやってきた事を赦せるワケがない……!」
手で顔を抑えるその素振りはそこから彼の記憶は溢れだしそうなのを抑えているようにも見える。
抑えられない獣性に身を委ねた結果、あの戦争が終わるまでどれだけの人間を手にかけたか。
最初の頃にあった罪悪感すら幻だったのではないのかと錯覚してしまうほど霞んでいる。
彼女の言葉に甘えて全てを捧げてしまえばどれだけ楽になれたのであろう。だがラギナの人間の心がそれを許さなかった。
「そうか。どうしても自分を赦すことは無理か……」
苦しむラギナを見てリンゼルは立ち上がると腰につけていた長剣を鞘から解放する音を鳴らす。
それが何を意味しているのかラギナはそれを見なくてもなんとなく察していた。
刃の気配が隣で振るわれているのを感じると、自然とラギナは座りながら首を差し出すような素振りを見える。
目を瞑っているその顔には諦めがあり、だが何処か達観しているようにも見えた。
リンゼルが両手で長剣の柄を握り締めると、それが勢いよく振るわれた。
「──ッ! …………。……?」
切断されたと思った首が未だに体とくっついていることに気が付くとラギナは恐る恐る目を開くと、そこには刃の先が地面に真っすぐと突き刺さっており、見上げればリンゼルが凛々しい立ち姿でこちらを見下ろしていた。
「お前は自分の罪を死でしか償いえないと思っている。だがそれは間違いだ。生きてこそ償えることもある」
「……それは俺に生き恥を晒せというのか?」
「そういうことではない。お前のようなそういう気持ちになった奴は見てきた。恐らく人間独自の感性なんだろうな。お前の中にも確かにそれがあって、そこには他人を思いやる強さがある。それを生きて、活かすんだ」
「…………」
「そうは言ってもお前は頭が硬いようだからな。こんなのでは納得しないだろう。だから私のこの剣に誓え。もし自分を赦せないのであれば、この剣に誓ってミクス村を成功させると。あれは希望になるかもしれない場所なんだ」
「いいのか……? そんなので……」
「お前だから、こう言っているのだ」
「……!!」
「それにミリアの事はどうするつもりだ? 村から出て行って遠くで見守るつもりなのだろうがあの子にはお前が必要で他の皆や私では代わりは無理なのだ。ここまで言えばお前が必要だっていうことを解ってくれたか?」
「……ああ」
返答したラギナは座っていた体を起こして膝をつき、突き刺された長剣の腹に額を添える。
目を瞑り、自分の犯した罪を清めるかのような仕草は沈黙と共にしばらく続いた。
「これで自分を赦せたか?」
「……ありがとう。少し楽になった」
「いいんだ。もうお前一人で全て抱えなくて。私も貴方の傍にいるから。それに──」
「私の昔の話をしたんだ。貴方の事もいずれは話してほしい。今すぐじゃなくていい。気が楽になった時でいいから……」
彼女の言葉にラギナの閉じていた目から自然と涙が零れていく。
誓いあう二人を通り抜けるその風は少し爽やかであり、それは季節の変わり目を露わにしているようでもあった。




