第52話 聖騎士リンゼル──②
南部の任務についた。リンゼルのその言葉にラギナも戦争の時の記憶を思い出していく。
あの時代、戦いの最後に選ばれた場所でもあり、激戦の地になったそこは平たい地平が広がる場所でお互いが大きくぶつかるとすれば大半は南部からであった。
「あそこは戦った中でもかなり激しかった。任務ということは死霊系のモンスターか?」
「そう。あの時に聖粉で処置されてない死体たちが長く放置された結果、そこから肉体はゾンビ、浄化できなかった魂はレイスが大量に発生してしまった。だから私たちが急いで対処しなければならなかった。あそこにも住んでいる人はいるからね」
リンゼルはラギナに頷きながらそのまま話を続ける。前に発生した泥のモンスター、マッドマンのように条件が重なれば意図せず大量に発生して被害を齎す。
南部はその被害を大きく受けており、断続的に続いていた死霊系のモンスターの討伐に白羽の矢が彼女に向けられたのだ。
部隊を率いてリンゼルは南部へと南下し、とある村の調査をしていく。その近くには鉱山があり貴重な素材が手に入る場所がモンスターたちの発生で手が出せない状態だった。
『数が多すぎる。聞いていたよりも倍ですよ』
部隊の一人にはモログもおり、彼は辟易しながらそう呟いていた。
死霊系は実体を持たなかったり、痛覚が存在しない故の強引な攻めは脅威だが聖力宿した武器であれば簡単に倒せるのだが問題はモログの言っていた"数"であった。
鉱山の入り口付近どころかその周辺、逸れたモンスターが村の近くまで迫ってきていたこともあり、その問題が深刻であると着いてからすぐに分かった。
『全て一層するには時間が掛かりますね。これもあの戦争のせいなのか……』
『……ふと思ったんだが、変じゃないか?』
『何がです?』
『モンスターの数のこと。明らかに多いどころの話じゃない。何か別の原因があるんじゃないかな? ……例えば魔族、とか』
『そんな……ここは人の場所ですよ? いくらなんでも境界線から離れているここに向かって、そこを越えて来る奴なんて……』
『【ネクロ族】という、死体を好む魔族がいるのは聞いたことある? それが実はこの付近にいて悪さしている、とかね』
リンゼルの疑問にモログは反論できなかった。もしも百年戦争が終わって境界線が作られる前に取り残された魔族がいたという可能性を拭いきれなかったからだ。
南部の村に到着してから一週間、リンゼルの予想は当たっていた。
「まさかいたのか? ネクロが」
「ええ。意外な場所に隠れてた」
「何処だ?」
「……人の家の中」
リンゼルが言うには聞き込みをしていく中でその村に一人の画家がいた。風景画を主に描いていたその作品をいくつか見せてもらった時に女性が描かれた人物画を見つける。
とても美しく描かれたそれは画家の妻なのだという。病気で亡くなってしまった妻の生前の姿をその作品として残していたらしい。
リンゼルはその絵から微弱な魔力を感じ取っていた。初めは塗料に使われた素材のモノだと思っていた。しかし疑問が頭から離れず次の日の朝、もう一度彼に尋ねてみるとリンゼルの根気に負けて画家は白状するようにアトリエの奥に案内されるとそこにネクロ族はいたのだ。
『……!! …………』
のっぺらぼうのような表情が無い顔に不健康そうな紫の肌とガリガリにやせ細り、着ている布切れが動けば脱げてしまうような姿のネクロ族は物置小屋のような場所の奥でただじっと座っていた。
僅かな腐臭漂う物置小屋の中からこちらを見て少し驚いた様子だが、特に何もせずただ静かに見つめるだけの彼に画家はリンゼルたちに頭を下げて泣いた。
『すまない……! 悪意があったワケじゃないんだ! アイツは別になんも悪いことはしていない』
『落ち着いてください。確かにアレからは敵意は感じられません。しかし事情を知らなければ何も始まらない。どうか話してくれませんか?』
リンゼルとモログは画家と真正面になるように座り、念のためにネクロ族が何かしでかさないよう警戒をしつつ話を聞いていった。
戦争が終わって幾分が経った頃、荒れていた南部は復興に最も時間が掛かり、住民たちはギリギリの生活をしていた。
どうにかして明日の飯のタネを作らなければならない。鉱山から採れる鉱石が財源だったこの地域にとって封鎖されているということは死活問題だった。
幸いにも画家はこの地方の貴族に絵を売っていたこともあり、それなりの生活は出来ていたが妻が病魔に襲われた。
この村に置かれているセフィリナ女神像に毎日祈りを捧げ続けてもその願いは叶わず、ついに妻は旅立ってしまった。
失意の中、描く絵も空虚なものばかりになっていく中で嫌気がさした画家は自分も後を追おうと夜遅くに村から出る。
闇夜を月と星が照らす中で最後に妻の場所で逝こうとしていた時、道端で倒れていたこのネクロ族と出会ったという。
ネクロ族もかなり衰弱しており、放っておけばコイツも死ぬのは見えていた。
だが画家は彼を助けた。気まぐれなのか、それとも妻の墓の前でコイツが死ぬのが嫌だったのかは今はもう覚えていない。
ネクロ族は喋ることは出来なかったが、自分の言葉と気持ちは伝わるらしい。気まぐれで助けただけと伝えるとネクロ族は彼の何かを感じると袖を引っ張って外に出た。
彼の行く先に連れられるとネクロ族は妻の墓の前で止まる。
そして両手で魔力を込めると墓の中にあった骨を地面から出すと、自身の力で肉体の幻影を作り妻を生み出した。
墓を荒らされた──。普通であれば許しがたい行為であるが画家はそんな気持ちは吹っ飛んだ。月下に映る妻の姿は生前のものであり、それは美しかった。
『お前、これを見せるためにここに……?』
ネクロ族は静かに頷く。生み出した妻の骨には聖粉の影響で長くは続かず、再び墓の中へと戻していった。
掘り起こしたそれを丁寧に埋めていくその行為には彼には敬意があったことを画家は感じ取っていた。
『あの日から私はコイツに救われたんだ。また亡くなった妻が見られるって思うとどうしても追い出せなくて……』
『確かにここなら絵具の匂いで腐臭は隠せるな』
『事情は分かりました。ですがこの事を知った以上このネクロ族はここに居てはいけません』
『な、何故ですか!? コイツはなんもしてない! ただここにいるだけだ!』
『ここ最近のモンスターの大量発生はご存じですよね? 魔族にはその系統のモンスターを従える能力があります。ここに発生しているモンスターは死霊系……。彼もまたそれと同じです』
『だから、コイツはなんもしてないって……』
『何もしなくても、奴らは自然と集まるのです。魔族が寄せているのか、それともモンスターが感じ取ってそこに向かっているかはまだ分かりませんが、ともかくここの原因は恐らく彼です』
『……そう、なのか?』
『…………』
リンゼルの言葉にネクロ族は画家から顔を背ける。その仕草は肯定を意味しており画家の顔は青ざめていった。
『彼を……殺すのですか?』
『…………』
長い沈黙がアトリエの中に広がる。この判決を握るのはリンゼルであり、ここは彼女の声で全て決まるのだ。
『…………。モンスターの大群は私たちが対処してますが、それが終わっても彼がここに居れば再び同じ現象になるでしょう。だから彼をここから追い出すしかありません』
『ほ、他の手段は……』
『残念ですが……。しかし今なら安全に彼をここから出させることは出来ます。何もしてないということが幸いでしたし、何よりもこの事を知っているのは貴方と私たち二人だけです』
『……分かりました。彼を、お願いします』
画家は一瞬、ネクロ族の方に振り向くとその表情を見て辛い顔をしながらリンゼルたちに頭を下げる。
彼を安全な場所まで移動する作戦は今日の夜。それがリンゼルにとって大きなキッカケになる時でもあった。




