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第50話 曇天の空模様

 シャムラの襲撃を退けて濃霧で気を失っていた人たちも特に被害はなく一日が経過していた。

 彼らが来たことを知る人はほとんどいなかったためかそれは不思議なほど"いつも通り"が過ぎており当事者たちにとってその光景は違和感でしかなかったが、何事もないという平和な日常がいかに尊いということを改めて知った。

 だがそんな中でリンゼルは村の中である者を探していた。ラギナが何処にもいないのだ。


(ラギナ……何処行ったの……?)


 昨日の事、倒れこんでいたラギナは落ち着いた後にミリアを抱えて自分の家の方へと向かってしまった。

 彼の滅入っていたあの後ろ姿をリンゼルは追えなかった。自身の複雑な気持ちが邪魔したのだがそれだけ彼が仇だったことに心がまだ整理できてなかったからだ。

 しかし一日経った今は違う。時間を掛けて己の気持ちを整理しすでに迷いはなくなっている。後はこの事を伝えるだけなのだが肝心な彼は姿を見せないのだ。


「ラ、ラギは朝いたけど、いつの間にか何処か行っちゃった……」


 朝早くに彼の元に向かったが彼はすでにいなく、ミリアの話しか聞けなかった。

 わかったことは自分の事については何も話さなかったことだけであり、途方に暮れていた彼女の前にドワーフ族のリグと道端で出会った。


「リンゼル、あいつを探しておるんか?」

「え、えぇ。そうね……。彼と話しをしなくちゃいけないから……」

「そうか……」

「リグはその……ラギナの事を知っていたの?」

「……まぁ、な」


 少しばつが悪そうな顔をしながら彼女から視線を逸らすリグの言葉に驚いたが彼を責めることはできない。

 最初期からこの村にいる彼が自分たちを裏切るような隠し事はしないことは分かっている。

 知っていたとなれば彼もこの事を自分に伝えるかどうか悩んでいたことは今の様子からでもわかった。


「別に隠すつもりはなかったんだが……言い出すタイミングがな。村に馴染んできたあいつも別に悪いヤツじゃなかったし……。だからなぁ……」

「分かってる。私もそれを聞くまでラギナがそういう人だとは思わなかったから」

「すまんな……」

「大丈夫。でも話はしなくちゃいけないから」

「ケジメってヤツか」


 リンゼルの頷く様子を見てリグはしばらく考えた後、黙ってある方向に指を示す。

 人間の森側であるそこにラギナがいると分かるとモンスターの不意の遭遇も考えて念のために軽い武装をしてそこに向かっていったのだった。


 ──森の中、湿った空間を歩いていくリンゼルはやがて切り立った崖に到達するとそこにラギナがぽつんと座っているのが見える。

 背を丸めて先の景色見ているその様子はこちらに気が付いているのかどうかすらわからない。彼から精気を感じられなかったのだ。


「ここにいたの、ラギナ」

「……リンゼルか。よくここがわかったな」

「リグが教えてくれた」

「そうか……」

「……隣、座っていい?」


 その言葉に静かに頷く彼を見て、リンゼルは隣に座って同じ景色を眺める。

 そこは鬱蒼としていた森が崖下に広がっており、そんな場所にぽっかりと空いているこの空間は風がよく通っているためか程よく心地が良い。

 空を見上げれば昨日の出来事が嘘のような青い空が広がり、雲がまばらに散っているのは暑い季節に変わる手前なのだろう。

 景色は悪くはない。しかし二人の雰囲気は重く、どこかぎこちなさも感じさせていた。


「あの……」

「リンゼル」

「あっ……」


 お互いの口が同時に開き、それに思わず再び口を両者は閉じてしまう。

 タイミングの悪い感じにリンゼルはどぎまぎしていると、再び口を切ったのはラギナの方からだった。


「す、すまん……。その、何か俺に用があるのか?」

「そうね。貴方と話をしなくちゃいけなかったから」

「話……。お前の父親のことか?」

「…………。私の父さんを殺したのは……本当なの?」

「──……本当だ。俺が殺した。あの戦争の最後で……。まさかここでそいつの子と会うなんてな。これが友人が言ってた因果というものなのか……」


 彼の口から改めてその事を聞かされリンゼルは視線を逸らす。

 正直、初対面の時から違和感は感じていた。自分の聖剣技を初見で見破られたのは偶然ではなかったのは父親との戦いでそれを知っていたからだと辻褄が合ってしまったのだ。


「ラギナの体から出てたあの赤いのって……所謂いわゆる、闘気なの?」

「そうだ。通常は濃くても空気が歪む程度らしいが俺のは違うらしい。怒りに体が支配されると勝手に出てしまうんだ」

「赤よりも赫……制御できない力を畏怖を込めてその言葉になった、ということか……」

「俺もあの力をコントロールしようとはした。だが無理だった。ああなると、どうしても怒りと憎しみで心が染まってしまう。目の前にいる奴を八つ裂きにしたい、そんな衝動に駆られるんだ」

「…………」

「だけどその力があったから百年戦争のケリをつけれたキッカケにもなった。皮肉にもな」

「百年戦争は多数の魔族が組んでこっちに攻めてきたと聞いてる。その力に皆が魅了されたってこと?」

「……そうなのかもしれない。魔族は力が全てだからな。だけどこの力に酔うのは危険ということを俺も分かってた。あれになりすぎると自分が自分じゃ無くなるようなそんな感じになる。争いはもう御免だった。だから戦争が終わって、俺はあの世界から去った。ついでに無暗にこの力が発症しないように落ち着ける薬草を教えてもらってな」

「ああ、だからそういう事に詳しかったのね。──それで、どうするの?」

「何がだ?」

「貴方の事。こんな所にいて何処かに行くの?」

「ここから離れるつもりはない。あの子がいるからな。だけどもう俺があそこにいることは無理だろう……」

「どうして?」

「どうしてって……俺はお前は仇なんだぞ? お前に殺されても文句は言えんし今も殺されないだけマシなんだ。そんな奴と一緒にいられるワケないだろう……」

「そんなこと言って。逃げるつもりなの?」

「逃げる? お前もシャムラみたいな事を言うん──」


 彼女の言葉にラギナは少し苛立ちながら顔をそこに向けると、そこにはこちらを真剣な眼差しで見つめる様子を見てラギナは言葉を失ってしまった。

 そんな彼を見てリンゼルは再び崖の向こう側の景色に視線を戻し、少しだけ思いつめると静かに口を開いた。


「私も逃げてきた。貴方のように、自分の責務から……」

「責務……?」

「セフィリナ聖教会の騎士としてのね」

「……? 言っている意味がわからん。つまりは……誰かを守らなかったっていうことなのか? 俺のイメージだと"騎士"というのはそういうものなのだが……」

「ちょっと違うかな。多分、貴方の記憶にあるそれとは変わっていると思う」

「……あの戦争を経験したことは?」

「無い。百年戦争があったのは私がもっと小さい時だったから。父さんのことはその時しか知らないけど、でもあの優しい声と温かくて大きな手は今でも覚えてる。それからすぐに終わったと神教学校で習った」

「…………」

「私の昔の話、聞いてくれる?」


 リンゼルの言葉にラギナは顔を合わせず静かに頷く。

 二人の視線が交差することなく、平行線の先に見える景色を見ながらリンゼルは静かに語っていった。

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