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第49話 霧、晴れた先は曇り空

 ミクス村を包んでいた霧が晴れてくると同時にトリンに拘束されていたヒュルマ族たちはそれが何を意味しているかを理解すると、それら全てが隠し持っていた魔法書スクロールを使って自身を燃やしていく。

 その光景を見た倒れていたモログは言葉を失い、トリンはその光景をミリアに見せないようしなやかな蔓のように手を動かして目元を隠した。


「自害するなんて……何もそこまで……」


 体が灰になるまで燃え続けた体は濃霧が晴れたことにより吹いてきた風で何処かへと散っていく。

 視界が完全に晴れたのを見たミリアは隠された目元から解放されて見ると周囲を見渡した。


「お、お姉ちゃんはどこ……?」

「お、おい……」


 助けてくれたリンゼルのことを心配するかのようにトリンと倒れているモログの元から離れて彼女を探しに走っていく。

 濃霧によって眠ってしまった村人たちを見ながら探してくと、森の方から威圧的な気配を感じるとそれはミリアが知っているものに気が付いた。


「ラギの気だ……。あっちなの……?」


 ミリアはラギナがいるという興奮と少しの恐れを抱きながらそこへ向かっていく。

 彼がここの窮地を救ってくれたという思いもあったがもう一つ、あの赤い闘気の気配はもしかしたらまた暴走しているのではという不安が膨らんでいた。

 やがて森の方まで来るとリンゼルが倒れているのが見え、その奥には赤い闘気を纏ったラギナが背中向きで立ちつくしている姿だった。


「ラギ! お姉ちゃん!」


 ミリアは短い脚を走らせるとまずは手前で倒れているリンゼルに近づいて彼女の様子を見る。

 そこには気は失っているだけで無事であることを知ると、すぐにラギナの方もそこから確認する。

 ラギナの方もあの状態ではあるがカルラの時のような赤い闘気が体中から無尽蔵に溢れ出るようなこともない様子を見てほっと一安心していると眠っていたリンゼルが気が付き始めた。


「うっ……んん……」

「お姉ちゃん……! だ、大丈夫っ……?」

「ミリア、ちゃん? 私、眠ってたの……」

「うん……、でも無事でよかった……」

「……っ、シャムラ、アイツはどうなったの……!?」

「そ、それはラギがやっつけてくれた……と、思うよ」

「ラギナが……? そういえば……」


 ミリアの言葉を聞いて気を失う前に見た彼の顔を思い出す。

 まだ違和感のある重い頭を手で押さえながら上半身を起こして彼の方を見ると、その姿を見て意識が覚醒し始めた。


「ラ、ラギナ……?」


 彼の姿を見たリンゼルの僅かに震えた声が背を向けていたラギナに聞こえ、彼は顔を彼女たちの方に振り向く。

 ミリアの視点からではその様子は何処か怯えた様子であり、それは隣にいるリンゼルが信じられないような表情をしていたからということにすぐに気が付いた。


「ラギナ……そ、その姿……」

「──……! あっ……。あぁ……、ああぁ……アアアアアッ!!!」


 ラギナの瞳の中に映る光景。未だ燻るように溢れ出る赤い闘気によって赤く染色された景色の中、その先にいるのはこちらを見る二人の女性。

 一人はこちらを不安そうな表情で見て、もう一人は恐れを露わにしている様子。しかもその中には微かであるが怒りと憎しみが入り混じった嫌な臭いが彼の直感を突いた。

 それによって今自分がどんな姿なのかを両手を見てようやく理解した瞬間、慟哭した。


「うぁ……、グウウ……ッ! アアアァ……!」

「ラギナ……!」

「見るな! 俺を、そんな目で見るなァ!」

「……ッ!」


 両手で顔を搔きむしる彼を見たリンゼルは溜まらず声を掛けたが帰ってきたのは拒絶を露わにした言葉。

 心臓が破裂しそうになるほど震え始め、肺に送り込む空気も激しくなる。嫌な汗は止まらいこの衝動を紛らわそうと搔きむしった痛みに救いを求めたがそれも一瞬の甘美にしかならなかった。

 ラギナはこの視線から逃げようと堪らず足を動かして逃げようとするが過呼吸が止まらず、足はもつれて無様にうつ伏せに倒れてしまう。

 抑え込もうとしても溢れ出てしまう闘気は未だに収まることはなく、この状態に忌々しさを覚えたが力が入らないために立ち上がることも出来ず、ラギナは顔を両手で隠しながら体を丸めてしまった。


「頼む……止めてくれ……俺を見ないでくれ……こんな姿を……こんな……。自分を抑えられないんだ……こうなると。こうなるともう、どうしようもない事になってしまうんだ。だけどこれに頼らなければあの戦争を生き残れなかった……! でも俺はこれに頼らないと何も守れない。俺は、弱いんだ……。 許してくれ……許して……」

「──……ッ! …………」


 彼の苦しみながら吐いた独白にリンゼルは立ち上がって彼に手を伸ばそうとしたが、その動きが止まる。

 赤い闘気は紛れもなく父を殺した証言と一致しており、それが止まった理由だった。

 魔族でありながら優しい心を持った彼が自分の父親を殺したという事実が頭の中をおかしくしてしまった。

 今すぐにでもこの沸きあがる気持ちを言葉にしなければ気が狂ってしまいそうな気分になっていると、いつの間にか隣にいたミリアが彼に向って駆け出していた。


「ミリアちゃん……」

「……っ!」


 走り出す彼女をリンゼルはただ座っているだけだった。

 彼女もあの子に釣られて立って追おうという気持ちはあった。だがそれは刹那でありすぐに黒い気持ちが彼女を侵食し足に力が入ることすら許さなかった。


「ラギ……!」

「うぅ、ううぅ……」

「大丈夫……!? ど、何処か痛いの……!?」

「すまない……すまない……。俺を許してくれ……」

「……大丈夫、大丈夫だよラギ。私はここにいるから……」


 体を丸くするラギナの背中にミリアは小さい体を使って抱くと彼から溢れていた赤い闘気は収まっていき、やがて元の白い体に戻っていった。

 それを離れた場所から見ていたリンゼルはいつの間にかこちらを追ってきたトリンとそれに乗っているモログと合流すると、彼らもまたその光景を目にする。

 濃霧が晴れ、村人たちの意識が元に戻っていく中でラギナの震えながら泣く声が森の方面から響き渡っていったのだった。

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