第47話 霧に浮かぶ三日月──⑤
戦いの中で起きる奇妙な間。火照った体が冷えていくのは気温のせいじゃない。投げかけた言葉にリンゼルが動揺しているのをシャムラは見逃すはずがなかった。
「なんだぁその顔は? もしかして知らなかったのか?」
「……っ。父さんを殺した魔族は赤い魔族だ! ラギナとは全然違う!」
「シャラララ! こいつは傑作だ! だったら教えてやるよ! ラギナの異名が赫白ということをな!」
「かく……びゃく……?」
「ああそうさ。あいつはタカが外れると赤い闘気を発する。赤と白の混じったとんでもねぇ気さ。これを見た奴が敬意と畏怖を込めて"赫"をつけたんだ。シャレてるだろ?」
「だがラギナはそんな姿を見せなかった。私と一緒に戦った時だって──」
「そりゃそうだろ! 殺した奴のガキと出会って気まずくならない奴はいねぇよ! テメェの親父もあの戦争に最後まで齧っていた奴なら誰もが知ったぜ。それだけヤベェ奴だったからな。だからラギナの名が四英雄の中でも魔族の中で一番広がったんだ」
「そんなことって……」
「シャラララ、なぁに安心しろよ。これが真実っていうことを教えてやるために俺がテメェを殺してやるぜぇ。そうしたらあの世にいる親父に会えるだろう? そいつから聞きなァ!」
口を動かしていたシャムラが再び動き出す。
分身含めた短刀の斬撃がリンゼルを襲い、それを長剣を振ってなんとか躱していくがその動きは先ほどよりも明らかに鈍っていた。
シャムラの言葉が真実かどうかは今のリンゼルにはわからない。だがそれ以上に心の動揺が酷く、一度付け入れられたことによる揺らめきを抑えるのに精いっぱいだった。
「くっ……! うぅ……!」
「シャララララ!」
ヒュルマ族の巧みな話術と不意打ちを基本とした戦法に気圧されたリンゼルは己の聖力は弱まってきていた。
それを立て直そうとしても、今度はシャムラの猛攻によってその隙すら与えてくれない。
分身を囮に本体の攻撃が鎧を通して体を刻んでいき、それは決して深くはないが何度も数を重ねる執拗な斬撃はリンゼルの体力を確実に削っていった。
(このままじゃ……!)
「シャーララララ! 足元がフラついてるぜェ!? そぉらッ!」
シャムラの背後から現れた五体の分身がリンゼルを囲って一斉に襲い掛かってきたのを回転切りで一掃する。
先ほどまで見せなかったその大振りは彼女が明らかに焦っていることを分身の一体の後ろに隠れていたシャムラは悟るとその短刀を胸に突き立てた。
「バカが! 終わりだよ! 死ね!」
魔力が籠った短刀の刃が祝福された鎧を通り過ぎて内にある胸へと入り込む。
胸の脂肪を貫いてその先にある心臓に刃が到達する感触がシャムラの手にある、はずだった──。
「──アァ?」
短刀の柄から感じるこの感触は肉を切り裂いて進んだモノではなく異物などで何かに阻まれたものだった。
疑問の声が思わず口から洩れるとその理由が目に映る。鎧は確かに貫通しているがその先、光による薄い壁によってギリギリの所で止まっていたのだ。
「……それをやると思った。お前は絶対に自分からは出てこない。必ず分身の後ろにいて攻撃をしてくる。どうせ私の聖力は乱れ切っている。だったらそれを全てそこに集中すればいい! ──そして!!」
「……ッ!」
「これでやっと、お前の近くまで寄った!」
短刀の突き立てるシャムラの腕を空いている片腕で力いっぱい握りしめ、そして長剣を握るもう片方の手は振り上げている。
その長い刃には聖力が宿り始めていき、光り輝くその光景にシャムラの顔が引きつった。
「不味……っ、クソ!! こいつ力が強えぇ……!」
「絶対に逃がさない! 轟け! 【聖光罰砕剣】!!」
聖力を込めた振り降ろしという単純な一撃。だが破壊と斬撃に特化した、ただそれだけの純粋な技を掴まれた状態のシャムラを襲った。
大振りになってしまうこの技は避けられやすい為に確実に当てなければならない。
振るった長剣は地面に到達すると轟音と衝撃が周囲にまき散らし、魔力が籠ってなければこの濃霧さえも吹き飛ばしてしまうほどだった。
「ハァ……ハァ……。…………。……!!」
シャムラにこの聖技は確実に当たっていた。その感触が手に残っている。
だが目の前にいたはずのシャムラは姿を消していた。短刀握った腕を残して──。
「うぐぐぐぐ……シャ、シャラララ……。危なかったぜ……」
声の方向を見ると腕を無くした方を庇いながら血を垂れ流すシャムラがこちらを睨みつけている。
そしてもう片方の手で握っていた二本目の短刀の刃にはその血がべったりと塗れていた。
(ま、まさか……腕を、犠牲にして……!)
「ああ、くそが……! ここまで俺を追い込みやがって……! 完全にキレたぜ……テメェはここで殺さねぇ……。アジトに攫って時間を掛けて嬲り殺しにしてやる……!」
「……!」
「シャラララ……! 安心しろよ、後悔する時間はあるぜ。たっぷりとな!」
シャムラの分身が再び生み出されるとリンゼルに襲い掛かっていく。
胸に突き立てられた傷や疲労によって目は霞んでおり集中力も切れかかっている。
辛うじて長剣を握って構えているがそれも限界に近い。そんな状態の彼女はふと気が付くとシャムラの分身たちが間近に迫ってきていた。
「──ッ!」
黒い刃を突き立てられ、死ぬ手前のギリギリで寸止めされたのだろう。
反射的に目を瞑ってしまったリンゼルはそんなことを思っていたが、体から感じる新たな痛みは無い。
そのことに不思議に思っているとふわっとした匂いが鼻を掠める。
体は持ち上げられているのか暖かく柔らかな感触で包まれており、そしてこの獣の匂いは目を瞑っていてもそれが分かったがリンゼルは目を見開いてそれを確認すると言葉を漏らした。
「……っ、ラギナ……!」
「遅くなってすまない……!」
「──~~~ッ!!」
リンゼルは彼によって抱きかかえられており、襲ってきたシャムラの分身も彼の体術で蹴散らされている。
抱かれているリンゼルは彼が来たことに安堵した途端、ふと強烈な睡魔が襲い、彼女は気絶するように再び目を瞑ってしまった。
「ラギナァ……! テメェ、あの牢獄から出れたってのか!?」
「なんとかな。かなり時間は掛かったが」
「ふざけんな! アレは魔族に特効のある電撃の牢だぞ! そう簡単に抜け出せてたまるかってんだ!」
「だから、時間は掛かったっていっただろう」
「あぁッ? ──……なるほど、人の姿で抜け出したってのか……!」
シャムラはラギナの体をよく見ると所々白い毛が焦げている箇所があるが特に皮膚の部分が焼けただれているのが酷い。
魔力に反応して拘束するあの魔法書を素で高い魔力の保有量のある魔族の姿をほとんど魔力を持たない人間の姿で抜け出したことを察する。
だがそれでもあの牢獄は魔力に反応するために人の姿になっても魔族であるラギナは魔力を持っているために消えることはない。
ましてや人の姿のほうが頑丈ではないために耐久力はない。下手をすれば死ぬ可能性もあったのにも関わらずそれに賭けて抜け出したのだ。
「シャラララ……。死にぞこないが……!」
「そういうお前こそ腕を無くしたらしいな。不意打ちが得意のお前がらしくもない」
「ほざいてろ。こんな傷……」
シャムラは懐から一枚の魔法書を取り出すとそれに魔力を込めて発現させる。
するとその羊皮紙は緑色の粒子となって消えるとそれが無くした腕に降り注ぐと傷から流していた出血が収まっていくのをラギナは見た。
「その魔法書、治癒系か? お前らが人間のモノをどこで……!?」
「シャラララ、人間は便利なモンを作ってくれたよなぁ。魔法が使えない奴でもコレがあれば発動できる。全く、知識の欲深さは俺たち以上かもな。さて……片腕になっちまったが手負いのテメェを殺るにはこれでも十分だぜ」
傷が癒え、痛みも引いたシャムラは隻腕となった体でラギナと対峙する。
相手は賊になったヒュルマ族の頭領。そしてかつての仲間というのもありラギナも本気で臨むことになる。
体の中で眠ってしまったリンゼルをそっと地面に卸して彼女の顔を見た後、自身の体から赤い闘気を溢れ出させていたのだった。




