第46話 霧に浮かぶ三日月──④
トリンが出てきてくれたおかげでモログたちの危機が去ったその一方でリンゼルとシャムラは霧漂う中で刃が交える音を鳴らしていた。
少し先にいけば見えなくなる不透明な空間であるがお互いの距離は視認出来るほど近い。
シャムラの持つ二刀の短刀はリンゼルの長剣と比べるとリーチと重量の差があるがその手数としなやかな足捌きによる立ち回りによって彼女の直撃を避けていた。
対するリンゼルは両手で握られた長剣を振り続けて迫る。少しでも距離を取られればこの濃霧の中に逃がしてしまう。それは不意打ちが得意な相手にとって絶対にさせてはいけない事であった。
故にリンゼルの攻撃の手は止まることなく続いていき、すでにミリアたちの場所とは違う所まで移動をしている。
だが攻めっ気を出しすぎているためか大振りになってしまう攻撃はシャムラにとっても隙でありその一撃は紙一重で躱されてしまった。さらに──。
「シャァァ!!」
「──ッ!!」
勢いをあえて落とすことで空ぶった攻撃の隙を無くすことで手数を増やそうした瞬間、シャムラはそれに気が付いて短刀で受け止めた途端にその刃を寝かせてそのままリンゼルの長剣を滑らした。
鍔迫り合い、もしくはお互いの刃が弾かれると思った矢先の出来事。長剣の刃の腹を通り抜けて迫るそれは彼女の握っている小手に迫ってきていた。
「くっ──! させん!」
リンゼルは咄嗟に長剣を聖力で満たすと眩い光を生み出す。
目を開けられるほどの凄まじい発光によってシャムラの迫る刃も勢いも失い、リンゼルは長剣を振って弾いた。
「シャラララ、惜しいな。もうちょっとで切り刻めたんだがな」
「ハァ……ハァ……」
余裕の態度でにやけるシャムラとは対照的にリンゼルの息は切れており冷や汗も止まらない。
刃を交えた戦いであるが、相手の動きが独特すぎて全く先の動きが読めないのだ。
さらに厄介なのは攻めているのはこちらのはずなのに、僅かでも緩めれば今のような致命的な事も起きるということだった。
攻撃をして追いつめている立場であるはずが逆に追い詰められてしまうという、なんとも不可思議な状況は彼女にとって未知の体験であった。
「不思議だろう? 攻めてるのは自分なのに逆に殺されそうになるっていうモンはよぉ」
「……さぁね」
「強がるなよ女。俺には分かるぜ、お前が恐怖に包まれてるっていうことによ。その鎧の下にはる肉の震え、足さばき、そしてさっき攻撃した時の迷い……。うまく隠しているつもりだろうが俺には通じねぇ」
「何も問題ない。お前を確実に追い詰めていることに変わりはないんだからな」
「追い詰める……? シャラララ……そんな戯言を……」
「ずっと逃げ回っていたせいで気が付かないのか? ここが何処かを」
「……あん?」
リンゼルの言葉にシャムラは疑問の表情を浮かべながら周囲を見渡すとそれに気が付く。
そこはいつの間にか村の場所から離れており、彼の背後には近くの森が見えていた。
「ここなら皆を巻き込まないで済む」
「な~んだ、そんなことか。後ろに森があるんだぜ? だったら俺はいつでもそこに逃げれるってことじゃねーか」
「この霧はそこまで広がっていないのは入る前から知ってる。もしそこにいけば視界が良くなる。そうすればこっちにとってお前を追いやすいだけだな。そうなれば私はお前を絶対に逃がさない」
「……なるほどねぇ。ククク……シャーーーララララ!」
シャムラの不気味な笑い声がこの空間に響き渡る。シャムラは笑い続けた。腹を抑え、顔を上にあげてるほどのそれは隙だからけであったが、だからこそ何を考えているかわからない以上次の一手を見極めなければならないリンゼルにとって今の状況でも油断せず構えを取っている。
やがて笑いが収まってくると目頭に浮かんだ涙を拭きながら顔を彼女の方に向けて口を切った。
「ヒィ~ヒィ~……。こんなに笑ったの久々だぜ。全く人間ってーのはそういう事をよくするよなぁ。思いやりってヤツか?」
「…………」
「それに追い詰めただと……? 逆だよバカが。お前が追い詰められてんのさ!」
「何を言ってる。お前の目的はあの子の事だろう?」
「あ~? あの青いガキの事か? ちょっと惜しいが、まぁこんなに笑わせてくれたんだ。お礼に目的っつーのを教えてやるよ。それはな──……テメェの命だよ、女ァ!」
「……何、だと?」
「テメェをぶっ殺すことが俺たちの目的っつーことだ。ここには面倒なラギナも他の騎士共も、誰もいねぇ。お前は今、孤立してんだ。分かるか女? 頭捻ってやったことが逆効果だったってことによぉ!」
「──ッ!」
「そしてお前は今、俺に恐怖した──」
シャムラの言葉はリンゼルの耳元で囁かれたかのような、そんな感触に思わず顔を振り向く。
だがそこには誰もいない。一体何が起こっていると疑問の心が内側から染みていくとシャムラの笑い声が周囲から聞こえてきた。
「知ってるぜ俺は。お前ら聖力は俺たち魔族にとって特効であるが弱点もあるってな。その力は内に秘める心の力、謂わば精神力に近いもの。整った状態ならフルパワーを出せるがこうやって揺さぶりをかければそこに恐怖のノイズが走る。お前は今、全力の力を出せない状態になっちまってる」
「お前こそ戯言を! そんなことはこちらも十分知ってる! こんな言葉如きで私が……──」
「だがお前は今、俺の気配と声を聞いただろ? それはもう俺の術中にハマってるってことだ。いくら聖力で祝福された鎧を身に纏っても、グラついた心までは守れねぇ! そしてぇっ! シャラララ……、これで俺も本気を出せるってモンだ。【分身】!!」
シャムラは膝を折って身構えるとその背後からいくつもの青いモヤの形をしたシャムラが現れる。それは濃霧の中に混じると半透明になり、一斉にリンゼルに襲い掛かった。
(幻!? いや、これは──!)
長剣を振ってシャムラの分身を切り捨てる。それは動き自体も本人と比べて劣り、切り伏せるのは容易いしその感触は確かに切り伏せたモノであったが当然それは本体ではない。
いくつもの分身を捌いてく時、その足元から這い寄ってきた黒い影にリンゼルはコンマ一瞬、遅れて気が付いた。
「シャララララ!!!」
「──くぅ!」
迫る短刀を身をよじらせたことで僅かに回避して距離を取る。その時に感じた体の違和感にリンゼルは思わず確認すると鎧は切られてないのに内側の体に切られた感触があった。
「くっ……その短刀、鎧通しが込められているのか!」
「シャラララ。流石ディバインナイト、よく知ってるなぁ。魔力を込めれば金属を無視して切れるこのナイフ。俺のお気に入りだぜ。そして気が付いたようだな。このナイフがお前の鎧を貫通したってことはお前を守っている聖力が不安定になってるってことをよ!」
シャムラの言葉の終わりと共に分身が再び迫ってくる。その手数は凄まじく、聖剣技を使う暇すら与えない攻撃はリンゼルが先ほどやったことへの意趣返しにも見えた。
そんな中で襲い掛かるシャムラ本体の攻撃は短刀のはずなのに刃から伝わるその衝撃と重さは鈍器のように錯覚するほどであった。
「シャララララ! どうしたぁ? さっきよりも勢いが落ちてんぜぇ~? ビビって体が動かなくなってんのかぁ?」
(惑わされるな! 奴の言葉を聞いては思うつぼだ! 口数が多くなっているというのはつまりはそういうことだ! 今は落ち着いて心を整えるんだ!)
(……ここまでやってもやはり聖騎士ってヤツか。並みの奴ならもう終わってるはずなのにギリギリで恐怖状態に完全にならずに俺の攻撃を耐えてやがる。さて、どうしたものか……)
「中々やるじゃねぇか。俺の攻撃をここまで食らって生きていた人間は見たことねぇ!」
「それは、どうもっ!」
「しかし腑に落ちねぇな。なんでお前みたいなのがラギナと組んでんだ?」
「ラギナは魔族だがお前みたいな卑怯者とは違う! 彼にある高潔な心はお前には無い!」
「ハッ! 高潔だと!? 混血のアイツも所詮、俺たち魔族の性に抗えなかった血に塗れた魔族だ! テメェの親殺した癖に近づいてイイ子ぶってるだけに過ぎねぇ!」
「なっ……!」
シャムラのその言葉を聞いたリンゼルは無意識に力が籠り、分身含めて薙ぎ払うと距離を取る。
──私の親を殺した。否定したい気持ちだったが彼の口ぶりからしてそう受け止めざるえなかった。




