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第45話 霧に浮かぶ三日月──③

 襲われそうになったミリアを託して濃霧の中へと消えていったリンゼルを見届けながらモログは聖防護プロテクションの中から出ると飛ばされた彼女を抱いた。

 魔族である彼女は聖力で作られたこの結界に入ることはできない。モログは彼女を守るように抱きながら盾を構えるとこちらを囲んでいるヒュルマ族たちの動きを警戒した。


「おいおい、ガキ守りながら俺たちと戦うのかよ」

「しかも人間が魔族を守ってるとか。なんともまぁ感動的な光景だな。ククク……」

「弱いやつを守るっていうがそんなに面白いか? なんともまぁ……」

「お前たち人間とは違って俺たちは弱い奴なんか構ってる暇はないんだ。他の種族なら猶更……淘汰されてく世界だからこそ俺たちは強い生物になった。聖力とかいう腰抜けの力とはワケが違う」

「その腰抜けの力に手を焼いていたようだが?」

「ハッ! あの女が異常なだけでテメェは違ぇだろうが! 今も遊ばれてるってことに気が付いてないのか?」

「ガキの前でなぶり殺しにしてやるよ。聖力しか能のぇ人間如きがこの状況で調子に乗ってんじゃねぇぞ」

「お、おじさん……」

「大丈夫だ。君は必ず守る」


 白い霧の中から聞こえるヒュルマ族の声質が殺意を込めたものに変わったのを肌で感じると背後にミリアを隠して盾を構える。

 黒い影が動きだし、視界の悪いこの空間では目で追うとは困難であった。故にモログは目だけで奴らを追うことはしない。五感を研ぎ澄ませた感覚はやがて一人目のヒュルマ族を捉えた。


「シャッ!」

「──ッ! 【シールド突撃バッシュ】!!」


 盾を全面に出した状態で迫ったヒュルマ族にモログは体当たりする。

 単純な攻撃だが脚に力を込めたそれはバネのような瞬発的な挙動を取り、ヒュルマ族の迫ってきた距離も含めてその速度は見た目以上であった。


「グギッ!?」


 さらにこの盾にも聖力が込められており、全身、特に顔面を強打したヒュルマ族は一撃で倒れていった。

 だが一人がやられた程度で止まる相手ではない。その隙を逃すまいとモログの背後から三人のヒュルマ族が鋭利な爪を伸ばしたがモログはそれも予想した動きだった。


「聖火のともしびよ! 私に力を! 【聖灯せいとう付与】!!」


 メイスを握った腕を地面へと振り下ろし、その先端を地に擦り付けるとその摩擦で火が灯される。

 通常の赤みを帯びた火とは違い、青い色の火は聖力によって生み出された特別な火だった。

 所謂、武器に属性付与エンチャントを行ったことにメイスはそのまま背後から襲い掛かった三人に振るわれたことにヒュルマ族は堪らずその手を止めてしまった。


「チィッ! 面倒なヤツだ!」

「守るだけが俺の力じゃない!」


 聖火が灯されたメイスは当たれば全身を燃やし尽くし、その痛みは魔族やモンスターである者ならさらに増していく。

 さらに厄介なのはモログが守ることに特化した存在だった。一対多数の戦い方を熟知しているのか自身の動きを出来るだけ少なくし、隙を見せないことを心掛けている。

 後ろにいるミリアを狙うことも考えたがこの状態ではそれも難しい。だからヒュルマ族は挑発的な言葉で乱そうとしたがモログの心は乱れることはなかった。


「さぁ来い! この守りを崩せるものならやってみろ!」

「自信ある口をするだけあるな。他の雑魚とは全然違う。だがよ──」


 ヒュルマ族のにやついた様子にモログは嫌な予感を感じるとそれは的中した。

 影が姿を現し、ヒュルマ族の手には別の場所で倒れていたであろう村人の首根っこが掴まれているのを見せられた。


「人間みてぇなめんどくせぇ奴にはこういうのがよく効くぜ」

「なっ! 卑怯だぞ!」

「関係ねーよ。もしかして正々堂々とか思ってたのか? そんな行儀良くするわけねーだろ」

「別に遊ぶ相手はお前だけじゃないんだぜ。ほ~ら、こいつの首の骨折れる音、聞きてぇよな?」

「くっ──」

「動くんじゃねえ! さっさと手に持ってるそれ捨てろ!」


 ヒュルマ族の怒声が濃霧に響き渡る。内臓を締め付けられるかのような気迫にミリアも声を出すことすら出来ずただ硬直するしかなかった。

 モログは兜の中で冷や汗が止まらない。両手からメイスと盾を離すと地面に転がる頃には伝わっていた聖力も消えていた。


「よーし、それでいい。こいつが死ぬのは嫌だよなぁ? それによく探せば他のやつらも……」

「やめろ! 言う通りにしただろ!」

「ククク……。安心しろよ。お前を嬲れば俺たちの気は収まるんだ。もしかしたら俺たちが満足してギリギリ生き残るかもしれねぇぞ?」


 一人のヒュルマ族が聖力を失ったメイスを拾い上げると、その重さを感じさせないほどぶんぶんと振るいながら背後を取るとまずは足を砕いた。

 無様に倒れるモログを見てヒュルマ族の笑いが周囲に響き渡る。苦痛の声をあげる暇もなく今度は右腕を潰された。

 まるで処刑人が目の前にいるようであったが今のモログはどうすることもできない。死が迫ってきているのに何か策を考えることも出来ないほど頭の中は不思議と透き通っていた。


「いやぁ、お前ら人間って仲間意識っつーのがすげぇな。あ~、この場合は自己犠牲ってヤツか? まっ、どっちでもいいか。くだらねぇ事の為に死ねるとか、ほんとーに人間ってのは、バカだぜぇ! ギャハハハッ!」

「おじさん──!」

「……ッ!!」


 振り上げられたメイスがモログの頭上に勢いよく振り落とされる。

 魔族の筋力は人間よりも強く、落としたそれは頭だけに収まらず果実を潰したような血と肉片が飛び散る──はずだった。


「…………!」

「ウッ……!?」

「な、なんだぁ!?」

「あれって……!」


 後ろで見ていたミリアの目にはモログの背面にヒュルマ族がメイスを振り下ろそうとしている、その手前で動きが止まっていた。

 ギリギリと音を立てるその体はよく見ると地面から蔓のように伸びた木が纏わりついており、頑丈に締め付けているその正体は後ろからその存在が来たことを分かった。


「トリン!!」


 そこには巨樹の魔族トリンが泣きそうな顔でミリアの後ろに立っており、その手は地面に埋まっているのを見るとトリンの仕業だというのがヒュルマ族も理解した。


「トレントの野郎か!? こんな奴もここにいやがるのかよ……!」

「うっ……うぅ……間に合ってよかった。みんなこの霧で眠っちまって……ずっと一人でどうすればいいかわからなかった。うぅ……うぅ……」

「おいデカブツ! てめぇコレが見えねぇのか!?」

「うぅ……うぅ……?」


 目から流れる涙を拭いながらヒュルマ族の方を見ると依然として村人を人質にしているのが見えると、トリンはさらに涙を流し始めていた。


「うぅ……なんでそんなことを……」

「うるせぇ! ここにテメェがいるならここのモンになったんだろ!? だったらコイツは殺されたくねぇよなぁ? 俺の仲間をさっさと解放しろ!」

「うぅ……うううぅ~……」

「いつまでも泣いてんじゃねぇぞ! 愚鈍のカス魔族が!」

「ト、トリン……」

「うぅ……トリンはずっと逃げてきた……。虫のせいで皆と逸れちゃって……でも本当は逃げたんだ……。守んなきゃいけないのにトリンのせいで皆が……」

「ぐだぐだうるせぇんだよ! さっさとしやがれ!」

「だからトリンは、もう逃げない……! 皆を、今度こそ守るんだ! うおおあああああああああああん!!!」


 その無く声は雄たけびの如く、周囲の空気を震わせるほどの大音量は全員の動きを封じてしまう。

 目から溢れ出る涙も大粒になり、足元にいたミリアにとって降り注ぐそれは雨のようでもあった。

 泣き声をあげながら両手を地面に埋めると、根が地中からヒュルマ族に向かって伸びていくのが動けないモログの体から伝わっていた。

 そしてそれは当然、ヒュルマ族も分かっている。直感による危険信号が脳に響き渡るのを知ると人質を捨ててすぐにその場から離れた。


「ウオオオオオンッ!!!」


 だがトリンは逃がさなかった。捨てられた人質を地面から生やした根が柔らかいクッションとなって優しく包み込んであげていく。

 対照的にヒュルマ族を襲う根は飢えたような迫り方に恐怖した。跳躍して逃げたが逆にそれが仇となり、宙で足から掴むとそのまま全身を絡めとっていく。

 柔らかな木は掴んだ瞬間に堅くなっていき、逃げようとしたヒュルマ族は締め付けられたことで意識を次々と失っていったのだった。

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