第44話 霧に浮かぶ三日月──②
「シャァァラララララッッ!!」
シャムラは笑い声と共に濃霧に身を隠すとそれに呼応して他のヒュルマ族の影も一斉に動き出す。
二人の視界は霧によって遮られ、さらには幾つもの影は残像のような形になっているために下手に追っても返り討ちにあるのは目に見えていた。
だがこんな状況でもリンゼルとモログは焦りを見せない。それは聖律機関の騎士としての経験によるものであり先に動いたのはモログであった。
「聖技発動! 【聖防護】!」
手に持ったメイスに内に秘めた聖力を伝達させてそれを地面に当てると二人を中心に半径二メートルほどの球体の結界が発現する。
守ることに特化したこの技は攻めようとしたヒュルマ族の爪の攻撃を受け止め、それを見たモログは逃げる隙を与えないよう素早くメイスを振った。
「フン!」
「グゥェ!?」
胴体にメイスの先端によって殴られたヒュルマ族は聖力が付与されていることも相まって苦痛の声を挙げながら地面に転がっていった。
いくらこちらの視界が悪くても相手が攻める手立てを止めればその勢いは自ずと失っていく。
現に今の一連を見たシャムラとヒュルマ族は一旦、様子を見るように素早い動きを緩やかに落としていた。
「防壁系か……ッチ、面倒な技を使いやがって」
「さっきの威勢は何処にいったんだ? ならばこちらの番だな!」
長剣を両手で握りしめたリンゼルはモログと同じように武器に聖力を流し込むと刃が輝きを放つ。
それを円を描くように掲げるとそこから光り輝く刃が計六本、宙に浮いていた。
「【剣舞・聖光刃】!!」
頂点に掲げた長剣の刃の先を敵に振り下げると、生成された六本の光の刃がシャムラたちに襲い掛かる。
その速度は凄まじく、狙われたヒュルマ族は避けることも出来ずに貫かれていったのが濃霧の中で黒い影が消えていくのを見てそれを察した。
「これが聖剣技……! ナマで見るのは初めてだが噂よりもタチが悪いなっ!」
「魔族のお前たちにはこの聖力はキツいだろう。もう降参か?」
「──……いい気になってんじゃねぇぞ人間の女が。それぐらいこっちも考えてんだよ……!」
リンゼルの挑発にシャムラの声色が変わったのを聞いた二人は確実にこちらのペースになっていることを知る。
相手の次の行動は予想が付かないがそれでも奴らの注目を集めていることは、他の者たちに目は入っていないことになる。
これ以上被害を増やさない為にも相手に短期決戦を挑ませるつもり──だった。
「うう……。み、みんなぁ、どこにいったの……?」
「──ッ!?」
戦っているこの場の奥、濃霧の中から一人の少女の声が聞こえる。
それはまさにミリアの声であり、ひたひたと裸足で歩く音はこちらに近づいているようだった。
「なんだぁ?」
「これは……ミリアちゃん!? 来ちゃダメだ!!」
「……え?」
視界がほとんど遮られている濃霧の中でミリアはこつんと頭をぶつける。上を見上げるとそこにはローブを纏ったシャムラが意外そうな顔でミリアを見ている様子だった。
「えっ、あ……ま、魔族……っ!?」
「おいおい、この魔法は対策しねぇと昏倒しちまうほど強力なんだが? ガキ如きが目ぇ覚ませるワケねぇのに、なんだぁコイツ?」
「ボ、ボス、そいつの肌ってもしかして……」
「肌……? あぁ~なるほどねぇ~……」
「……ッ!」
子分のヒュルマ族に言われてシャムラは改めてミリアの姿を舐めるように見ると、さっきまで苛ついていた様子だったのに今はニヤリと不気味に口を曲げていた。
それを遠くで察していたリンゼルの体は咄嗟に動いてモログの聖防護の陣から抜け出していた。
何が起きているかは目には映っていない。だがそれでも何かが起きようとしており、それが脳裏でイメージされると今、確実に迫ってきているのを直感で理解した。
濃霧から見える大小の影は大きい方から手が伸びているのが見える。リンゼルはミリアの前に素早く立ちはだかると神速の勢いで長剣を横なぎに振るった。
「キャッ!?」
「シャラララ! 惜しかったなぁオイ!」
胴体を切り落とす勢いで振るったはずの長剣はシャムラがそこにいるはずなのに空を切る音だけだった。
見るとシャムラが上半身を異様なまでの形で背面にのけ反ったことによるものであり、リンゼルが次に出る前にシャムラはミリアから一度距離を取って下がった。
「この子に触れるな!」
「シャラララ……。そんなにキレんなよ。そんなことしても状況が悪くなっているのは変わんねぇんだぜ? 知ってんだぜぇ? そいつ、ラギナが拾ってきたガキなんだろ?」
「……っ!」
「結構大事そうなガキらしいじゃねぇかこいつよぉ! それじゃあよ、そのガキ庇いながら俺たちと戦うしかねぇな!」
「【剣舞・聖光刃!】」
「シャラララッ!!!!」
リンゼルの聖技にシャムラは素早く反応し、挙動を見極めたかのように光の刃を紙一重で回避していく。
地面に突き立てられた光の刃の向こう側まで躱していったシャムラはニヤリと彼女に向かって笑った。
「シャラララ! さっきよりも全然遅いじゃねぇか。意外と大したことねぇなそれ」
「……さっきよりも遅い。それはそうだ、なぜなら──」
「…………。……!」
「──あえて光刃を大きくしたからな!」
彼女の言葉にシャムラたちはハっとなって周囲を確認していく。
自分たちの前に突き刺さる光の刃。その大きさは彼らの身長とほとんどであり、リンゼルとの間を開くように立ち塞がるそれは刃の壁のようでもあった。
そしてそれを立て続けに放つことで一本の道が出来る。出来上がったそれを見たリンゼルはミリアの腕を掴むとその道に力いっぱい投げた。
「きゃっ!?」
「お願い! モログ!」
「分かっていますとも!」
投げ飛ばされて地面に倒れそうになるミリアを先の方で全てを理解していたモログが相手より先に動いて彼女を体でキャッチする。
そのまま素早く聖防護の場所まで戻ったのを見たシャムラはギリリと音を立てて歯を噛み締めながら睨んでいると、再びリンゼルの刃がシャムラに襲い掛かった。
「何処を見ている? お前の相手は私だろ?」
「こいつ……!」
「ボス!」
「来るんじゃねぇ! おめぇらにはこの女に手が負えねぇ! お前らはあのガキを捕まえに行け!」
「りょ、了解!」
シャムラは懐に隠していた二本の短刀を取り出すと、二刀流の構えでリンゼルの大剣を捌いていく。
その剣術はシャムラの動きも合わさって独特な太刀筋をしている為に攻撃の予想が難しい。
その為に追っていったヒュルマ族を追撃しようとしたリンゼルは目の前のシャムラに集中しなければならなかった。
「あ~あっ、いい感じに二人っきりになっちまったなぁ」
「お前からそんな言葉なぞ聞きたくない」
「シャラララ! ツレないこって! まぁいいさ、子分共を危ない目に合わせないのもボスの務めだからな。それにお前相手じゃなければ、あんな人間なんて瞬殺よ」
「そうかな? モログは守りに関しては長けている。それに──」
「……?」
「お前をさっさと倒して助けに行けば何も問題ないだろう?」
「シャラララ……。あ~いいぜぇ、そのイキった感じがよぉ。俺の嗜虐心を刺激しまくってくれるぜ!」
シャムラの持つ二本の短剣が互いの刃を当てる金属音を奏でながらこちらの周りを歩いていく。
黄色の瞳の視線がこちらに刺さっているのが濃霧越しからでもリンゼルは感じ取ると、ここからが本番ということに気を持ち直すように長剣の柄を握りしめたのだった。




