第43話 霧に浮かぶ三日月──①
事件の真相を追うためにラギナが離れている間、聖律騎士リンゼルはバード公がいる都市の聖教会に呼ばれ、そこでは定期的に行われる清めの儀式を行っていた。
本来ならば各地に置かれているセフィリナの女神像で事は済むがミクス村にはまだそれがない。
教会の中で司祭から女神の施しを受けるとリンゼルはそのままバード公の所まで挨拶しに赴いていった。
「それでリンゼル殿、最近の調子はどうだ?」
都市の景色がよく見えるテラスでバード公との対面を行っており、丸いテーブルの上には紅茶が入ったポットとティーカップに茶菓子が乗った皿が置かれていた。
バード公は茶菓子を口に入れ、そのままカップを持って紅茶も含んでいく。
香りを楽しむというよりは甘い味を渋みで緩和させて味わうような素振りであり、リンゼルも続いて紅茶を少しだけ飲んで口を潤した後に彼の質問に答えていった。
「最近は紙を見ることが多いので、こうした時間は久しぶりです」
「ははっ、ずっと椅子に座るというのも結構堪えるもんだからな。ここまで来るのは大変だろうけどいい羽休めになったんじゃないか?」
「おっしゃる通りです。あの事件でずっと忙しかったので丁度良かったのかもしれません」
「そっちに女神像が置かれればもっと楽になっただろうに。でもまぁ、そうなったらこういう時間も無くなってしまうのは少し残念ではあるなぁ」
バード公の少し疲れた顔が都市の景色に向けられる。リンゼルもその視線を追ってみると今日が天気が良く、暖かな日の光と風に乗って下の賑やかな声がここまで届きそうな中での彼の顔はそれほど苦労しているということが伺えていた。
「こういうことでしたら、私で良ければいつでもお誘いください」
「気遣いありがとう。やはり君は父上に似ているな。義理堅い部分がそっくりだ。ところで村の方はどうだ?」
「今のところ問題はありません。前まで寂れていましたが、避難してきた者たちの協力で空いていた家を修復したおかげで今は外で寝る者はいなくなりました。魔族の方も植物のトレント族とドリアード族のおかげで作物の方も順調です。収穫祭が待ち遠しいですね」
「悪くはないようだな。それはよかった」
「これもバード公の支援のおかげです。現状はまだ物資も乏しく頼ってしまいますが、いずれはこの恩を返すつもりです」
「そんなに急がなくていい。こういうのは聖教会の手助けのおかげもあるからな。まぁ何にせよ君からの口でそういうのを聞けて良かった。報告書だけじゃわからないこともあるからな」
「しかし、避難してきた村人たちは元の場所が復興したら元に戻ってしまいます。なんとかその前に移住者を確保しなければ……」
「そのことなんだがリンゼル殿、知っているか? ここまでやってくる噂だとミクス村に移住を考えているという者の声もチラホラ出てきているぞ」
「ほ、本当ですか?」
「ここは魔族との境界線も近い場所だからな、モンスターの被害も少なくはない。百年戦争の傷が未だに引きずるここでは安住の地を求めるというのは皆同じ考えなんだろう。そこに行きたいというのは大方リンゼル殿がいるというのが大きいだろうな」
「なるほど……」
「とはいっても皆がそこに行けば余計な混乱を引き起こすだけだし、何よりも他の貴族がそれを許さないだろう。ここら辺の問題は難しいがいずれ解決しなければならないな……」
「そうですね。今は余計な敵は作りたくないものです。お茶のご馳走、ありがとうございました」
「何、こちらこそだよ。私も気分転換になった」
リンゼルは一礼をしてバード公に別れの挨拶をすると城から出ていき、待機させていた愛馬のティーネに乗るとミクス村の方角まで走らせて行った。
ミクス村は少しずつ安定してきている。聖教会から言われている魔族との共生も少しずつ近づいてきていることを実感していた矢先、とある光景に違和感を感じた。
「何……これ」
自分とミクス村まで目と鼻の先であり、村の入り口が見えてくる頃、リンゼルはティーネを止めてそこを見ると白い濃霧が村全体を包み込んでいることに気が付いた。
時刻は正午を過ぎてもう少し経てば太陽が傾き始める頃であり、さんさんと照らされる中でこの濃霧の発生は明らかに異常であった。
「リンゼル様!」
後ろの方で自分の名前を呼ばれたことに気が付いて振り向くとそこには同じように戻ってきたモログの姿が見える。
彼もまた村の異常に遠くから気が付いたようで走らせていた馬を彼女の隣に強引に止めると二人で村の様子を外から伺った。
「モログ!」
「調査から戻ってみればこれは一体何が起こっているのですか!?」
「わからない……私も今ここに戻ってきたばかりだから」
「モンスターの仕業……しかし霧を出す奴なんて記録には……」
「……多分だけど魔族だと思う。この天気に不自然な濃霧。誰かがこの魔法をここに使ったんだ」
「ですがそれだったら一体何の目的で……」
「それは……。まさか……!」
モログの質問にリンゼルは少し考えた後にある事を思い出し、それは以前ラギナの口からミリアが攫われたことや特別な力を持っているということだった。
彼女の不吉を呼び寄せてしまうということも彼から説明を受けていたがその原因が今回を引き寄せたとは考えづらい。
何故ならその場合であれば、もっと早くこういった出来事が起きても不思議ではない。リンゼルの推測だが聖力溢れるこの場所でその呪いの類を中和しているのだと考えていた。その呪いが中和できないほど強ければもっと被害が出てもおかしくはないのだ。
そうであるなら次に最も思いつきやすいのはダークエルフの子もこの村で保護されていることもあるため、この仕業はヒュルマ族であると結論付けた。
「ラギナの言っていたシャムラがここに……!?」
「そんなっ! ラギナはそいつらの方に向かったのです。まさか誘導された……?」
「考えている時間はない。今すぐこの中に入らなければ」
リンゼルはティーネから降りると太ももを叩いてその場から離れさせていく。手には鞘から抜いた長剣を握りしめておりすでに臨戦状態に入った彼女を見てモログも馬を降りて身構えた。
「応援を待つ……というのはあまりにも遅いか」
「今、この村を滅茶苦茶にされてはならない。モログ、罠だと分かっていても私についてきてくれるか?」
「この身は貴方を守る為にあるのです。どこまでもついていきます」
「──助かる。ではいくぞ……!」
彼の覚悟を聞いたリンゼルは感謝の言葉を口にすると警戒しつつ濃霧に包まれた村の中へと入っていく。
空から降り注ぐ光が屈折しているせいで遠くまで見ることは出来ず、その視界は非常に悪いものだった。
外からでは風などによる木々の音が聞こえていたがこの濃霧の中は不気味なほど静かであり、しかも不気味に肌寒かった。
「リンゼル様、あれを!」
モログの声と示す方向に彼女もそこに目をやると村人が倒れているのが見え、急いでそこに近づいていく。
うつ伏せに倒れているその人の体に触れてみるが揺さぶっても反応はしなかったが息はしていることに二人は安堵した。
「よかった……無事だ……」
「どうやら気を失っているだけですね。というよりは……寝ている?」
「この霧のせいか。自分たちが無事なのは祝福されたこの鎧のおかげということ。やはりこれは魔法の類だ」
「──ッ! リンゼル様!」
突然の叫びと共にモログは手に持った盾を上に構えると、濃霧の中から黒い影が二人に迫ると金属がぶつかる音がこの静かな空間に響き渡る。
モログは不意打ちの攻撃を盾で防ぐとメイスを振るうが、その黒い影は咄嗟に離れて距離を取った。
リンゼルもすぐに長剣を構えると二人は死角を作らないよう背中合わせになると、自分たちがいつの間にかこの黒い影たちに囲まれていることに気が付いた。
「シャラララ……。なんだよ、やっぱ一発で仕留められてねぇじゃねぇか。賭けは俺の勝ちだな」
「ボス~、流石に今回は相手が悪いぜ~これ。ちょっとは大目に見てくれよ~」
「あ~? 乗ったのはテメェだろうが。ま、今回はツキがなかったってこった」
「その笑い声……貴方がシャムラだな」
「あん? んだよ、俺の名を知ってたのか?」
「ラギナから貴方の情報は聞いている。まさかここを襲ってくるなんてな」
「あ~、なるほどなぁ。流石リンゼル・フェルトラム。聖律機関のディバインナイト様なだけあるな」
濃霧の中から黒い影が揺らめきながら二人の前にシャムラが姿を現す。
ローブを脱いだその顔は口が三日月型に笑っており、その不気味さな様子を二人はしっかりと目視をして身構えた。
「貴方も私のことをよく知っているようだな。それにわざわざ姿を見せるとは。余裕のつもりか?」
「シャラララ……! わざとだよ。なぁ知ってるか? 殺されるときってヤツをよ。俺たちの手にかかれば大体が一瞬なんだが殺されることを知っている時と知らない時って"顔"が違うんだ。知らねぇ時に殺される顔ってかなりマヌケ面でな。死ぬ寸前まで殺されることを分かってないっつー感じなんだぜ?」
「…………」
「つまんねぇんだよなぁ、それじゃあよぉ。俺はな、殺される事を知った時の顔が見てぇんだ。まるで自分がここで死ぬわけがないっつー顔がよぉ、ほんとーに面白いんだぜ? あの恐怖で歪んだ顔を見ながら始末するっつーのはマタタビキメるぐらいキモチィもんなんだぜぇ。シャラララララッ!」
「悪趣味な奴だな。ラギナが自分たちから追い出した気持ちというのが本当によく分かる」
「はっ、そこまで知ってるのかよ。だったらちゃんとこの顔、覚えておけよ? これはテメェをブチ殺すヤツの顔だ。俺に怯えながら死ぬ姿をしっかり見せてくれよなぁ!」




