第42話 過去からの刺客
シャムラと出会って数日後、ゴルゴダス領とバード領の間を繋ぎとめる道の中でラギナと武装したモログ、そしてゴルゴダス兵と共にそこを調べていた。
そこは誰もが通りそうな他愛のない道だったが、少し寂れている雰囲気もあって暗がりが多いぐらいしか特徴的な部分しかなかった。
そんな場所を両膝を折って地面に視線を向けながらラギナは鼻を動かして匂いを嗅いでいたのだった。
「目撃の話だと、この付近に不審な奴がいたらしいが?」
「昨日の夕方頃らしいが運び屋がこの道を通って町を戻ろうとしたときに大きな影が道を通り過ぎるように動いていたらしい。だが酒場での噂話だからな。ただの気のせいというのもある」
「いや、気のせいじゃないらしいぞ」
ゴルゴダス兵とモログが会話をしている中でラギナは振り返りながら地面に指を知らせるようにトントンと押し付ける。
そこに二人は注目するが人間の目にはただの凸凹した地面でしかなく、同じタイミングで首を傾げていた。
「ふ~~む……全くわからんな。お前はそこに何かあるってわかるのに俺たちにはさっぱりだ」
「同感。ということは前とおんなじってことか?」
「そうだ。前と同じでこれもほんの少しだけだ。ヒュルマ族の一歩だけがここにある。もしもあそこにある林まで跳躍して道の真ん中を通り過ぎていたら匂いが混じって流石にわからんな」
「それで、これをどうみる?」
「そうだな……」
両膝を折っていた足を延ばして立ち上がるとその林の先を見つめる。そこは魔族の方面に向かっている場所でもあるところ見ながら静かに口を開いた。
「あいつらはこちらの領域に干渉しているのは間違いない。何か起きる前に早めに手を打たんと。ヒュルマ族、いやシャムラは何をしてくるか予想がつかん」
「行くのか? だがヒュルマ族を見つけるのは難しいんだろ?」
「何もしないよりはいい。もしかしたら何か手がかりがあるかもしれん。現にコレがそうだ」
「悪いが俺たちはそっちには行けない。魔族の方面は管轄外だからな。何かあるなら聖律機関に頼れ」
「それなんだが、この近くの警備キャンプで待機しているんだが事態が起きてから動くことになってる」
「なるほど。いつも思っていたんだがお前らは手遅れになってから動くと思っていたが、そういうことだったか」
「…………」
「おっと、気を悪くしたか? だが事実だろう?」
「モログ、俺はこのまま奴らを探してくる。先に村に戻ってくれ」
「……わかった。気をつけろよ」
「ああ」
ラギナはそういうと魔族の方面へと駆け出し、モログとゴルゴダス兵も各自解散していく。
木々を潜り抜けるように森の中を走り、時には木の上に飛んで進んでいく。
やがて魔族の方面に入ると鬱蒼とした雰囲気に森が包み込まれ、そこでラギナは集中して五感を研ぎ澄ませた。
すでに相手の匂いは覚えている。僅かな痕跡も逃さないようにしているとそれは現れた。
(これは……!)
鼻腔から感じる微かな獣臭。それはモンスターとは違う、まさしくヒュルマ族のモノであった。
ラギナはすぐにその方面へと体の向きを変えて一気に駆けていく。
奴らとの距離が縮んでいっているのが匂いが強くなっていくので理解る。やがて川がある場所まで出るとせせらぎの中に奴らはいた。
「……!!」
「見つけた!」
見つけた相手は五人であり、それも黒いローブに身を纏っているが一人だけ忘れたことのない匂いを感じ取るとその一番奥にシャムラがいることが分かる。
何かをしようと準備をしていたのか、ラギナの出現は相手にとって予想外なようで驚きの様子を隠し切れないようだった。
「お前っ……!」
「シャムラ! 今度は逃がさん!」
「くっ!」
「待て!」
一番奥にいたシャムラが背を向けて逃げようとするのを見てラギナが声を荒げて追いかけようとしたとき、他の四人のヒュルマ族がローブから顔を出しながら襲い掛かってくる。
手には鋭く伸びた爪が川から反射した光でキラリと輝く。降りかかる爪による斬撃をラギナは後ろに後退することで躱していくが一匹のヒュルマ族が地面スレスレまで体を前に倒すように這い寄ってきた。
「シャーッ!」
軟体生物のような全身をうねるようにして迫るその動きはまさに奇怪であり、トリッキーなその攻め方は見る者を畏怖させてしまうほどだったがそれはあくまで初見での話。
ラギナはヒュルマ族のことをよく知っている。その知識は癪であるがシャムラと過ごした時期に知ったものであった。
「フンっ!」
目の前のヒュルマ族の動きに惑わされないように強い心で意思を固めつつ足を地面に踏み込んでいく。
地面を凹ませるほどの勢いは川の周りにあった砂利を衝撃で吹き上げられ、それが攻めてきたヒュルマ族の視界を塞いでいった。
「ぐっ……!?」
「ハアアアッ!!」
「グゥエッ!?」
ラギナの姿を見失いつつ振るった爪は空を切る形になり、ラギナはそのまま握り拳を作ってヒュルマ族の顔面に叩きつける。
頭蓋骨が割れるほどの勢いは一瞬で気絶させ、残り三匹になったのを横目で確認した。
「あと、三人……!」
「キエエェェェッ!!!」
仲間がやられても臆することなく攻めてくるヒュルマ族を見てラギナは両腕を大きく広げるとそのまま地面を蹴って逆に相手に飛び込んでいく。
ヒュルマ族のぬるりとしたこの動作は殴る蹴るなどではすり抜けられて回避されてしまい、逆に隙を晒してしまう。
故にラギナはそれぞれの手でヒュルマ族の顔をタイミングを合わせて掴み上げる。凄まじい握力にギリギリと軋む音と痛みに二人のヒュルマ族は爪でラギナを抵抗するように切り裂いたが、そのままラギナは掴んでいるそれぞれの手を思い切り体の真ん中へと閉じていった。
「ウボラハ!?」
ヒュルマ族がラギナの手によってサンドイッチのように挟まれたことで白目を向いて気絶する。
最後に迫ってきたヒュルマ族は両手が塞がっているのを見て好機と判断し、首を切り飛ばす勢いで迫っていくと、それを見越していたのかラギナの口が大きく開いていた。
「グオオオッ!!」
「なっ!? ギッ……!!」
足に力を込めたラギナは迫るヒュルマ族に跳躍していくと逆にそいつの喉に鋭い歯を立てて噛み咥える。
声帯を潰されたのかすでに口からは悲鳴の声すら発することなく、さらに溢れ出る血と痛みで再起不能になると倒れていった。
この間、二十秒も立たないという出来事であり、逃げようとするシャムラはまだ遠くまで逃げておらずその姿を隠し切れていないようだった。
「バ、バカな!」
「次はお前だ! ここで決着をつける!」
ラギナは四人のヒュルマ族を後にして逃げるシャムラを追う。
川の上流の方面に無我夢中で逃げるシャムラだったが視界に入っている以上、ウルキア族のラギナから逃げ切るのは容易ではない。
やがてその背後まで距離を詰めると、ラギナは鋭い爪を立ててその背中を縦に切り裂いた。
「ぐうう……!!」
「諦めろ! もう逃げられん!」
「くそがぁぁぁ! シャアアアッ!」
背中から血を吹き出しながらもシャムラは着ていたローブを脱いでラギナに向かって捨てる。
それを目くらましにしてシャムラは爪で彼の体を貫こうとした瞬間、逆にローブから何かが伸びるとそれがシャムラの体を貫いた。
「ぐっ……! カハッ……!」
ラギナの剛腕の先にある爪と手による貫手がシャムラの胸を貫いていた。
口から血を吹き出しながらもラギナの貫いた手を両手で忌々しそうに握っていると目くらましに使ったローブが彼の体から離れる。
これで終わり──かと思ったラギナだったが違和感を感じる。
それはシャムラが苦しみながらもニヤケ面をやめないでいることと、往生際悪いのが掴んでいるこの腕に力が全く落ちていない。
まるでラギナから離れないようなその仕草にラギナは嫌な予感がした。
「や、やってやったぜ、ボス……!」
「なっ……!?」
貫いたはずのシャムラの顔は火で炙った紙のようにメリメリと引き剝がされその正体が判明する。
シャムラだと思っていたそれは別のヒュルマ族であり、最後の力を振り絞るように腰から一枚の紙を広げて投げる。
ひらひらと舞う紙、それを見たラギナは直ぐに離れようとしたが死に瀕しているヒュルマ族は最後の力を振り絞ってラギナの動きを抑制していた。
「魔法書……【雷撃】……!」
雷牢の言葉と共にラギナの体に電撃が走り、それは瀕死であったが使用者のヒュルマ族もすぐに絶命させるほどの威力であった。
さらにその魔法書は今の一枚だけではない。
ヒュルマ族の詠唱と共にラギナの周囲を円を描くように設置されていた他の魔法書、発動した一枚に呼応してそれぞれから発した電撃がラギナに襲い掛かった。
「まだだ……、魔法書【雷牢】!!」
「うぐっ! 魔法書だと……!? 人間のものを……こいつら……!」
「ヒャハハッ、ざまぁ、みやがれ……」
「ぐうぅっ……!」
魔術が使えない人間が魔力の籠った特別な羊皮紙に特定の魔術言語を刻むことで道具として使用している代物をまさかヒュルマ族がやってくるとは予想外のラギナはその激痛を全身で味わいながら地に伏せてしまう。
恐らくシャムラに化けていたのも何かの魔法書だということを理解したころには意識は目の前のヒュルマ族と共に暗い闇に覆われていったのだった。




