第41話 それぞれの思惑
シャムラが攫っていたダークエルフの少女はエルフ族のクローディアの家に保護さてベッドの上で寝ていた。
すでにケガの処置は終えて寝息を立ているが、その顔に安堵はない。時折うなされているような苦しみの表情を見せており、心配するように付き添っていたミリアもそれに伝播して不安な気持ちなっていた。
「ね、ねぇ……クローディア。この子、苦しそうだよ……」
「この子の体にはいくつかケガはあったけど、どれもここの薬でなんとかなる程度だから大丈夫よ。それよりも、心の方が心配ね」
「心……?」
「この子に何があったのかはまだ知らないけど、触れたときに感じたのは沈むような心の感情だった。今は無事でも心がそうなってしまえば体はそっちに引っ張られてどんどん弱ってしまう」
「そ、それじゃあ……」
「あとはこの子の次第、ってことね」
「うぅ……」
ベッドで寝かされているダークエルフの少女の手をミリアは両手で優しく包み込んであげるが、その手は冷たくミリアの熱が負けてしまうほどであった。
そんなとき、ふと包んでいる彼女の手を見る。肌の色は近くにいるクローディアと比べると黒に近い褐色であり、透き通るほど白い肌とは対照的で髪の色も違う。
同じエルフ族なのにどうしてこうも違うのか。ミリアはその疑問に思わず尋ねるとそれを聞いたクローディアは少しだけ悩むと言葉を選ぶようにそれを答えていった。
「いつからかはわからないけどエルフ族は昔から二種類の肌がいたの。肌の違いには"色々な説"があったけどでも私の方の肌の数が多くて、いつの間にか彼女たちは別々で呼ばれるようになっていったわ」
「仲良し、じゃなかったの?」
「…………。エルフ族は少し内向的な部分があるから……」
「…………」
「でも私は差なんてないと思っていたわ。でもそんな考えは私たちの中では異端な方でそれを思ってても口にはできなかった。──だからここなら、もしかしたら一緒に暮らせる未来があるのかもしれない。そうなったらそれは素敵なことよね」
「……! うん……!」
クローディアの言葉にミリアは頷くと視線を寝ているダークエルフの方に戻していく。
早く元気になってほしい。彼女の願いが込められた両手はいつの間にか冷たさはなくなり、少女の熱が勝っていたのだった。
──「クキキキッ。今日もだいぶ儲かったなあ。ここに来るのは博打だったがこんなにボロい商売ができるなんて笑いが止まらん。クキキキキ……」
ミクス村の中、建物によって影になっている場所でリザード族のキッカが体を小さくして手の中にある金を数えていた。
今日の商売による売り上げを数えていたようで、儲けた分に気を取られていたのかその背後から近づいてくる存在にキッカは気が付くことはなかった。
「よぉ。中々景気がよさそうじゃないか」
「うっひゃぁぁっ!? だ、旦那っ!? なんですかも~脅かさないでくださいよぉ」
「だいぶ繁盛しているようだな。村の皆、特に行商人からは評判がいいぞ」
「へへっ。そりゃあもう……そっちでは見つからないモンばっか扱ってますからねぇ~」
「俺たちの方ではガラクタ程度の価値しかないはずのモノがな」
「……へへへっ、旦那~大目に見てくださいよ~。例えこっちでガラクタ程度の価値っつっても他で需要があればそれなりにするもんでさ。それに旦那たちが採ってきている薬草、あれには手ぇ出してないんですぜ? まぁちょっとした調合素材は被ってるときもあったけど……それはほらっ、そういうときもあるってことで!」
「そんなこと言わなくても変なことをしない限りはお前の商売を邪魔するつもりはないし、多少の目は瞑ってやるつもりだ」
「さっすが旦那! 話が分かって助かりますぜ!」
「それはそうと、だ」
ラギナは巨体を生かしてキッカの体を壁際に押し込んで片手を彼の顔の横に押し付ける。
壁を背にながらキッカは恐る恐る顔を見上げるとそこには敵意を向けているような猛獣の表情をしたラギナを見て思わず背筋が凍った。
「ななな、なんですかい!? いきなりこんなことして、あっしが何かしたって言うんですかい!?」
「悪いがお前はまだ信用しきれなくてな。一つ聞きたいことがある。それにちゃんと答えたらさっきの約束をしてやる」
「は、はひっ? ど、どうぞ……?」
「近頃、お前たち商人の中で奴隷売買を生業にしているヤツはいるか? 魔族も人間、その両方をしてるヤツだ。いたら話せ」
「……あ~っ、つまりは人攫いについてってことですかい?」
「そうだ」
「旦那……、それはっしの口からは言えませんぜ」
「ほー? 何故だ?」
「そりゃあ商人にとって商売するための品っつーのは命よりも大事でして……あああ、つまりですね、秘密っつーことです。だってバレたら価値なくなっちゃうじゃないですか! だから同類でもそういうことは話さないし、仮に組んでたとしても口は割らないですぜ。だ、だからあっしの耳の近くで爪をキリキリ音立てるのはやめてくだせぇ~。そんなことしてもあっしは絶対に口割りませんからねぇ~」
「商人のプライドってやつか?」
「そそそ、そうですっ!」
震える声で発しながらも見上げた顔には決意めいた表情をするキッカを見て嘘をついてないこということを知ると音を立てていた爪を鳴りやませると、キッカはほっと胸を撫でおろした。
「今の話、つまりはそういう商売をしているヤツがお前の近くにいるっていうことだよな? それはお前も噛んでいるのか?」
「そんなリスクのある商売なんてするわけないじゃないですか。まぁ確かにルートを確保すればめっちゃ儲かりそうな感じはするけど……それでもハイリスクですぜ。あっしならもっと安全で"軽いモン"をやりますわ」
「ほーん」
「なんですかその顔……。だ、ダメですぜ旦那!? いくら旦那でもこればっかはあっしが独占したいですからね!? ただまぁ、そうですね……。小耳に聞いたモンだと近頃そういう輩が獣の魔族で出てきたっつーのはありましたね。確かヒュルマ族の……」
「シャムラだろう。知ってる」
「あっ、そうでしたか。しかしいいんですかい? シャムラって確か旦那の仲間にいた奴でしょう? 最後までいれば四英雄が五英雄になってかもしれないヤツだったのに……」
「あいつのせいで穏便に済ませた事に余計な犠牲を出させたんだ。当たり前だ」
「──ってぇことは、今回の事件は旦那を見るにあいつらの仕業、みたいな感じなんですかね? かーっ! なんともまぁ面倒な相手が出てきましたねぇ」
「もういいぞキッカ。お前がそういうことをしてないと言ったがもしそれをしたと分かったら……解るよな?」
「へ、へい……心に刻んときやす……」
ラギナはキッカを解放すると、彼の体を通り抜けてそそくさと逃げるように離れていく。
威圧で腰を抜かしたのか、どこか間抜けな足取りのキッカを眺めつつラギナはシャムラと別れたときの事を思い出していった。
あの時、ラギナともう一人、黒い毛に覆われたウルキア族のヴァルゴと旅をしていた中で出会ったのがシャムラであり、彼はヒュルマ族の里から追い出され途方に暮れたところをラギナが手を差し伸べたことがキッカケだった。
シャムラの実力は当時の二人と"タメ"を張れるほどであり、特に素早く柔軟な動きによる遊撃に特化した攻撃は戦力としては申し分ない。
だがある日、別々の獣の魔族が衝突しようとした時にラギナとヴァルゴはその仲介役として入ろうとしたが、あろうことかシャムラはその中でモンスターの大群をおびき寄せたことで衝突寸前の場を更なる混乱をもたらした。
両陣営はその対応によって疲弊し、結果的には二人の間もあったことで部族の間での紛争までには至らなかったがそれでも無駄な犠牲は出たのだ。
『お前ッ! 一体何考えているんだッ!?』
『な、なんだよラギナ……。俺は至って効率のいいことをしただけさ』
『何が効率だ! お前が手出ししなかったらこんなことには……!』
『だけどこれであの二つはお前たちウルキア族よりも力は落ちたぜ? お前たちにとって好都合じゃないか? シャラララ……』
『ぐっ……!』
『落ち着け、ラギナ』
『落ち着けだと? 無理に決まってるだろ! こいつのせいで……!』
『いいから……っ!』
『……っ!』
シャムラの胸倉を掴み上げ、今にも空いた手で八つ裂きにしようとするラギナをヴァルゴの手が掴んでそれを止める。
そこに込められた力は強く、それは今回のシャムラに対しての怒りによるものだと知るとラギナは舌打ちをしながら手を放していった。
『悪いが俺もお前を許すことはできない。俺たちの前から失せろシャムラ』
『なんだって? ヴァルゴ、テメェもかよ。……ッケ、甘ちゃん共がよぉ。お前ら世の中小さく見てねぇか? お前らが言ってた今の魔族の世界をどうにかするっつーモンに俺も共感したのによぉ。こうでもしねぇと変えられねぇっていう現実もあるって知らねぇのか?』
『二度は言わねぇ。今すぐ消えなかったら俺たち二人でお前を殺す』
『……後悔すんなよ。糞どもが。シャラララ……』
「──……過去の清算をしなければならない、ということか」
シャムラは捨て台詞を吐いて何処かへ去った後、百年戦争が終わるまでラギナたちから姿を見せることはなかった。
あれから時が経ち、シャムラは再び自分の前に姿を現した。自分の影に隠されている血塗られた過去から逃れられないことを思い知ったラギナは呟いた言葉を胸にしっかりを刻み込んで空を見上げたのだった。
──……魔族の地、どこかの洞穴の奥にヒュルマ族を率いるシャムラたちはいた。
今回の件で自分たちの存在がバレたことで依頼者から"お叱り"の通達によって行動を制限されており、今は木の実を肴にして酒を吞んでいた。
「しかしラギナが近くにあった村にいるとは……予想外でしたねボス」
「ああ。あそこはいい通過点になると思ったがな……。最近はちょっと派手にやりすぎて上の奴らもキレてるし面倒になっちまって。ま、仕方ねぇさ。そういうときもある」
「そこなんですがボス、さっきこれが届いて……」
「ん……?」
寝そべっているシャムラに一人のヒュルマ族が手紙を渡してくる。
封蝋を鋭い爪で切り、片手で雑に広げて中身を見てみると、その内容に初めは眠そうな表情をしていたが少しずつはっきりとした顔になっていくのをヒュルマ族たちも感じ始めていた。
「それも小人からですか? 一体なんて……」
「…………。シャララ……お前たち、仕事だぜ」
「おっ? もう動いていいんですかい?」
「ああ、この一件が片付けば俺たちの身の安全を保障してくれるってよ。やっとかよ。シャラララ」
「内容は一体……?」
「ん? ほれっ」
シャムラは手紙を折りなおした後にヒュルマ族に投げ渡すと、それを広げたヒュルマ族に他の者も寄って内容を確認していくと、それを見たヒュルマ族たちは次々とニヤリと笑っていく。
「こんなんでいいんですかね? 俺たちの得意分野だぜこれ。楽勝だな」
「シャラララ。まぁ慌てるな。まずは準備でそれも入念に。この仕事は確実に成功させなきゃいけない」
「あ~、ラギナってヤツもそこにいますからね」
「そうだ。シャラララ……。俺をコケにしやがってあの野郎。後悔させてやるぜ、シャラララ……」
シャムラは手に持った木の実を口に含み、堅い外皮を鋭い歯で噛み砕いて租借しながら笑っていく。
洞穴の中でシャムラの不気味な笑い声が響き渡り、それにつられるようにヒュルマ族も笑っていったのだった。




