第40話 ヒュルマ族のシャムラ
日が落ちて夜の暗い世界が広がる森の中、魔族の地で長く生きてきたであろう樹木の太い枝を足場にして飛んで進んでいく集団がいた。
彼らの体はローブによって全身を覆い隠しており、月や星による光が僅かしかない闇夜も相まってその正体を知るのは困難であった。
だが先頭を走っていた者が何かに気が付き、突然止まるとそれに合わせて付いてきた者たちも足を止める。
止まった場所とその先には間があり、そこは月と星の光がこの深い森の中に割って入るように降り注いでいるそこに先頭の者はこの先にいる存在に気が付いたのだ。
「勘のいい奴がいるな」
止まった集団はすでに警戒している。相手に気づかれてしまった以上、潜む意味がなくなったのを見て影から姿を現したのはラギナであった。
降り注ぐ光によって彼の白毛が淡い輝きを放ち、それは暗いこの場では美しく目立っていた。
「ウルキア族……。しかもその毛の色は……!」
「俺を知っているのか。ならば話は早いな。悪いがお前たちに用がある」
「こっちにはお前に用などない。そこを退け」
「いや、退かん。何故なら人間側で面倒ごとが起きてな。それがお前たちの仕業だと俺は疑っているからだ」
「なんだそれは? 意味の分からないことを……証拠でもあるのか?」
「ヒュルマ族は他の魔族よりも追跡や潜伏の能力に長けているのは知っている。熟練の者なら俺たちウルキア族の鼻ですら欺くほどにな。だがお前たちが行動を起こしたあの場所でほんの僅かだがその痕跡を見つけた。それにこの一帯は人間と魔族の境界線ギリギリの場所だ。近づけばどちらにも目がつけられるリスクがある場所に普通はこんな所を何度も近寄らん。いるとすればお前たちみたいな不審な奴しかいない」
「……ッチ」
「……すでにバレてるんだ。黙っていても誤魔化せんぞ、ヒュルマ族ども」
ラギナが戦闘の体勢に入ると、それを見たヒュルマ族と呼ばれた者たちも更なる警戒をする。
相手は一人だがそれが四英雄となれば数が多くても分が悪い。一触即発の瞬間、夜風が森の中に吹いたとき、その流れに身を任せるようにラギナに近づいてナイフを立てた者がいた。
その動きは速く、距離を取っていたはずなのに一瞬で間合いを詰めてきたヒュルマ族のナイフを間一髪、右手で刃を強く握りしめてそのまま引かせないようにする。
ヒュルマ族も掴まれたナイフを見て足をラギナの肩に踏むように乗っかるとお互いの身動きが取れない状態になる。
掴んだナイフの刃が握った手でギチリと音を立てていると、攻撃してきたヒュルマ族はニヤリとフードの中で笑った。
「シャララララ……。先に行かせた奴らがビビッて動かねぇと思って襲ってみたら久しぶりじゃねぇか。ラギナよぉ……っ!」
「その声、お前は……!」
こちらの名を呼んだその声に聞き覚えがあったのを知ると思わず掴んでいた手の力が緩んでしまい、相手はすぐに蹴り飛ばして彼から距離を取る。
月と星の光に照らされた場所に着地したそれはゆっくりと空いた手で頭のフードを脱ぐとその正体が見える。
その顔は猫の形をしており、頬には長く伸びた細い髭があり、目は夜に合わせて瞳の形が変わっている。
毛の色は黒、白、茶色の三毛であり、体付きはウルキア族のラギナに比べて小さく華奢だった。
口元は緩んだように見えるがそれは油断を誘っているようにも見える。
現に相手はその口を三日月のように歪ませて独特の笑い声を発していた。
「シャムラなのか……!?」
「ほー、俺の名前覚えてたんだ。四英雄様にとって俺みたいな奴は記憶から消したと思ってたぜ」
「お前とは"色々"あったからな。覚えているさ、嫌でもな」
「ハッ! 何言ってやがる。俺がいなかったらお前たちの旅は終わってた癖によぉ~。しかしまぁ、まさか出しゃばってくる奴がお前とはねぇ」
「これは俺だけの力じゃない。お前たちを見つけるのに丸三日で済んだのは人間たちが協力してくれたおかげでもある!」
「あ~? 人間に頼ったのか? お前バカじゃねーの? 前にいた"イカれた"お仲間を使えば俺たちのことすぐ分かったんじゃねぇのかぁ?」
「……俺はアレには頼らない」
「シャラララ! お前はホントーに魔族っぽくない、そういうところがあるよな」
「くだらん話はもう終わりだ。人間側で騒ぎを起こしたのがお前なら容赦はしない!」
ラギナが体勢を変えて今にも襲い掛かりそうな状態になると、その威圧にシャムラ率いるヒュルマたちは思わず身を引いてしまう。
だが一人、彼を知っているシャムラだけはその圧に屈さず飄々としており、そして冷静に後ろに目をやりながらもラギナを警戒していた。
「今のこの状況、流石にお前と戦るのは無駄だ。今回は退かせてもらうぜ」
「逃げ切れると思っているのか? 匂いと正体が分かったんだ。地の果てまで追うぞ。特にお前にはな」
「シャラララッ! おーおー、お熱いこって! だがテメェから俺たちは逃げれるぜ。──そらよっ!」
シャムラは手で合図を出すと後ろから大き目の袋が投げ飛ばされ、それをシャムラはラギナの方ではない明後日の方向に強く蹴り飛ばす。
ラギナは一瞬、目でそれを追った。こちらではない方向に飛ばされるその袋は蹴り飛ばされた衝撃で凹んでいたが、それよりも何かが動いているようにも見える。
明らかに物ではない何かが入っているという事に匂いで気が付いた時、ラギナは急いで足を蹴ってそこへ飛んだ。
袋は樹木に衝突する手前、ラギナは空を蹴ることで間一髪で片手で抱きかかえるともう片方の手で樹木の皮に爪を立てて引っかけながら落ちていく。
上を見上げるとシャムラたちはすでにそこから去っているのが見え、袋のこともあって追跡は困難だと判断するとそのまま地面まで下りて行った。
「こ、これは……!」
抱きかかえた袋の感触はやはり物ではないことを知ったラギナは急いでその口を開いて中身を見る。
そこには薄い布一枚から見えるのは黒よりの褐色の肌に淡いアプリコット色の髪の毛と長い耳が特徴的な魔族、ダークエルフの子供が入っていた。
シャムラに蹴り飛ばされた痛みで体を九の字に丸めており、その威力は当たり所が悪ければこの少女は危なかったことを意味しており、ラギナはシャムラに怒りを覚えつつ急いでミクス村へと帰っていった。
──朝、ミクス村に戻ったラギナはクローディアの元で保護したダークエルフの子を預けると起きた事をリンゼルの家で彼女に報告する。
ゼニス卿を殺したのはヒュルマ族を率いたシャムラで間違いないと判断したが、それとは別の問題が二人の頭に浮上していた。
「ラギナの話を聞く限り、ダークエルフの子を攫っていたということなの?」
「恐らくそうだろう。だが同じ魔族を浚う理由が俺にはわからん」
「……もしかして」
「何か分かるのか?」
「いや、……これはあまり考えたくはないけど、彼らがこっちの方面に向かっていたということは彼らにとってあの子は"重要だけど自分には必要じゃなかった"ってことじゃない?」
「──……っ! まさか……」
リンゼルの敢えて濁した言葉の意味をラギナは察する。
要するにダークエルフのような存在を欲していた存在が人間側にいた、ということだった。
こんな反吐が出るような考えをしたくはなかったがラギナはそれを否定出来ない。
何故ならすでにカルラがそれを匂わせる発言を聞いている以上、他の者もそういうことをしている可能性あったからだ。そうでなければ彼女の元で人間があんなにいるわけがないのだ。
つまりは人間と魔族、裏では攫いあっている可能性が出てきたということだった。
真実に近づいたことで気を落とすリンゼルだったが当然、カルラのことは彼女は知らない。
そんな彼女の様子にラギナは胸が締め付けられるような気分であった。
「……ごめんなさい。その、本当に……」
「い、いや、大丈夫だ。悪いのはそいつらだ。お前が気に病むことじゃない」
「そう言ってくれると助かる……。それで、シャムラという魔族はどういう関係なの?」
「あいつか……。あいつは昔、俺の仲間だった時があった。だけどシャムラは手段を選ばない性格でな。というかヒュルマ族がそういう性質みたいなのを持っているんだ。基本的に傍観な立場にいて有利な方につく。そしてついたのが不利だと判断するとすぐに切り捨てる。そういう奴らなんだ」
「なんか本当に嫌ってるね……。声がそういう感じだった」
「昔からウルキア族とヒュルマ族は合わないんだ。性なのか知らんが見るだけで嫌悪感が出てくるヤツもいた」
「それでも仲間の時があったんでしょう?」
「俺が人間の血を引いていた、ということもあったんだろう。確かにあいつは頼りになった。だがそれ以上にあいつのやらかしたことは大きかった。だからその時に仲間の前から失せさせたんだ」
「それじゃあ貴方に恨みを持っている、ということもあるわけか……」
「さぁな……。だがこの事件の犯人があいつと分かった以上、こっちも容赦はしない。あいつの裏にいる奴らも吐かせなければな」
「こっち側は私に任せて。とはいっても、真実に辿り着けるかどうかは……」
「それでもやろう。進まなければ何も始まらん」
ラギナはそういうと書類まみれのリンゼルから去って彼女の見えない位置までいくとその目に怒りを灯していく。
それによって体の内から滾る熱に動かされるように、ラギナはある場所へと向かっていったのだった。




