第39話 影の匂いを追え
バード公の城の中、円卓の間でその主とリンゼルはすでに席についており緊張した様子で互いの顔を見合わせる。
すでにゼニス卿の事については二人の耳に入っており、それについても対応しなければならなかったがそれよりもこの部屋にある人物が来ることに間が悪いと感じていた。
やがて靴の足音が近づくと共に扉が開かれるとそこには鎧の各部位に宝石を埋め込んだ騎士とその隣には聖職者のローブを身にまとい白い髭が長く伸びている老人が入ってくるのを見て二人は立ち上がると彼らに向かって一礼をした。
「お、お久しぶりですワドルネ聖騎士団長殿。それにこの遠い場所にクロウ先生まで」
「久しぶりですバード公。前に会ったのは聖都でかな?」
「はい。隣のリンゼル殿と一緒の時でした」
「お久しぶりです騎士団長。お元気そうでなによりです」
「お前もこの辺境な地に飛ばされてどうなったと思ったが、意外と図太く生きていそうだな」
「それなりに……」
「まぁまぁワドルネ殿。こちらは"そういった事"をするためにここに来たのではないのですから」
「失礼しました。クロウ殿」
聖職者のクロウに詫びの一礼をした後、二人は席についたのを確認してリンゼルとバード公も続いて座っていく。
沈黙の中で再び訪れた緊張の空気が張り詰めていき、この円卓で最初に口を開いたのは聖職者のクロウであった。
「ではバード公、例の村の件について進展はどうでしょうか? 何か問題などありましたか?」
「いえ、特にはないようです。今はいくつかの魔族と他の村がモンスターに襲撃されたことで避難してきた者たちで暮らしていると彼女から報告を聞いています」
「ここからは私が説明します。──こちらと比較的友好的な魔族以外もいるとはいえ、大きな摩擦も今のところは確認されず、最初は抵抗のあった者たちも徐々に受け入れているようです。この状態が安定すれば他の場所からそこに入植しやすくなるのも難しい話ではなくなるでしょう」
「なるほど。それは素晴らしい結果ですね。魔族と人間の共生という難しい話だったのが夢物語ではなくなる。これは平和を望む教皇様もお喜びになられるでしょう」
柔らかな物腰と優しい口調で話す聖職者クロウにバード公は安堵の息を漏らす。
ここで成果を出さなければ後ろ盾がセフィリナ聖教会しかない彼にとって力を失う可能性もあり、それは貴族たちにとってこちらを蹴落とす又とないチャンスである。
聖教会にいいように使われていることは薄々感じてはいるが、それでもあの貴族たちの傀儡にされるぐらいだったらマシであった。
「本来であればこの段階でそちらの村に女神セフィリナの像を建てようと思っていたのだが……何やらよくない事を耳にしてまして……」
「……!」
「ゼニス卿の事だ。そちらもそれは知っているであろう?」
「え、ええ……。残念な事です」
「それについてだが、その犯人が魔族の仕業ではないかという疑いがある。本来こちらに侵入できるわけがない魔族と考えるのが自然だが……。そっちには例の村があるだろう?」
「お、お言葉ですが騎士団長。それについては可能性は低いかと。何故なら共生を望んでやってきた彼らたちがわざわざそういうことをするなんて考えられません」
「それは君の主観での話だろうリンゼル? こちらとしてはまだ魔族という存在を信用しているわけではない。魔族側からそういった刺客が入り込んだ可能性だってあるのだ。場合によっては……」
「落ち着いてくださいワドルネ殿。まだ犯人が誰かと決まったわけではないのですから。ですが今回の事件、カラカルド領で力のあった貴族が殺されたというのは目を瞑れるものではありません。そちらの貴族たちの力関係にも影響するでしょう。そうなれば治安は悪化し民たちは苦しんでしまう。事件の解明を一刻も早くしてほしいものです」
「わかりました。全力を尽くしましょう」
「解決するまではワドルネ殿がここに一時的に滞在してくれるようです。何かあれば力を貸してもらいなさい」
「その心遣いに感謝します。クロウ様」
「はい。それでは私はこれで……」
聖職者のクロウとワドルネが立ち上がるとそれに釣られるように二人は立ち上がって一礼をするとクロウを見送る為に彼らは部屋から出ていき、気配が消えたのを知るとバード公は大きく息を吐きながら腰を深めに座りなおした。
「はぁ~~~~。なんて間が悪いんだ。まさか聖教会の者が来るタイミングでこんなことが起こるなんて……」
「心中お察しします。こちらとしても村が良くなってきた時にこれですから……。それにしても聖教会の者がわざわざ訪ねてくるなんて……」
「百年戦争の頃に比べて今はセフィリナ聖教の信仰が薄れているからだろうね。魔族という共通の敵がいなくなって、東の方でもそうだが特に西側は残された者たちは今も税などで食べ物すら必死になってる。だから少しでも信仰を取り戻すために女神像を建てるのに必死なのさ。あれは皆を安心させるための象徴だからね。魔族とのいざこざを終わらせたと思ったら今度は人との争いだよ」
「……もしかして今の聖教会の動きは東の王都で起きていると言われているミリオス王の後見人争いも関係しているのですか?」
「……あまりそういうことは深く考えないほうがいい。我々如きが変に藪をつついた結果、出てきたのが蛇以上の何かが出てくれば……。君も似たような経験があるだろう?」
「……わかりました」
「さて……私は部屋に戻るよ。胃が痛くてね……少し休まないと……。イテテテ……」
──ゼニス卿が殺された現場に到着したラギナとモログ、そして監視役のゴルゴダス兵と共にその周辺の調査を開始していく。
現場は整備された街道の横、西よりの方面は木々が生えており今は明るいが暗い時間帯になると見通しが悪い場所であり、東側は草原地帯である。
街道の真ん中には被害にあった馬車と護衛の死体があり、すでに野犬と追剥たちの手にあったのか彼らが身に着けていた貴金属など金になるものは奪われて体も荒らされた形跡がある。
先に見つけたであろう調査部隊によって亡骸には聖粉が撒かれたことで清められたそれらがアンデッドのモンスターになることは防がれてはいるが、それでも彼らに敬意を感じさせない無残な光景には魔族であるラギナも嫌な気持ちになっていた。
「惨い状況だな、これは……。魔族の方でも似たようなことは起きるがここでも同じなのか」
「貴族の身に着けているのは金になるからな。治安が悪化しているなら猶更。皆生きるために必死なんだ」
「どっちも根っこの部分は同じってことか」
「しかし本当に酷いな……。匂いもキツイし場も荒らされている。本当に何か分かるのか?」
「すまんが確証はない。だがそれでもこっちが疑われている以上それを晴らさないとな。それにウルキア族は鼻がいい。こんな状況だがもしかしたら見通した部分があったかもしれない」
「頼もしいな。任せたぞラギナ」
ラギナは人間といえども死体に敬意を表して出来る限り丁寧に触れて現場を確認していき、モログは監視役のゴルゴダス兵に今までに分かったことを彼に伝えていく。
ゴルゴダス兵の話によると事件は一昨日の夜であり、それはここを通った行商人による証言らしい。
ゼニス卿の護衛兵は聖律機関の騎士団ほどではないが百年戦争による影響と魔族との地が近いということもあって西側の兵士は他に比べて実力がある。
故に適当な賊程度では簡単に返り討ちにしてしまうほどであり、仮に賊ならばかなりの手練れということであった。
「モンスターによるものではないな……。仮に彼らを倒すほどの強いモンスターの出現ならこちらにも耳に入るはずだ。偶々その時に姿を現したとしてもそれならモンスターの痕跡が残るはず。……人の手というのも可能性が出てきたな」
「どういうことだ?」
「ゴルゴダス領の傭兵都市。この世界にいる以上、あそこの噂を耳にしない者はいない。それぐらい実力がある者たちが"溢れた"ことで旅団になった可能性もあるだろう」
「疑っているのかこちらを? 貴様」
「あくまで可能性の話だ。そちらも賊がそうなって対応に追われているのは間違いないだろう?」
「…………」
険悪な雰囲気だが疑われている以上、こちらも牽制しなければならない。
モログとゴルゴダス兵、この事件の真相を解明しない限りはこの空気が晴れることはないだろう。
そんな中でラギナは殺された首のないゼニスとその上に覆いかぶさっている護衛兵の死体を確認していく。
(これはどういう状況だ? 上にいるこの人間は首が折られていて下の人間は切断面からして撥ね飛ばされている。下の人間は逃げようとした跡……、他の死体は抵抗する暇もなく即座に殺されているようなのに、コイツはすぐに殺されたワケじゃないのか。この殺され方に違いがあるのは引っかかるな。それに……)
「モログ。この死体について聞きたいんだが……」
「どうした?」
「この下の人間の首は何処だ?」
「ゼニス卿のか。それだけはすでに回収して卿の家の方に送られた。状況が状況だからな」
「なるほど……」
「ラギナの方はどうだ? 何かわかったか? 匂いとかそういうので……」
「残念だが死体とそこから変な匂いが混じったせいで難しくてな」
「聖紛のことか。それは勘弁してくれ。こうでもしないと死体がモンスターになってしまう」
「だが見つけたぞ。ほんの僅かだが……」
「本当か!?」
「ああ、ここだ」
ラギナは現場に転がっている死体の間、その地面に向かって指を示し、モログとゴルゴダス兵はそこに駆け寄ってみてみたがそこには硬い地面しか見当たらず思わず顔を顰めた。
「……何にもないぞ?」
「この場所、他の奴らが来たせいで足跡の匂いがたくさんある。その中で不自然な匂いが"ここ"だけある。もしかしたら他にもあったかもしれないが足で踏まれて消えたかもしれんが、ともかくここにその匂いを見つけた」
「本当か!? つまりそれはなんだ?」
「結論から話すとこの匂いは魔族のモノだ。この足跡の匂いの形からして獣の魔族の可能性が高い」
「それじゃあ、やはりお前たちの仕業じゃないか」
「まだ話は終わってない。俺たち魔族は基本的に自分たちの住む領域から出ることはない。特に俺のような獣の魔族はもっとだ。仲間意識が強いからな」
「移住するとか、そんな感じになった可能性は?」
「否定はできない……が、わざわざそいつらがここまで来る理由も見つからん。適当な理由でそんなことはしないからだ。だが一部の魔族だけは"それ"をする……」
「それは……?」
「【ヒュルマ族】……。魔族の中にはそのしがらみに囚われない者たちもいる。獣の魔族の中ではそいつらしかいない」
ラギナは立ち上がると森の方を見つめると歯を強く噛み締める。
ミクス村は関与してはいなかったが魔族の仕業だったということにラギナの心は締め付けられるような気分であった、




