第3話 混血魔族と謎の魔族
ロミナ大陸のとある村、森が広がる山の入り口の手前に建てられた場所にラギナは暮らしていた。
元々ここは森に入るための道具を入れておく納屋であったが前に訪れた調薬師のダンケルが他所からやってきたラギナに好意的に譲ってくれた物件である。
少し大きめで建てられたそこは巨体であるラギナが暮らすには丁度良く、肉体仕事など定期的に村の手伝いをすることを条件にここに住まわせている状態だった。
村のはずれではあるが魔族のラギナにとっては行き来に苦労することはなく今日も村から家へと帰ってきた。
「ふぅ……」
「おかえりなさい」
玄関を開けるとそこには元気になっているミリアの姿が目に入る。
あれから数日が立った。重症だったはずなのに今では家の中を歩く程度には回復しているミリアの姿はあの重いケガの面影を感じさせないほどであった。
「あぁ。ただいま」
「人間のほう、に行ってきたの?」
「前から言われてたからな。約束は守らないと怪しまれる」
「ふ~ん……」
手に一杯の食べ物と貨幣の入った袋が握られており、ラギナは一旦貨幣の方を戸棚の方に持っていくと中にあったもう一つの袋に中身を移していく。
雑に置かれてはいるが移されたその袋は少し膨れており、前に人間との話を聞く限り彼らと良い関係なのがいうのがそれで分かる。
貨幣を移し終えると大きく息を吐きながら椅子に座るラギナは人の姿をしており、ほんの少し疲れたような表情をしていた。
「本当は薬草届けるだけでもっと早く戻ってこれるはずだったが、村の人たちに捕まってな。ちょっとの手伝いと婆さんたちの世間話に付き合わされた。それに食いもんもこんなに……一人じゃちょっと多いな」
「そう、なんだ。お話、どんなの?」
「俺は今も人間の世情は知らないことだらけでな。いろんなことを婆さんたちは嬉しそうに俺に教えてくれる。まるで孫みたいってこの見た目で言われたよ。それよりもミリア、家にちゃんといたか?」
「うん。大丈夫」
「そうか。それならよかった」
ミリアの姿は魔族であることが明白であるため外に出て村の人に見つかれば騒ぎになってしまう。
だからと言っていつまでも隠し通せるとはラギナは思ってはいないが、今すぐ行動しようにも彼女の体力などが万全ではないためもう少しここで休ませる必要があった。
「ラギ、その……」
「ん……?」
「どうして、ここにいるの?」
服の裾を握りながらそれを口にするミリアの疑問は当然であり人間と魔族、それぞれが関わることのないように棲み分けされているこの世界でラギナのやっていることは異常であった。
それを聞いたラギナはゆっくりと魔族の方に姿を変えつつ椅子に座ると静かに深呼吸をして口を開いていった。
「ここに──か。そうだな。確かにそれを思うは当然か」
「…………」
「単純に俺は魔族というのがあまり好きじゃないんだ。この成りだからな、生まれてから色々あった……。事が終わって、この世界を充てもなく彷徨っていたら薬を作ってくれるダンケルっていう奴に出会ってな。モンスターに襲われている所を人の姿で助けたんだ。そしたらそれに恩を感じたらしくて……という感じだ。住まわしてもらっている身だがここは本当に良いところだ……」
「そう、なんだ……」
「…………」
ミリアの反応を見るにやはり人間に対して警戒心が強いように見える。
それは魔族という種族的な警戒というよりも何か別のような感じがしたが、それよりもラギナは彼女の事についてほとんど知らないことの方が問題だった。
ミリアも自分の事についてはほとんど覚えておらず自分が魔族だということ以外については知らないらしい。
それを踏まえて改めて彼女の容姿を見てみる。体型は子供の人間であったがやや明るい青い肌にベージュ色の髪の毛。そしてこめかみにある耳は少しだけ横向きに尖るように伸びておりそのすぐ上には小さな黒い角が左右に前に伸びている。
最初は瞼をほとんど瞑っていた為に気が付かなかったがその目の結膜は黒く、その中心にある瞳は少しだけ濃い緑色であった。
人の形に近い魔族は存在はするが青い肌という分かりやすく特徴的な外見なのにも関わらずラギナの記憶を辿っても彼女がどんな魔族なのかすら分からずにいた。
(やはりこの姿の魔族は思いつかんな。しかもあんな状態で何故に崖の下にいたんだ? 落ちてきたと考えるのが自然だがそもそもあそこは人間の場所だ。俺のような変な奴みたいなのが暮らしてた……なんてのはあんま考えられんし、そもそもあんな場所に住んでいたならすでに俺が知っていてもおかしくはないはず……。ううむ……)
「ど、どうしたの?」
「ん? ああ、そろそろ昼時になるだろう? 飯のことを考えてた」
「そっか。もうお腹ペコペコ……」
「婆さんたちがいっぱい飯くれたからな。ダメになる前にそれを食べるか」
「……! うん!」
ミリアの暗かった表情がパッと明るくなったのを見てラギナも少しだけ気持ちが温かくなる。
彼女の正体については体が完全に治ればいずれ分かる予定だ。そう思うと彼女を探る気持ちもなんだかバカバカしく思いながらミリアと二人で食事を始めていったのだった。