第38話 魔族の性
荒れ果てた荒野。砂埃が舞うせいで遠くは見えないが魔族と人間、お互いが殺しあっている影だけが見える。
その中で赫百を纏う獣と大剣を構えた騎士がの両者が睨みあって対峙していた。
互いの面識はなく、これが初である。だが彼らの耳にその相手の事は届いており、そしてそれが今目の前にいるということは直感で理解していた。
「その赤と白が混じった気。赫白の異名を持つウルキア族のラギナというのはお前だな? 噂は聞いているぞ。この戦争で他の魔族を率いている奴がいるとな」
「グルルルル……。ウウウウウッ!!!」
「言葉も喋れないほど理性が落ちているのか? ──ならばお前の獣性にこの剣を刻み込んでやる。我が名はローラン。聖律機関のマスターナイトにしてお前を倒す者だ!」
ローランと名乗った騎士は大剣に聖力を込めると刃が光り輝き、その状態で円陣を描くように振るうとその切っ先から光の剣が発現していく。
魔族にとって聖力は天敵である。しかもこの光の剣は見ただけで怖気づくほどの力を内包しており、剣の刃に触れるだけで重傷を負ってしまうと予感させるほどだった。
だがラギナは臆さなかった。理性を捨てたというのもあるが、それに以上にこの戦争を終わらせるにはこの男を倒さねばならないと理解していたからだ。
ローランが構え、ラギナに突撃すると共に降り注がれる光の剣の切っ先が眼前に迫った瞬間に目の前の景色が光に包まれていった──。
「ううぅ、……──ハッ!!?」
ベッドの上でラギナの目が開き、その先にある天井の景色を見て思わず安堵する。
先ほどまでの光景は過去の記憶が再現された夢であったのを知ると大きく息を吐いて顔に手を当てると近くで寝ていたミリアが心配したような顔で覗き込んでいた。
「ラ、ラギ……大丈夫……?」
「あ、あぁ……。平気だ。ただの、夢さ……」
「で、でも凄く苦しそうだったよ……」
「……っ」
ミリアに言われて気が付いたがラギナの体が汗が吹いており、息もまだ整っていないことに気が付く。
獣であるラギナは毛を纏うために汗は手や足の先から出すことがほとんどで体から汗をかくのは人間の姿であるにも関わらず、今の彼の姿は魔族の姿なのに体から汗が噴き出ている。
原因は先ほど見た夢のせいということをラギナは思っていると外はまだ暗く、その空気からして朝日が出る手前だと知ると心配してくれたミリアを安心させるために頭を撫でて寝かしつけると、気分転換に外へと出た。
「ふぅ……」
熱した体に噴き出した汗が冷たい夜風に当てられ、少しずつ冷えていく感覚を覚えながらラギナは一息つきながら両手を見る。
記憶の奥底に押し込んだはずのそれがフラッシュバックし、目に見えないがそこには夥しいほどの血と匂いが幻覚として現れていた。
獣性と理性の狭間で葛藤する彼を楽しんでいたカルラもその力には目を見張るものがあり、そしてそれはあの戦争で思う存分発揮された。
縦横無尽に戦場を駆け回り、抜山蓋世の如く暴れまわったこの力は解き放つのは危険だが、魔族の力を求める性がある以上その魅力は常に誘惑してくる。
そしてそのツケは今こうして回っていることにラギナは深いため息をついた。
あの戦争で対峙した聖騎士ローラン。彼がまさかリンゼルの父親でその命を奪ったのは自分であることにラギナは悩んだ。
このことを彼女に打ち明けるべきなのか。自分にできる贖罪は何なのか。答えの見つからない闇にいるような感覚だが、ふとラギナの目に光が差し込んでくる。
朝日が地平線から昇るその光景は今日が訪れたことを告げる。自分がいくら苦しもうが世界は回り続けていることをこの太陽が答えているようにもラギナは感じていたのだった。
──あの後、結局眠れずに過ごしたラギナは朝食を終えた後、外では人々の働くのを見て今日も変わらぬ一日が始まろうとしていた。
リンゼルに父親のことを話すべきだろうか。そんなことを思っていると村の外が騒がしいことに気が付いて視線を向けると、そこには見知らぬ兵士たちが馬に乗ってここに訪れていた。
彼らに対してモログが対応しており、遠目で見る限りこちらに危害を加えるつもりはないようだが彼らから発する敵意を感じ取るとラギナもそこへ向かっていった。
「一体何の騒ぎだ?」
「ウルキア族か……。お前みたいな魔族もここにいるとはな」
「む……」
「ラギナか。ちょっと面倒なことが周辺で起きたらしくてな……」
「何かあったのか?」
「我々はゴルゴダス卿の命でここに来た。こちらの領土内でゼニス卿が何者かに殺されたのだ」
「なんだと? 賊の仕業じゃないのか? 最近多いと聞くが……」
「ゼニス卿は護衛もつけていたのだぞ。その辺の馬の骨どもでは相手にもならん。ゼニス卿はそっちに戻られるときに殺されている。ならばそれはお前たちの仕業の可能性も否定はできんだろ」
「ちょっと待ってください。それはいくら何でも話しが飛躍すぎませんか?」
「じゃあ誰がゼニス卿を襲ったというのだ? 聞けば卿はこの村自体はよく思っていなかったらしいが……。魔族のお前たちがやっていないという証拠はあるのか?」
「目撃者はいないのですか? 他にはその痕跡とか……」
「すでに現場は追剥ぎ共のせいで荒らされている。それに痕跡も見つからなかった。暗殺者であれば余程の手練れだがこんな辺境の地に向かわせる物好きなんかいるもんか。だからお前たちが怪しいのだ」
「……なるほど。モログはその現場をもう見たのか?」
「いや、まだだ。今初めて聞かされたからな」
「ならば俺たちも自分の目で確かめるべきだな。疑っている俺たちを罰するにはまだ時間はあるだろう?」
「この魔族が、何を言っている。すでにお前たちは黒で見られてるんだ。命令があればこの村なんてすぐに潰せるんだぞ。それともなんだ、逃げるための時間稼ぎでもするつもりか?」
「その口ぶりだと行って見てもよい、ということですか? 兵士長殿」
「──……監視はつけさせてもらう。少しでも変なことをすればお前たちをその場で切る」
「わかった。ラギナ、準備しよう」
「ああ」
ラギナとモログは早速出発の準備を整え、彼の馬とゴルゴダス兵数人と共に現場へと向かうことになった。
村から出る前、ふと周囲を見渡すとリンゼルの姿が見えない。ラギナは馬に乗っているモログに耳打ちをするように彼女について尋ねてみた。
「リンゼルはどうした? 見当たらないが……」
「リンゼル様は今バード公のところに行っている。恐らく聖教会の関係だと思う」
「そうか。しかしあいつらこちらをかなり疑っているな。聞く耳すら持たん感じだ」
「あっちの領土で三大貴族の一人が殺されてるんだ。疑いの目を押し付けたいのさ」
「なるほどな……」
リンゼルがいない以上、村の命運はラギナとモログに託されたことになり。村を人質にするために数人残したゴルゴダス兵と共に事件の現場へと向かっていったのだった。




