第37話 動き始める"影"
バード公が統治するカラカルド領は大きく四つに分かれており中央のカラカルドから北西に位置する領土はゴルゴダス・フリエン、西側はゼニス・モンジキに南西はヤブン・コンキスタの三大貴族がそれぞれ任されている。
その北西にある街道を多くの護衛と共に装飾された馬車が走っており中にはゼニス・モンジキが窓の風景を見ながら深いため息をついていた。
魔族の住む地と密接した場所故に百年戦争では大きな被害を生み、今もその傷は外の光景に広がる荒れた土地を見るに癒えきっていないことがわかる。
ゼニスの馬車は目的地は戦争によって栄えた傭兵都市に入っていき、屈強な男たちがこちらの様子を伺うような視線の中をかき分けていくと大きな館が見えて馬車はそこに停止する。
外に出るとすでに外は暗いのにむせるような生暖かい空気が最初に出迎えてきたことに少し苛立ちながらも館の案内人と共に中へ入っていく。
地味な内装をしている館の通路を歩いていくとやがて一つの部屋に辿り着き、案内人に扉を開けさせるとそこには男二人が丸いテーブルに囲うように座っており、入ってきたこちらに視線を向けた。
「遅いぞゼニス卿。時間は厳守しろとお前が言っていたことだろう」
テーブルの奥に座っているのはこの館の主ゴルゴダス・フリエンであり気品のある服が筋肉質の体によって張っており、睨みつけながら腕組みをしながら座っているそれは威嚇しているようにも見えた。
「すまないね。こっちにも色々事情があったのさ。それに毎度思うのですが貴方の場所で定例会を開くとどうにも……遠すぎるんですよ」
「何を言っている。ヤブン卿はすでに到着しているだろう」
「では少しでも街道を馬が走りやすくしてくれるようにしませんか? 兵を出すだけが仕事じゃないのでしょう?」
「なんだと……?」
「まぁまぁゴルゴダス卿。その辺にしといて。定例会が毎度この空気はこっちも参ってしまいますぞ」
「ふん……」
軽口を叩きながらテーブルの前に着き、三角形の形で座った彼らの視線がそれぞれ交差するようになっている。
席に着いたのを見計らって部屋の外から従者が食事を中へ運んでいく。食前酒と共に運ばれたのは洒落たグラスに入ったナッツであり三人の前に置かれるとヤブンは肥えた指でそれを摘まむと目の前でまじまじと見つめた。
「前菜のミックスナッツです。どうぞ」
「このナッツは……もしかしてウチの品ですかな? ほっほっ! ゴルゴダス卿もこれをお気に召しているとは分かっていらっしゃるようで」
「なっ──!? おい! こんなものを出すな! さっさと引っ込めろ!」
「も、申し訳ございません! すぐに別のものを……」
「いやいや、いいじゃないですか。私を嫌ってもこのナッツは好きということでしょう? 別に恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。旨いもんは旨いんですよ」
「ククク……」
「……ッチ。後で料理長とは話し合いだな」
手に取ったナッツをゴルゴダスに向けた後に口に放り込み、噛む音を鳴らしながら残りのナッツを食べていくのを二人は次の料理が来るまで横目で見ている。
三人はバード公の下で百年戦争でのしあがった者たちである。ゴルゴダスは領民すらも兵として纏め上げたことにより傭兵というビジネスを確立させた功績があり、ヤブンは戦時下で豊富な品を流通させてきた大商人であり、ゼニスは中央にある聖都にいる貴族と血縁関係というパイプがある。
この曲者揃いたちは全員が共通している部分がある。それは出世であった。
西に比べて中央と東側は魔族との戦争による被害が少なく、荒れた土地でやりくりしてきた彼らにとってそこはまさに天国であり、野望による出世の欲を滾らせるのは自然なことだった。
この場にいる全員を出し抜いてまでも中央に向かおうとする中で彼らを抑え込んでコントロールしていたのがエルクライド・バード公の父である。
会いたくもない三人がこうして定例会という名目で集まっているのはその父の目からいかにして逃れるかというものでもあった。
だが今は彼らを抑える"蓋"はもう存在していない。定例会の意味も変わろうとしていた。
「それでバード坊ちゃんの動きはどうなんですか?」
食事は進み、メインディッシュである焼いたステーキ肉を食らいながらヤブンは本題に入ろうとする。
口に運びながらもその視線は他二人のことを見ており、先に口を開いたのはゴルゴダスからであった。
「今のところ何もしてこんよ。一応は警戒しているつもりだが、深くは関わらない立ち位置にいるようだ。あの様子だと坊やは先代と比べて軟弱者だな」
「──となると、こちらとしても動きやすくなるな。ヤブン卿の方はどうだ?」
「私ですか。ゼニス卿のおかげで中央と商売ルートが確固たるものになりそうになっている。おかげで裏で送る商品のルートも敷きやすくなりますな」
「ちょっと待て。なりそうってなんだ? まだそれが出来てないのか? 俺のコネを使っているんだぞ? なんでそんなに時間掛かる?」
「落ち着いてくださいよゼニス卿。こういうのは慎重になるものですぞ。いくらバード公が口を出す性格じゃないにしても、彼の後ろには聖教会がある。刺激すれば我々は即座に目をつけられるでしょう」
「早めにしろよ。こっちだってタダでやってるワケじゃないんだ」
「はい。それはもう……」
(……フン、"コネ"ねぇ……。中央の貴族の血があるっていっても所詮は妾の子だろう。邪魔だから追い出されたような分際の癖に偉そうに。逆にお前にはそれしかないだろうが)
(だが今のところコイツがここでデカイ顔出来るのも事実。癪に障るが今は大人しくするのが無難だな)
「それで、例の村は今どうなっているんだ? 魔族と一緒に暮らすとかあの村……」
会食の終わりを告げる食後酒が運ばれるタイミングでゼニスがミクス村の件について二人に聞く。
魔族と人間が共生する村という夢物語のそれについて食後酒を喉に通した後、ゴルゴダスが答えていった。
「ミクス村のことだな。ウチのモンに調べさせたところ、周辺でモンスターに襲われた村の者たちが一時的な避難場所として暮らしているようだが。意外にもそこにいる魔族と摩擦が起きているということはないな」
「なんだと? 冗談じゃない、そこは俺の所のモンだぞ。俺の貴重な税を取られていると同じだぞ」
「しかしですなぁゼニス卿。あそこはバード公、というよりは聖教会の息が掛かっている場所。下手に刺激すれば藪蛇になりますぞ」
「それにリンゼルがそこを任されているというのも痛いな。小娘の癖に実力がある」
「そうは言っても取られていることには変わりないんだぞ。二人も私と同じように領民を取られるようなことになるかもしれないんだぞ」
「まぁまぁ、こういう時は視点を変えましょう。確かにミクス村は特殊な場所だ。こちらの情報でもここでは手に入りにくい貴重な物も売っていると聞いている。ならばそれを利用してこちらが仲介して中央側に売ればそれだけで儲けもんということですぞ」
「そう簡単に行くのか? バレれば聖教会が黙ってないぞ」
「だからこそ私の持つルートを使うんですよ。裏を通せばなんとでもなる。それに下手に評判を落とそうとこちら側が動くよりも魔族という不穏分子が何かして勝手に落ちるほうが都合がいいでしょう。我々は甘い汁だけ啜れればいいのです」
「なるほど。では今後の方針を決めよう。私とゴルゴダス卿でバード公に圧を掛けている間にヤブン卿が中央に"贈り物"をして我々との繋がりを作れ。ミクス村については生かさず殺さずにしてあそこを我々にとって貴重な【ブラックルート】にするぞ」
「おや、もう帰るんですか? まだまだ美味いもんはあるというのに」
ゼニスはそういうと席を立ちあがり部屋を出ようとする。
ゴルゴダスは相変わらず気難しい態度でありヤブンに至っては食後のデザートの追加を頼んで食している最中なのをゼニスは深いため息をつきながら口を開いていった。
「生憎だがここで話すことはもう無くなったからな。ヤブン卿の仕事を捗らせるためにこちらも動かないといけないからな」
「それは、すみませんねぇ」
「フン……」
にちゃりと笑うヤブンの顔に嫌悪感を示しつつ館の外へと出ると更けた夜の中ですぐに馬車に乗ってこの場を去っていく。
定例会というのは最早茶番に等しく、すでにヤブンは中央へと返り咲く為に二人よりも迅速に行動しなければならない。
ゴルゴダスは傭兵都市が出来るほどの質の高い兵を送り出すことで資金を得ており、さらにそこに来る冒険者たちをかき集めている。
ヤブンは兵力は持たないが広い商売ルートを確保しており、彼が言っていた裏のルートも含めれば目に見えない莫大な富と権力を持っているのは容易に想像しやすい。
対してゼニスはどちらも中途半端な力しか持っておらず、中央に向かうルートはゼニスの所有する土地を経由しなければならない関係上でなんとか力を維持しており中央の貴族の血を引いているといっても、そこでは吹けば飛んでしまう程度の影響力しかない。
バード公が下に出ている今、聖教会と深い繋がりのある彼を背後で操れるようになれば自然とミクス村を利用できるようになり、そうなれば中央に復権することもできる。
他二人が足を止めている間になんとしてもゼニスはバード公に取り入れる為の策が必要だった。
「ともかくまずはバード公とコンタクトを取らねば……。……っとその前にミクス村だな。まずはリンゼルとの関係を作っても遅くはないか。──うおっ!?」
考えが小さく言葉に出るほど思考を巡らせる中、突然馬車が立ち止まると外では馬が鳴く声が響いていく。
──また賊か。ここに来てこれで何度目だ。ゴルゴダスの領地は魔族の境界線と他よりも密接になっている為にモンスターの被害も多く、それによって治安は低下し賊に落ちる者も少なくはない。
だが所詮はいくら集まろうとそいつらは烏合の衆。所詮は死にかけた下民程度でありこの馬車を襲うということはゼニスの護衛たちによって簡単に蹴散らされていく運命だった。
馬車の中で外の騒ぎが終わるのを面倒くさそうに待っているとその音はすぐに無くなったのをゼニスは知ると、すぐに御者がいる壁に手を叩いて合図を鳴らした。
「終わったのか? だったらさっさと出せ。暇じゃないんだこっちは」
だが手で合図を鳴らしたはずなのに馬車は一向に動く気配はない。おかしいと思ったゼニスは狭い馬車の中を移動しながら前に掛けられたカーテンを開けると窓は黒く塗りつぶされていた。
その黒いものに対する疑問の声は出なかった。そんな一言を発する前にそれが何か分かってしまったからだ。窓に張り付いたそれは御者が持たれかかっており、首から先がないそれは噴水のようにあふれ出る血が窓を伝っていた。
「……は? えっ……?」
目の前で見える現実を拒否するように真っ白だった思考がようやく引き戻されたのか何とも間抜けな言葉がぽつりと漏れる。
言葉が漏れた瞬間、次に追いついたのは感情でありそれは恐怖だった。
今、この場で得体のしれない何かが起きている。それは賊なのか、それともモンスターなのは分からない。
だがそれよりも、今自分が命の危機に瀕しているということだけは直感で理解するとパニックになりながらも馬車の扉を開け、その勢いで地面に落ちるように出て行った。
「うぐっ!? ハァ……ハァ……、な、何が……何がどうなって……!?」
外の景色は夜に加えて濃霧が漂っており転がったランタンによる僅かな光源でしか周囲を把握できない。
得たいの知れない恐怖に叫ぶ声を出す暇もないぐらい息が詰まっており地面に顔をぶつけた痛みなどはすぐに吹っ飛んだ。すると足音が耳に入りそこに視線を向けるとランタンの明かりから影がこちらに伸びているのが見え、そこには黒いローブを全身で隠した襲撃者が護衛の兵士を掴み上げてへし折っているのが見えた。
「ああ……、うわああああっ!?」
「あぁ~? おっと、そこにいたのか。てっきりここは囮だと思ってたぜ」
「あああっ!! あああああっ!!!」
「おい、逃げんじゃねーよ」
倒れた体を何とか起こして逃げようとするゼニスに襲撃者が殺した兵士を投げ飛ばして彼の体にぶつけるとそれに覆いかぶさるように地面に再び倒れこむ。
武装した兵士の重みは凄まじく、これだけでも息が詰まるほどであったがそれでもなんとかして逃れようと這いずる彼の手を襲撃者が近寄って足で踏みつけた。
「うぐぅっ!?」
「抵抗すんなよ。面倒が増えるだけだろーが」
「あぐぅ……っ、な、なんだお前は!? 一体何者なんだ!? 誰がこんなことを……」
「おいおい、死ぬ前にそんなこと聞いてどうすんだ?」
「し、死ぬ!? 俺を、殺すのか!? ま、待て! 俺のことを知らないのか!? 俺を生かせばそれなりに使えるぞ!? 中央と繋がりがあるんだ! だ、だから命だけは……」
「関係ねーよ。お前を殺すのが俺たちの仕事だからな」
「た、たち……? お前らは何な──」
「じゃあな」
見上げる黒いローブの顔の部分が三日月のように口が歪んで笑ったのを見ると首を跳ね飛ばされる。
間抜けな表情をしながら地面に転がるゼニスの顔を見て絶命したのを確認した襲撃者はよく見ると夜に紛れて同じ格好の者たちがゼニスの馬車を取り囲んでいた。
ランタンの火が夜風で消える瞬間、それに合わせてゼニスを殺した襲撃者がシャララララ……という声と共に姿を消していったのだった。




