第35話 綱渡りはほどほどに
「ま、魔族っ!? お前魔族だったのか!?」
「ラ、ラギナ!?」
二人の目の前でラギナは突然自分の正体をカミングアウトを行い、隣にいたリンゼルもそうだが特にバード公は椅子から転げ落ちるほどの衝撃を受けたようでそのまま床に倒れていった。
「どどど、どういうことだこれは!? リンゼル、ここに魔族を連れてきたのか!?」
「いや、これにはこちらにも事情が……」
「落ち着いてくれ。俺は何かをするつもりはない。だから、落ち着いてくれ」
慌てふためく二人とは対照的に冷静に柔らかな口調と手振りで話すラギナを見てリンゼルとバード公は少しずつ冷静さを取り戻していく中、ふと部屋の外から何者かが歩いてくる足音が聞こえると、それは扉の前で止まりノックの音が鳴り響いた。
「バード様、大きな音がしたのですが何かあったのでしょうか?」
「!!」
外にいる従者がこちらの様子が気になったようで今にも扉を開けそうな状態に三人は体を固まらせてしまう。
もしこの扉が開けられ、この状況を見られれば更なる混乱は免れないのは目に見えていた。
「あー……えーっと……。ちょっと椅子からコケてな。はは、ドジをしてしまったよ」
「大丈夫ですか? ケガとか……」
「あー! 大丈夫大丈夫っ! ケガはしてない! 日頃の行いというやつかな? ともかく今大事な話をしているから君は仕事に戻ってくれ」
「は、はぁ……」
バード公がなんとかこの状況を誤魔化すと従者がここから離れる音を皆が静かに聞いてしばらくすると、三人は緊張していたのを解くように大きく息を吐いていった。
「ふぅ……行ってくれたか」
「バード公の機転に感謝します」
「いやいやそんな……。だーっ! 違うそうじゃない! そんなことよりもここに魔族がいるというこがそもそも不味いんだ。ましてやウルキア族だろう? 友好的でもない魔族がこんなところにいると知れれば私はそれを貴族たちに追求されてしまう!」
「……軽率な行動だったとは思っている。だがこうでもしないと話が進まらなそうだったのでな。理解してもらえると有難い」
「はぁ~~~~…………。それで? お前がわざわざ正体を現したその理由は?」
「人間の場所と比べて魔族の地は大気にある魔力が濃いから多分に含んだ薬草も多くある。知り合いの調薬師や友人から教えてもらわなければ魔族では見向きもしないモノも人間にとっては貴重な素材になるということもあると知った。ミクス村は魔族の場所と距離が近いからこそそこに住んでいる俺なら魔族の姿でそれらを採ってこれる。問題はそれを採ってきても買い手がいないということだ」
「なるほど……話が見えてきたぞ。つまりは貴重な素材をミクス村の特産品にして財源を確保したいということだな?」
「人間というのは金があれば行動するんだろう? そうなればあそこに人もやってくる。ちゃんとした村というのも出来上がってくるはずだ」
「難しい話だなぁ。これは……」
倒れた椅子を立て直してバード公はそこに座ると大きくため息をつく。
深く座ったことに彼の視線は二人のほうではなく上側に向いていき、部屋の天井を見るそれは気苦労が絶えない彼の本来の姿を見せているようだった。
「確かに金があるところに人はそれに群がって回っていく。しかしそれは"人がいれば"という話だ。ミクス村の評判はこちらでもあまり良くはない。皆イメージでしかないが、それでも魔族と共生なんて出来るわけがないと思っている。例えそこでそういうのが採れるとわかっていても関わるのは金の為なら危険を顧みないならず者だけだろうな。ようは皆、最初の犠牲者になりたくないしそれに群がる奴らにも触れたくはないんだよ。誰かが来なければ後に続くものはいないし、仮にちゃんとそうなったとしても場合によっては今度は貴族たちが黙っていない。ミクス村はカラカルド領内だが聖教会の影響も受けている特別な村だ。そういった派閥の睨みもあってマトモな最初の一人が出てこないんだよ」
「バード公はその者たちに対して何か言えないのか?」
「難しいなぁそれは……。実のところ私の力というのも落ち始めてきている。カラカルド領内にいる三人の大貴族は皆曲者揃いなんだ。私の父上はそれすら纏め上げるほど誇らしい人であったが、父上が亡くなって私がこの爵位を引き継いだ時に彼らは隠していた牙を見せ始めたんだ。幸いにも私の家系は昔から聖教会との繋がりがあったからな。そのおかげでなんとかこの地位に今もいるが……それでも自由にやってるあっちに対して強く言えないぐらいにはなってしまったよ……」
「でしたら先日、モンスターの襲撃を受けた村の者たちを"一時的な避難"という形で移すのはどうでしょう。マッドマンの被害は深刻で復興にも時間がかかる。その間の期間だけでもミクス村のことを知ってもらえれば、自然と人は集まってくるかもしれません。勿論、それにはバード公の後ろ盾も必要ですが……」
「なるほど……。確かにそれなら自然だな。わかった、やってみるがいい。ただし援助に関しては安全が確保されるまでは期待しないでくれ。さっきの話で察したかもしれんが……私は睨まれているからね」
「いえ、バード公のご協力に感謝を申し上げます。しかし珍しいですね……そういう事はあまり漏らさない方かと思っていましたが……」
「ははっ。リンゼル殿、私は君が思っているよりも臆病なのだよ。私の性格が父上のような豪傑さを引き継いでくれればなぁ……。それに腹を割って話してくれた者がいるんだ。だったらこちらも腹を見せなければ失礼じゃないか?」
バード公の視線がラギナの方に向くと、自分では臆病と言っていた割にしっかりとした目つきをする彼にラギナも思わず口角が上がる。
テーブルの横にあるいくつかの書類を取り出すと、近くにあったインクに浸した羽ペンを手にとってそこに何かを書き始めていった。
「さて、用件は済んだようだし、私は仕事に戻るよ。事は早いほうがいいだろうしな。もう帰るのか?」
「はい。もし人が来るのであれば迎える準備をしなければならないので」
「そうか。ミクス村の件、期待しているぞ」
「お任せを。それでは」
仕事を始めるバード公にリンゼルは一礼をして別れの挨拶を行い、ラギナも今度はスムーズにそれを真似しつつ人間の姿へと戻っていく。
二人がバード公のいる部屋から出ていき足音が聞こえなくなったのを知ると持っていた羽ペンを置くと椅子に再び深く座りなおした。
「はああああああ~~~~~~~。ああ~もう、なんてこった……。まさかミクス村に人間に化けれる魔族もいるなんて……。聖教会の方にもなんていえばいいんだ……」
三大貴族とセフィリナ聖教会の板挟みに加えてラギナという爆弾を抱えてしまったことにテーブルに伏して頭を抱えてしまう。
その影響か胃がキリキリと痛み始めたのを感じるとバード公は引き出しから再び丸薬の入った瓶を取り出してそれを口に含みながら少なくなった容量を見てボソリと呟いた。
「……もうちょっと買い足しておくか……これ」
──……一方バード公の計らいによって送迎の馬車に乗った二人はミクス村に帰っていくわけだが、その中は少しヒリついており窮屈とは違う雰囲気であった。
「あー……リンゼル、その……怒っているのか?」
「まぁ……そうだな。怒ってはいる」
ラギナから背を向けて窓の方に肘をかけ、手の上に顔を置いて外に目を向ける彼女から発する重い空気に耐えかねて先ほどのことを尋ねると案の定、彼女は怒っているようだった。
馬車の中でも口調が柔らいでいないことがその証拠であり、そんな彼女の様子にラギナは少しだけしょげながらも言葉を繋いでいった。
「もしかしてさっきの事にか? し、しかし、ああでもしないと話が進まなさそうだっただろう? 危ないことはしているとは俺も思ってはいるが……」
「お前が魔族でああいう場所に連れてくるという危険をまるで理解してないようだな。場合によってはここを生きて出られないかもしれなかったんだぞ?」
「うっ……。まぁでも、そういう時になったら俺の力があればなんとかなりそうだが……」
「そういう話をな、しているわけじゃない」
窓の外を見ていたリンゼルの顔がラギナの方へと向けられると、彼の顔を見上げている彼女の顔は怒っている様子に思わず体を背けるほどの圧がそこにはあった。
「お前の事は機を見ていずれ話すつもりだった。それもちゃんとした状況でな。人間には人間の都合というものがある。それは魔族にもあるだろう? 今回はうまくいったかもしれないが次も同じことしていいというワケではないんだ」
「す、すまない……。次から気を付ける……」
「だから──」
「……?」
「──もう少し、私を信用しろ」
その一言と共に彼女の肘がラギナの脇腹に軽く小突かれるとそのままプイっと再び顔を窓の外に向けられる。
脇腹から感じた彼女の肘の感触にラギナは摩りながら外の景色を見るとすでに空は夕焼けに染まっていたのだった。




