第33話 樹木の魔族トレントのトリン
マッドマンの襲撃を退けた翌日、今日はリグと一緒に自分の家の修復に勤しんでいた。
リンゼルとモログは今日ここに来た運び屋と何か話があるらしく、それを遠くで見つつ作業を進めていく中でふと目の端に何かが動くものに気が付いた。
小さな影だったそれはミリアの姿であり今日も何処かに遊びにいくのだろう。
行先を見るに森の中のようだったが、その様子は少し急いでいるようにも見える。
本来であれば気にすることはないのだがミリアの事情のことを考えると、どうにも気になってしまったのだ
「リグ、ちょっとミリアの様子見てくる」
「ああ、構わんぞ。キリもいいしな」
「それじゃ」
ラギナはリグに一言伝えて家から離れるとミリアの姿がもう見えない。
意外にも素早い彼女だが、その匂いは草の匂いに混じっており追跡すること自体は容易であった。
「森の方角……魔族側か?」
今までのことを考えれば野草や薬草を取りにいったのだと考えられるが彼女に付き添っていたクローディアの姿は何処にも見えない。つまりは一人で行ってしまった可能性がある。
それを見かねたラギナの心は焦りを覚え始め、それに呼応するかのように足が動いていった。
「考えすぎか……? いやでも……もしも何かあったら……。クローディアもいないし……むむぅ……」
今までのことを思い出すと危険な目に合わせたくないという気持ちが溢れ出るこの感覚ににラギナは戸惑いつつミリアの匂いを追っていく。
ラギナを今支配しているこの感覚は『あの子に迫る危険なことから遠ざけたい』という事と『過敏にならずにあの子を信用したい』という二つの思いがせめぎ合っていた。
その答えがどちらが正しいのか全くわからないでいるとミリアの匂いが近づいてきたことに気が付き、やがて生い茂る草から彼女を発見した。
深い森の中に少しだけ開けた空間。そこにある大きな倒木にミリアは向かっており、彼女が近づくとその倒木は音を鳴らして起き上がった。
「なっ──! あれはトレント族か!?」
倒木だと思っていたそれは樹木が自我を持った魔族【トレント族】であり立ち上がったその大きさはラギナの体を余裕で超える。
全身が長く生きてきた大木のような太い体がミシミシと音を鳴らしながらトレント族はその瞳を真下にいるミリアに向けていた。
植物の魔族は温厚な性格も多いが、気難しい性格も少なからず存在している。
トレント族も普段は大人しいが自分が認めた存在以外は領域に対して敵対的な態度をとるためにつまり今のミリアは危険な状況であった。
「ミリアっ!」
「きゃっ! ラ、ラギ!?」
眠っていたトレント族に敵として認識されてればあの巨大な体で押し潰されてしまうと判断したラギナは咄嗟に跳躍し、ミリアの近くまで寄ると抱いてトレント族と距離をとった。
威嚇するようにトレント族に睨みつけるラギナに対してトレント族は二人を静かな瞳で見つめており、彼の胸に抱かれたミリアは慌てた様子で顔を見上げて叫んだ。
「ま、待って! これ、大丈夫なの! この子は大丈夫!」
「な、なに……? この子?」
「…………。──ウゥ……。ウオォォオン!」
ミリアの言葉にラギナが戸惑っていると突然、目の前のトレント族は目から涙を流しながら草木の中に体を隠そうとする。
だがその巨体であるためにどれだけ体を縮めようとしてもその恰好は滑稽であり、それを見たラギナは思わずポカンとした間の抜けた顔になっていた。
「どういうことだ? これ……」
「この子、怖くてここに来たんだって。だから私、今日もお話しようと……」
「今日? 前にも会ったことあるのか?」
「えっと……昨日に。そのことを話そうとしたけどラギ、すぐに寝ちゃったから……」
「あっ……」
ミリアの話によると昨日ラギナが出払った時、クローディアと一緒に薬草をこの周辺で採りに来たらこのトレント族がいたらしい。
それによるとこのミクス村に住みたいと思ってここまでやってきたらしいが、昨日はリンゼルがいなかった為にここで待ってもらっていたということだった。
クローディアが付き添わなかった理由もこれで判明し、つまりはラギナの早とちりであった。
「なるほど、そういうことだったのか……」
「ウオォォオン!」
「ずっと泣いてるな……。トレント族は感情豊かな種族なのは知ってたがコレは……。お、おい、大丈夫か?」
「ウウウ……。アンタも、俺を襲うのか?」
「さっきは悪かった。俺の勘違いだったんだ。だから安心してくれ」
「ウウゥ……」
泣き続けているトレント族にラギナが後ろから話しかけてみると、目から涙を流し続けたその下には大きい水たまりが出来ており、それほどまでに怖がらせてしまったことがわかる。
何とかしてトレント族を落ち着かせるように宥めると、トレント族の涙の量が少しずつ減っていき、ゆっくりと体をこちらに向けた。
「俺の名前はラギナだ。この子のことは知ってるか?」
「ミ、ミリアだろう。昨日、俺と喋ってくれた子だ」
「それで、お前の名は?」
「俺はトレント族のトリン。俺の故郷が奴らに襲われて、それで夢中で逃げてきたんだ」
「奴ら?」
「虫どもだよ。そいつらが急に他の奴らの領域を襲い始めて、それで森の中がずっと争いになってる。俺たちも妖精園【クラムベリー】に行ったがもう満員って言われて入れなかった。その後、行く当てもない俺らはバラバラになって、それで俺は気が付いたらここにいたんだ」
「虫……」
「今じゃ北と東にある森はもうダメだ。どこ行っても争いしかない。俺たち植物の魔族は南にある荒地みたいな場所じゃ生きられない。他の同じ種族も皆行き場所を求めて彷徨っている。ウウゥ……」
「ラギ、この子を村で暮らすことって出来ないの……?」
「俺の一存じゃ無理だからな……。ここじゃ話は進まん。まずはうちの村に来ないか?」
ラギナの一言を聞いてトリンは頷くと、その巨体を起こして大きな足音を鳴らしながらラギナたちについてく。
森から出て、リンゼルたちがいた場所に向かうとそこにはクローディアもおり、こちらに気が付いた彼女たちはトリンの大きな姿を見て思わず顔をひきつらせていた。
「ちょうどそれを聞いてたけど……本当に大きいわね……」
家一件分もあるその大きさは人間からすると圧巻であり、トリンの存在感だけで圧倒されるほどであった。
そんな彼を見たトリンは腰を下ろして両膝を両腕で抱くように出来る限り体を小さくしていく。
彼なりの気遣いを見たリンゼルは早速、彼と話し合いをしていき彼の事情を聞いていった。
トレント族は人間にとって中立的な立場であったが、話し方や物腰の柔らかさで温和な性格であると知った彼女は考えた末にトリンをこの村に暮らすことを許可するとそれにミリアも喜んだ。
「よかったねトリン。ここで暮らせるって」
「ああ……。本当に感謝するリンゼル殿。よろしく頼む」
「こちらよろしくねトリン。まぁ、今はこういう状態だから貴方にも色々手伝ってもらうことになるけど……」
「お、俺にできることがあるなら、言ってほしい」
「この体なら力仕事がもっと楽になるな。そうなれば俺たちも他の仕事に専念できる」
「そ、それと少し……言いづらいんだが……いいか?」
「何?」
「ドリアードたちもここに住まわしてほしい。その子たちも同じだったんだ……」
「……そうね。わかったわ。でも貴方たちの住む場所を考えないと……」
「それは森の中で大丈夫だ。俺たちのような魔族にとってやっぱり森が一番落ち着く」
トリンの一件が終わり、ミクス村に新しい住人が増えたことで一息ついている中でリンゼルがラギナに近づくと背中越しに話しかけられた。
「ラギナ、悪いけど明日は私に付き合ってもらうわ」
「なんだ急に。一体どうした?」
「ちょっとね。この村の為に会わなくちゃいけない事が出来たの」
「会わなくちゃいけない? 誰に会うんだ?」
「ここの領主。エルクライド・バード公によ」




