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第31話 襲撃、撃退、そして──

 リグのアドバイス通り、その日の夕方にラギナはミリアに昨日のことについて誤解を招いてしまったことを話すと彼女も急なことに驚いただけで実は彼が深刻に思っているほどではなくお互いのタイミングが合わないだけであった。

 重くのしかかっていた気が楽になり、今日も午前の仕事を片付けていく。

 畑の方はすでに落ち着いているし木を伐採するのも今はあまり必要がない。今は荒れたこの村を整えるため草むしりなどの道を整地するなどの小さい事から家の修復など大きな事に取り組んでいった。

 そして今日もそれらを終えたラギナはリンゼルに報告しようと向かっているとき、その道中でミリアとフローディアの姿が見えた。


「ラギ!」


 こちらに気が付いて近づいてくる彼女の表情には前のような不安はなく、柔らかな笑みを浮かべるその様子に心が落ち着いてく。

 その小さな両手には花で作った冠が握られており、今日はこれの作り方を教えてもらったようだ。


「今日も薬草に行くの?」

「ああ。お前も来るか?」

「うんっ!」


 二人のほのぼのとした雰囲気を見ていたクローディアもそれに和んでいく中、ふと何かの気配に気が付いてその方向を見るとそこには白銀の鎧に纏ったリンゼルが焦った様子でこちらに真っすぐ近づいてきていた。


「ラギナ! ここにいたのね!」

「どうしたんだ? そんな恰好で何かあったのか?」

「緊急の用があって。今大丈夫!?」

「ああ、大丈夫だ。ミリアすまん、薬草採りはまた今度だ」

「う、うん……」

「よし……。それで話はなんだ?」

「伝令で付近の村でモンスターの群れによる襲撃の報告があったの。近くの警備隊のいるキャンプにも連絡は来ているようだが距離はこっちよりも遠いから私たちがまず先に向かわないと手遅れになるかもしれない!」

「もう一人の、モログはどうした?」

「あの人は今遅くなってる運び屋の様子を見に出払っている。今動けるのはお前と私だけよ!」

「わかった。だったら早くいかなければ」

「でもその姿じゃダメよ。魔族の姿は他の人たちが誤解してしまうから」

「じゃあどうすれば!? 人の姿だと力が出せんぞ?」

「そういうことならラギナ、コイツを使えい!」


 遠くから体表が白く、たてがみが濃い青が特徴の馬を引き連れてこちらにやってくるリグは黒く長い物をラギナに投げて渡すと、それは鞘に納められた長剣であった。


「こういう、いざというときの為に手入れしてたモノだ! ワシよりもお前さんが使ったほうがその剣も喜ぶだろって!」

「ありがたい!」

「ティーネ! 来て!」


 リンゼルは指の輪っかを作り、それを口に含んで息を吐くと甲高い音が鳴り響く。

 その口笛の音と共にリグは持っていた縄から手を離すと解放されたティーネは一目散にリンゼルの傍まで近寄ると彼女はそれにふわりと跨っていく。

 兜を被り、手綱をしっかりと握るその風貌はまさし聖騎士と呼ぶに相応しい姿であった。


「よい馬だな。あっちでも中々見ない」

「見た目だけじゃない。ティーネは駿馬よ。悪いけど緊急だから最速で向かうわ。ついてこれる?」

「心配するな。ちゃんとついていくさ」

「ふふ……。よし、では行くぞ!」


 リンゼルは口調を切り替えて愛馬のティーネに足で合図を送ると目的の場所まで一目散に走っていく。

 ラギナはそれを見ながら両手を地面につくと、四足歩行の形で走っていきその速度は先に向かっているリンゼルに追いつく勢いだった。


「ラギ……」


 段々と小さくなっていく二人の姿にミリアはぽつりと彼の名をいう。

 そんな彼女を見てクローディアは背中から安心させるように抱いて彼らを見えなくなるまで見送っていた。



 ──整備された道を白馬に跨った騎士が風を切るように駆けるその姿は疾風のようであり、その横には白い獣の魔族がピタリとくっついて走っていた。

 やがて村の入り口が見えてくるとラギナはすぐに魔族の姿から人の姿へと変えていき二人はモンスターから逃げてる村人たちを見て先にリンゼルが鞘から大剣を抜くとそのモンスターにディーネに跨りながら切りかかった。


「大丈夫か!?」

「その姿はリンゼル様か!? た、助かった……」


 襲ったモンスターを切り払ったこの大剣は泥のような粘液が引っ付いておりズシリと重さを感じさせる。

 肉体が溶けたのようなそれは腐敗臭もしており、その死体を見たラギナとリンゼルはその正体をすぐに理解した。


「なるほど、【マッドマン】が襲ってきたのか……」


 泥の中で魔力を多く含んだ生物が死んだことで生まれた【マッドマン】をラギナは手で触りながらそれを確認する。

 幸いにも魔族側で生息するマッドマンよりは幾分か弱い個体であると分かる間にリンゼルはディーネから降りると助けた村人に状況を確認していた。


「襲ってきたのはコイツらか?」

「そ、そうです。これが外からいっぱいここに来たんです。うちの村、戦える人がいなくて……。このままじゃこいつらに村が飲まれちまう!」

「把握した。だがこの程度ならまだ問題ないな。すぐに対処しよう」

「あ、あのリンゼル様、この人は……? なんで上が裸なんだ?」

「頼りになる助っ人だ。恰好は……気にしないでくれ」

「な、なるほど……」

「リンゼル様、私、子供とはぐれてしまって……まだあの村にいるんです! お願いします! どうか助けてください!」

「早く行こうリンゼル。コイツらは一匹一匹は弱いが数が多いと面倒だ」

「わかっている。皆はディーネの近くまで避難するんだ。あの馬は皆を守ってくれる」

「ああ、ありがとうございます……! どうか村を、子供たちをお願いします!」


 ディーネの周りに助けた村人を集まらせると二人は村の中へ入っていくと、その直後に足元に違和感を感じると思わず視線が地面に向く。

 それはマッドマンによって発生した泥濘であり、それが村全体に広がっているのを見てかなりの数がここを襲っているということを物語っていた。


「敵を倒すよりも村人の救助が優先で頼む」


 リンゼルの一言にラギナは頷くと彼女はまず少し広い場所に出ると聖力を纏わせた大剣を掲げて光を発生させていった。

 その聖力による光は魔力を帯びており、魔力を糧にするマッドマンはそれが聖力によるモノであっても無意識的にそこに集まっていく。

 家の壁や家畜小屋の中、逃げる村人を追っていたマッドマンはその光に呼び寄せられるように方向を変えていき、大量のマッドマンが集まってきたのを確認してリンゼルは掲げた大剣の刃を向けていった。


「はあああああっ!」


 最も近かったマッドマンにリンゼルは刃を突き立てるとそこから聖力の効果でマッドマンの体が内側から溶けて瓦解していき、さらに畳みかけるように技を発現させていった。


「浄化されよ! 【聖光波せいこうは】!!」


 刃が貫かれたマッドマンの先から聖力による光が発生するとそこからいくつもの光の剣を発現させて飛ばし、後方にいるマッドマンたちも同じように貫いていった。

 倒したマッドマンの体が崩れ落ち、刃の上から圧し掛かる泥を振り払いながら周囲を確認するとその数が減らせてないのを見て大剣を握る力が籠っていく。


「くっ、さすがに数が多すぎる……! 一体コイツらどこから沸いてきたんだ?」


 呼び寄せた大量のマッドマンがこちらに向かってくるのを見てリンゼルの頭の中に疑問が浮かび上がる。

 マッドマンやグールなど死体を媒介にして生まれるモンスターが発生することに考えられる原因は適切に処理されなかった死体が放置されたか意図的に媒介できるように用意して生み出したかのどちらかになる。

 もしこれが後者だった場合、誰かが意図的に引き起こした現象であるためにその元凶を叩かねば再びマッドマンによる襲撃が起きてしまうことに心の中で舌打ちをした。


(今はそんなことを考えてる場合じゃない。目の前に集中しなければ……!)


 幸いにも迫りくるマッドマンの動きは鈍く、一匹ずつ素早く対処すれば囲まれることはない。

 それに今回は頼れる助っ人のおかげでマッドマンの数が思った以上に早く少なくなっていった。


「フンッ!」


 人間の姿でラギナはリグから貰った長剣を使って戦っていく。

 その動作はぎこちなく、切るというよりは鈍器のように叩きつけるような強引な戦い方に呆気を取られるほどである。

 リンゼルが聖力による範囲攻撃、それに逃れたマッドマンをラギナが倒していくという構図になりお互いが庇いあうようにマッドマンを処理していった。

 村人も避難しきったこの場所は数を減らしたマッドマンだけになり、その数は目に見えるものだけになった時、何かの気配をラギナは感じ取る。

 その方向にはマッドマンによる泥だらけの家が見え、嫌な予感がしたラギナはマッドマンを蹴散らしつつ一目散にその家に近づくとそれは壁がマッドマンによってへばりついたような泥ではなく明らかに内側に浸食した様子だった。


「まさか……」


 ラギナは玄関の扉を強く開けると予想通り中の床や壁、家具などが泥まみれであり、その跡はさらに奥へと続いている。

 そこにはマッドマンが何かに覆いかぶさろうとしている姿であり、脇から僅かに見えたその下には村人がいるのを知るとラギナは咄嗟に魔族の姿へと変えていった。


(距離が遠い……! この姿じゃ間に合わん!)

「不味いぞ……!」


 マッドマンは弱いといってもモンスターだ。大量の泥を含んでいる体で圧し掛かれば命を脅かすのには十分な重さがある。

 元の姿に戻ったラギナは長剣を捨てると大きく跳躍し、瞬時にマッドマンの背後に辿り着くと爪を立てて体を横薙ぎに引き裂いていった。


「だ、大丈夫かっ!?」

「えっ!? な、何……ま、魔族……!?」

「あ、ああぁ……姉ちゃんっ!」

「──っ!!」


 真っ二つに体が分かれて飛び散ったその先には二人の子供が怯えた様子で縮こまっているのが見える。

 だがその怯えはマッドマンから変わっているのに気が付き、その震える視線にはラギナを写していることに気が付くのに時間は掛からず、ラギナは今自分がどんな姿でこの子供たちの前に立っているかを自覚してしまった。

 モンスターに襲われそうだったと思ったら、得体の知れない魔族がこちらを見下ろしているという構図はまるで危害を加えようとしてる風にも見えるのだ。


「うっ……くっ……!!」


 拒絶するかのような怯えた子供の目と様子に耐えられずラギナはその場から走って立ち去ってしまう。

 人間の姿から魔族の姿に戻ったことによって少しだけ体が大きくなったことで玄関が狭かったが、そんなことを気にすることなく勢いをつけて音を大きく出しながら外に出て行くとそこには避難していた村人たちが戻ってきている光景が目に映った。


「な、なんだ……!? 一体どうした!?」

「あれは魔族か!? なんでこんなところに……!?」

「もしかしてこいつらはアイツの仕業か!?」

「まさか……あの子たちが!?」

「リ、リンゼル様! ここに魔族がいます! 早く来てくれ!」

「ああ、あああぁ……そんなっ!?」

「ハァ……ハァ……。う、うぅ……。──ッ!!」


 恐怖と絶望、そして敵意が入り混じったその表情がこちらを凝視したそれはラギナの過去の記憶を刺激し、心を容易く抉っていく。

 叫び戸惑う村人たちがこちらに注目していく中でラギナの動機は止まらずその場を駆けて逃げてしまった。

 途中でリンゼルの顔が横から見えたがそんなことは関係なかった。それほどまでにこの光景はラギナにとって耐え難いものであったのだった。

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