第30話 腫れる心
ミリアが誤って毒キノコを手渡そうとした理由をリンゼルに説明したことで彼女は納得したようだったがミリア本人はそのことで自分に対して怖気づいてしまったようだ。
今までそういうことがなかった為にその後に彼女に対してどうフォローしていいかわからず、結局ギクシャクしたまま一日を終えてしまい、それは翌日になっても引きずってしまう。
今日も畑の手伝いをした後、道具を戻すためにドワーフ族のリグの所に戻っていく中でも心にできた"しこり"が未だに気になっていた。
「ハァー……」
この深いため息を何度したのかもわからない。ラギナにとって軽いはずの鍬も体が怠いせいか重く感じ、俯きながら歩いていくと物が叩かれる音が耳に入った。
下げていた顔をそこにむけるといつの間にかリグの仕事場についており、そこは村の鍛冶屋を使っているようではあるが中を覗くと鉄を打っているような鍛冶の光景ではなく木材を切っている姿だった。
「おう! なんじゃあ、もう畑のほうは終わったんか?」
「あ、ああ。これを返しに来た」
「うむ。……これもだいぶ使い込んできたのう」
ラギナは鍬をリグに手渡すとそれをまじまじと見つめながらぽつりと漏らしてそれを片付けていくのを見つつラギナは工房の中を見渡していく。
昔から使われてきたのか鉄を打つ為の道具などの形はしっかりと残ってはいるが長らく放置されていた為か未だに埃かぶっている部分が淋しさを感じさせていた。
「あんましこういうのはわからんが、いい感じだな。ここは」
「お、分かるか? こんなに古くてもな、丁寧に手入れされてたおかげですぐにでも使えそうな感じだ。ここの家の主が大事に使ってきたっていうのがよーくわかる。まぁ今はそういうことをする機会はないがな! ガーッハッハッハ!」
「そういえばリグはどうしてここに? ドワーフ族は鉱山地帯の方にいるだろう。何かあったのか?」
「……むぅ。実を言うとな、ワシは鍛冶は専門ではないんだ」
「ん? どういうことだ? ドワーフ族はそういうのが得意というのは聞いているぞ」
「それはあながち間違ってはいない。ただ基礎的な部分しかできないっつーことだ。センスのあるヤツはこういった大規模の工房で働いて、ワシみたいなのは採掘をする担当だったんじゃよ。ワシが暮らしていた場所はもっと北にある鉱山地帯でな。そこで珍しい鉱物が採れて、ワシとその仲間はそれを掘っていたんじゃ。そしたら岩盤が崩れてのぅ……。山ん中に閉じ込められて、真っ暗な空間で死に物狂いで持っていた道具で掘り進めていったんじゃ。そしたらこの付近の山に繋がる道を見つけてな。死ぬ前になんとかそこから抜け出して、それでここに転がり込んだっちゅーワケよ」
「そうか……。かなり大変だったんだな」
「あの落盤のせいで仲間と逸れちまった。今はどうなってるかもわからんが幸いにもワシはこうして生きている。ワシの里はいいところだったが、こうして外に出てみるとなんともまぁ、穴倉の中にいたせいか大分考え方っつーものが違うとここに来てそう思う。ならばこれも運命、せっかくなら外の世界っつーもんを見て生きるのもいいと思ってな。それに鍛冶専門ではないといってもガキの頃から教えられてるからな。そこらのヤツらよりはできると思うぞ」
「前向きなんだな」
「ハッハッハ! この世の中、後ろ向きで生きてどうするんだ!? それにワシらドワーフよりもお前さんの方がこの世の中をよく見ているんじゃないか? 英雄の"赫白"さんよ」
「──ッ。知っていたのか。俺のことを」
「なーに言っとるんだお前さんは。あの戦争を知ってればその白い毛が生えて人間になれるウルキア族っていったらお前さんしかいないだろラギナ」
「そうか……」
正体がバレていたことに驚いていると座れる場所にリグが腰を下ろすとその隣を手で叩いてこちらに合図を送る。
そこに座れと知ったラギナはゆっくりと近づくとそこに腰を下ろしていったがラギナの巨体のせいで意外とスペースがとられたことにリグは戸惑いつつも、男二人が工房の天井を見上げながらそこに座っていた。
「まっ、ここだとその二つ名は都合が悪いだろうからな。ワシの口からは吐かんようにしとくよ」
「……悪いな」
「いいってことよ。それにしてもラギナ。お前さん、何かあったのか?」
「何かって?」
「誤魔化しても無駄だぞ? ワシと話している間もため息をついとる。ここに来たばっかだから気が張ってるのか? もし言えるならワシにそれを吐いてみてもいいんじゃないか?」
「…………。……実は──」
ラギナは昨日起きたことをリグに静かに語り始める。彼女に対して今までの自分の行動、そしてそれは積み上げられてしまっており、昨日の出来事で彼女との目に見えない亀裂を感じたと話しているラギナの口調には戸惑いもあった。
ラギナ自身もどうにかしようとはしてるがどれも空回ってしまっており、助ける、護ると口に出した自分の行動は偽善なのではないかという疑念さえ生まれていたのだ。
「他のヤツにもこのことは話したが結局こうなってしまっている。なんというか……空気を掴んでいるような、実感が沸かないんだ。俺はあの子とうまくやっていけるんだろうか……」
「なるほどなぁ……。……今の話を聞いてワシが言えることは、実はそんなに大したことじゃないんじゃないか?」
「……ん? え?」
リグの言葉から出た答えを聞いたラギナは思わず間抜けな声を出してしまう。
顔を横に向けて彼の顔を見ると髭を触りながらもリグは話を続けた。
「だってお前さん、ここに来たっていうことはあの子と家族になるっつーことだろ?」
「家族……。確かにそうか。そうなる、のか……」
「なんじゃあ? そんなことも思ってなかったのか。お前さん家族は? 最初からずっと一人だったのか?」
「ああ……。家族は……いなかった」
「……そうか。じゃあ仕方ないな。いいかラギナ、家族っつーのはな、ちょっとやそっとの事でその絆っつーのは無くならないモンなんだ。それが無くなっちまうっていうのは本当にろくでもない事が起きた場合だけだ。一緒に入れば楽しいこともあるし、逆にこういった衝突とか辛いことも起きる。深い関係になればこれは必然だ。それが無い、もしくはぶつかって無くなっちまうような関係ってことはだな、それはお互いにとって"赤の他人"だったってことだ。だがあの子はどうだ? ここまでお前を信じてついてきてくれただろ?」
「……そうか。なるほどな」
「だからそこまで気ぃ張って心配するほどじゃない。ちゃんと話せばわかってくれるさ。まぁ家庭を持ってないワシがいうのも説得力がないが……それを言うのは無しだぞ?」
「……ありがとうリグ。だいぶ楽になった」
「なーに、これぐらいならお安い御用だ。お前さんも苦労してるんだな。ワシぐらいならいつでも相談相手になってやるぞ?」
「ふっ……。助かる」
「さーて、ワシもそろそろ仕事をしないとな。お前さんは?」
「俺はこれから薬草を採りに行くつもりだ」
「よっしゃ。それじゃあお互いにそろそろ動こうかのう。今はこういった事をしてるがいずれはちゃんと鍛冶をしたいのう。その時はここに人も多くなっているだろから息子……とまではいかんが弟子ぐらいはほしいな!」
リグと話し終えたラギナは立ち上がると互いに別れの挨拶をして自分たちの仕事へと戻っていく。
工房を出たラギナは帰ったらミリアとちゃんと話そうと思うと、いつの間にか体は最初よりも軽くなっており心のしこりも何処かへと消えていったのだった。




