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第29話 一日の終わりに

 畑の仕事をしたラギナとモログは少し離れた場所にある川で体を洗って汚れを落とした後、終わったことを報告するために村の方へと戻っていく。

 日の当たる場所でリンゼルが小さなテーブルに座りながら報告書を書いているのが見え、遠くにある原っぱにはミリアとクローディアが座っており花を集めてそれで何かを作っているようだった。


「畑の仕事の方、終わりました」

「そっちはもう終わったのね。お疲れさ、ま……?」


 彼の声を聴いたリンゼルはペンを置いてそこに目を向けると思わず声を失う。

 その視線の先には筋肉質の男が二人。一人は見慣れているがもう一人は上半身が裸であり、古傷の痕が筋肉によって浮いているように見える。

 水場で汚れを落としてきたようだが、太陽に照らされる男二人の汗臭い様子は消すことは出来なかった。


「畑の仕事はリグじゃ腰を痛めてしまいますからね。ラギナのおかげでだいぶ捗りました。これなら結果も期待できそうです。……リンゼル様?」

「…………。……え? ああ、ゴホン。その、隣にいるのはラギナ……?」

「ん……? ああすまん。人間の姿になれるって言ってたなかったな……。別に隠していたつもりじゃなかったんだが……」

「そ、そうなの。それってウルキア族の皆ができるの?」

「いや俺だけだ。俺は混血ハーフだからな。そのせいだと思う」

「なるほど……。でもこんなに早く終わるなんてね。畑って結構時間とられる作業だったから、これなら空いた時間を使って他のことも出来そうね。例えばそう……今リグが使える木材を作っている最中なんだけど、それを使って色んな場所を修復する作業に充ててもいいわね。ラギナに紹介した家とか。あそこは使ってなかった分ボロボロだし……あー、ところでラギナ」

「なんだ?」

「その恰好……、なんとかならない?」


 リンゼルの指摘にラギナは自分の体を見る。

 ズボンは履いているが上半身が裸のラギナは他の者と比べて確かに浮いており、改めてそのことを意識し出すとなんとも言えない気持ちになった。


「あー……実は魔族と人間で体が違くてな……。ズボンは大丈夫だったんだが上の方が人間から魔族に戻るとどうしても破ってしまうんだ。破れないぐらいのがアレばよかったんだが中々見つからなくてな……」

「なるほど……。それじゃあそういう服をこっちで見繕っておくからそれを着るように。流石にその恰好でうろつかれるのはその……ねぇ?」

「まぁ……そうですね、はい」

「す、すまん……」

「ラギー!」


 乾いた笑いの二人に申し訳なさそうな顔で頭を下げるラギナにこちらに気が付いたミリアが彼の名前を大きな声で呼びながらクローディアと一緒に花のブレスレットを持ってきてやってきた。


「これ、クローディアさんと作った」

「お、おおそうか。くれるのか?」

「うん……!」

「ありがとう」


 ミリアの目線に合わせるようにしゃがんでいくつもの花が編まれたブレスレットを貰うが、さすがに手首には小さすぎる為にブレスレットを重ねるとそれを右手の指に通して彼女に見せる。

 つけてくれた花のブレスレットを見たミリアは屈託のない笑みであり、初めて見る彼女の表情にラギナの心も温まっていった。


「あー、こほん。それでこの後はどうしましょうか」

「む、そうだな。この周辺を見たいから探索してきてもいいか? そのついでに野草や薬草などがあれば採ってこよう」

「わかるの?」

「一応分かる範囲であれば。それに俺は鼻がいいからな。もしかしたらこの村の足しにできるかもしれない」

「わかったわ。それじゃあ今日はそっちをお願いね」

「わ、私も行く。私も手伝う……!」

「だったら俺は木を切ってくる。リグをサボらせるわけにはいかないからな」

「わかったわ。それじゃあ三人とも、よろしく」


 リンゼルから了承を得るとラギナは人間の姿から魔族の姿へと戻るとミリアはその背中に乗って村の外側へと走っていき、モログは持っていた鍬を斧に持ち替えて持ち場へと向かっていく。

 微笑ましい様子だった彼らを見送ったリンゼルはふと近くにいたクローディアがぼーっと立っているのに気が付いた。


「クローディア……? どうしたの……?」

「あ、その……。殿方の裸というものを……こう、はっきりと見てしまったので……」


 赤みがかった顔を両手で包みながらそう漏らす彼女はどこか恥ずかしそうな、そんな初心な反応にリンゼルは少し苦笑いしつつ報告書とは別の書類を取り出して置いていたペンを持って走らせた。


「早めにラギナの服を調達してもらうようにしようか……」



 ──ミクス村の周辺は原っぱを超えると森があるがそこは魔族側と人間側で差があるようで、やはり魔族側の方は鬱蒼としており深い森が広がっているのが近くまで寄るとわかる。

 大気中に含まれる魔力の量が原因なのかもしれない。しかし希少な薬草や木の実などはそういった場所に群生しており、それはラギナが人間の村の近くで暮らしてきた時に知ったことであった。


「ふむ。ここら辺で採ろうか。袋はあるか?」

「あるよ」

「他のヤツの匂いは……しないな。奥深くまで行かなければ大丈夫だ。夢中になって行くなよ?」

「うん。わかった」


 ラギナとミリアは二手に分かれて薬草を採取していく。探してみると幸いにもラギナが採ってきたモノばかりであり、中には希少性の高いモノまで採ることができた。

 黙々と採取しているミリアの事は目視できる範囲で見ており、万が一見失っても匂いで探知できるぐらいの距離にはいた。

 そんな時、ふと鼻に掠る別の匂いをラギナは感じ取る。その匂いから敵意は感じないが遠くもない位置から感じるそこにラギナは念のため向かっていくことにした。

 森の中を警戒しつつ歩いていくとその匂いの正体が判明する。それは前に出会った群れていたキラーウルフの一匹であり、敵意を感じなかったのは明らかに怯えているようであったからだ。


「……お前か」

「グゥ、グルル……」


 唸り声をあげてはいるがその声は本能を抑えての精一杯の強がりによるものであり、ラギナはすぐに虚勢であると気が付く。

 自分たちの縄張りをラギナという魔族によって荒らされてしまったのか仲間がバラバラになってしまい、その逸れた一匹がコイツなのだろう。

 このまま放置してもよかったがキラーウルフは群れるモンスターである。今は一匹だがいずれ仲間が合流すればここを離れてもどこかで人間に危害を加えてしまうだろう。

 ラギナはゆっくりとキラーウルフに近づいて膝をつくと、睨んでくる目をしっかりと見据えて話し始めた。


「悪いが俺がここにいる以上お前たちに居場所はない。仮に他の場所でお前たちを見つけたら今度は全員殺す。だがこの奥なら俺も追っては行かんし、もしかしたらお前たちの住む場所も見つけられるかもしれん。そこははっきり言って厳しい場所だが……群れで動くお前たちならなんとかなるだろう。わかってくれるな?」

「グゥ……」

「逸れたお前たちにも伝えておいてくれ。これはお前の仕事だ。頼むぞ」


 キラーウルフの頭を優しく撫でながらそう言うと理解したのかゆっくりと立ち上がると仲間の匂いを鼻で嗅いでその方向へと向かっていき、その姿が見えなくなるまでラギナ静かに見届けていた。


(すまんな。これも摂理っていうヤツだ。さて、そろそろ戻るか)


 一人になったラギナは立ち上がりミリアの方に戻ると黙々と集中して採取し続けているのが見える。

 ラギナはゆっくりと近づいて彼女の背中を指でちょんっと触るとそれに驚いたようでビクリと体を跳ね上がらせた。


「わわっ!? ラ、ラギ?」

「うおっ、そこまで驚くとは……。随分と夢中になってたんだな」

「うん、いっぱい採ったよ。ほらっ」

「おお、これはいっぱいだな」

「えへへ……」


 ミリアはそういうと手に持った袋をラギナに見せるとそこにはパンパンに膨れており、それを見たラギナは彼女の頭を撫でながらミクス村に戻っていく。

 日はすでに傾いており、夕焼けが空を彩っている中で未だに外で書類とにらめっこしているリンゼルに二人は薬草を採取した報告しにいった。


「も、戻ったよ……!」

「んっ、ああ、おかえり。どうだった?」

「パンパンさ」


 ラギナとミリアはそう言って二人で膨れた袋を見せると驚いた顔でまずはラギナのを受け取りその中身を確認する。

 一つ一つ薬草を取り出していく中でその量と質にリンゼルの顔は面を食らったようだった。


「す、すごい……。貴重な薬に使うのに必要なモノもある。こんなにあるならクローディアも喜ぶわ」

「何か出来るのか?」

「本業の調薬師ほどじゃないけど簡単な薬は作れるわ。それもお金にできるからとってもありがたい」

「なるほどな」

「わ、私もいっぱい採ってきたよ……! ほらっ……!」

「お、どれどれ~?」


 二人の会話に入りたがったミリアは主張するように袋の中から採ってきたのを取り出してそれをリンゼルに見せる。

 リンゼルは彼女のそれを手に取ろうとする手前、ラギナはそれが毒のキノコであるのに気が付くと咄嗟に右手で払ってしまった。


「ミリアっ! それはダメだ!」

「きゃっ!?」

「えっ!? 何っ!?」

「あっ……」


 ポトリと地面に落ちて転がる毒キノコを見た後、リンゼルは驚いた表情のままラギナの方に向ける。

 ラギナはハッとなって今自分がしたことを思い出しながらミリアの方に顔を向けるとそこには何が起きたか混乱したせいか今にも泣きそうな表情でこちらを見つめていたのだった。

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