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第2話 ラギナとミリア

 暗い夢の中でミリアは走る。どれだけ走っても背中から追われる感覚に嫌な汗が止まらない。

 恐怖で心が潰されそうな時、腕を何かが掴んでくる感触に気を取られて振り向いた。

 背後から迫ってきたソレは無数の手。ミリアの腕を掴んだ手に体を引っ張られその無数の手の中に放り込まれ全身を蹂躙されるのを感じるとミリアは声にならない叫びをあげていた。


「──……ッ! うぅ……、……ッハ! はぁ……はぁ……」


 意識がはっきりとしてくると悪夢から逃れるかのように瞼が開いていく。

 ベッドの上で体を寝かせているが息は動悸によって苦しく、嫌な汗が全身から吹き出てさらに不快な熱も帯びていた。


「目が覚めたか」

「……え?」


 ベッドの隣から低い男性の声を掛けられたミリアはそこに顔を向けると、そこには白狼の魔族がこちらに体を向けて椅子に座っているのを見ると微睡まどろみの中で彼が名乗っていたことを思い出していた。


「あの状態から意識が戻るまで三日か。お前は見た目よりもかなり丈夫なんだな」

「……っ! う、ゴホッ、ゴホッ……」

「おい、無理に動こうとするな。安心しろ、俺は何もお前に危害を加えるつもりはない」

「……あ。その、あ、あたし……」

「ミリアだろ? 眠る前にそう言っていた」

「そ、そう。──うっ……!」


 拙い会話をしている中、ミリアの意識が覚醒してくる中で唐突に全身から酷い痛みに襲われる。

 自身をよく見たら体には包帯が巻かれており、片腕と両足はまだ動かせなかった。

 そんな自分を見てラギナは椅子から立ち上がるとこちらの近づいて静かに様態を始めた。


「やはり魔族だから回復が早いな。それにしては治るのが早すぎるが──」

「…………」

「起きたばかりで悪いがまた眠る前に少しだけ話をさせてくれ。お前は崖下で倒れているのを見つけて俺の家に運んだんだ。ここは村のはずれにあるから多分大丈夫だ」

「……?」

「近くの村には人間たちが暮らしていてな。俺はその村にお世話になっている身なんだ」

「……!!」


 ラギナから出た『人間』という単語を聞いてミリアの表情が苦悶に満ちていく。

 何かを思い出したのか。それとも思い出そうとしたのか。そんな彼女の反応を見て崖下に落ちていた理由など今は聞くのはやめておこうとラギナはそう判断した。


「お前が何を思おうと、どうせ今は動けないんだ。体が治るまではしばらくここで大人しくしていたほうがいい。腹、空いているか? 外でスープを作ってある。食わないか?」

「…………」

「ラギナさん いるかー!?」


 静かに頷くミリアを見てラギナが外に出ようとした時、家の玄関のドアを叩いた音と共に人間の声が聞こえるとそれにビクりとミリアは体を震わせる。

 動かせない腕と足を使ってベッドの端に震えながら逃げようとする彼女を見たラギナは静かに被せていた薄い布団を顔まで覆って全身を隠してあげるとそのまま玄関へと向かっていく。


「……っ!」


 その時、布団の端から目の部分だけをラギナの背中を覗いていたミリアはその光景に驚いた。

 あの白狼の魔族の体が玄関に一歩ずつ近づくたびに()()()()()()()()()()()()

 全身を覆っていた毛むくじゃらの白毛が短くなっていくと体の皮膚が見えていき、その肌の質感はまさに人のそれであった。

 強靭な肉体もそれに伴って人のベースの筋肉質になり、全長も少しだけ小さくなり頭部にあった獣の耳は髪の毛と同化して無くなると代わりにこめかみには人の耳が生えていた。

 魔族の姿から人の姿になる中で唯一面影のある部分は背中まで伸びている白い髪の毛の量ぐらいだった。


「いるぞダンケル。響くから扉はそう叩かないでくれ」

「おお、すまんすまん。いつもの癖でな……」


 玄関を開けた時に発したラギナの声も若干人に寄っており、家の中を見られないように僅かに開けたそこには三十歳程度の村の人が見えた。


「頼まれてた薬、そろそろ切らしたと思って持ってきたんだよ。ほら、ケガした"動物"がどうこうって言ってたじゃないか」

「そうか。わざわざすまんな。そういうのはこっちから行くもんだと……」

「いやいや、いいんだよ。ラギナさんにはお世話になってるからね。これぐらいさせてくれよ」

「そう言ってくれると……うむ……。そうだ、ちょっと待ってくれ」

「……?」


 玄関を閉めて外に村の人を待たせるとラギナは戸棚にあった小さい袋を手に取って再び玄関を小さく開けながらそれを差し出した。


「丁度よかった。これ頼まれていた調合の素材だ。見つけたから採ってきたぞ」

「本当かい!? いやぁ正直この周辺でこれ見つけるのかなり骨が折れる代物なんだ。しかもこんなに……これはありがたい。ああ、しまった。お金は今持ってない……」

「いらんよそれは。いつも言っているだろう」

「いやいやいや、正当な報酬は受け取るべきだ。それが所謂いわゆる一つの信用になるってことさ」

「ううむ……あんまり慣れんな。そういうモンは」

「はっはっは! アンタって本当に珍しい人だよ! だったらさ、近いうちにこっちに来なよ。お金渡す次いでに婆さんたちの話し相手になってよ。あんたは俺から見てもイイ男なんだから、来てくれたらみんな喜ぶって」

「う、うむ。じゃあ近いうちに……」

「そういえば外にあるスープ……アレ、飲むのか……?」

「そうだが?」

「そ、そうか。じゃあこっちに来たら色々渡すもん増えるな……」


 ラギナはそのまま外に出るとそこで村人のダンケルと別れの挨拶を済ませつつ、家に戻ったその手には温かいスープの入った木の容器が手に収められていた。

 ミリアはそこで初めて"人の姿"になったラギナを真正面から見ることになり、その姿は若い魔族の声をしていたラギナは人になると特徴的だった獣の長い鼻はなくなって少し老けた顔つきをしている。

 何よりも毛量が減って露出した肌、特に顔にはいくつも古傷が見えていた。


「それって……」

「ん……? ああ、この姿か。別に隠すつもりはなかったんだが……。……俺は混血ハーフなんだ。魔族と、人の……」

「えっ……」

「だから俺は魔族にも人間の姿にもなれる。最初はまぁ……いろいろあったが今はこの姿になれることは都合がいい」

「…………」

「……驚かせて悪かったな」

「……ううん。大丈夫。全然、変じゃないよ」

「……そうか」

「……ねぇ、ラギ」

「ラギナだ」

「でも……そう呼びたい」

「……勝手にしろ。で、なんだ?」

「お腹減った」

「──……おっと?」


 ミリアの言葉にラギナは温かいスープが冷めてしまう前にベッドで寝ているミリアの近くまで寄り添い木のスプーンと容器を持って行った。


「自分で食えるか?」

「……ううん」

「………じゃあ俺がやる。ちゃんと飲めよ?」

「うん」


 ラギナはまずミリアの上半身を優しく起こしてあげた後にスプーンを持ってと湯気が立ち上っているスープを掬い上げて彼女の口に持っていこうとした時に思わず自分の口が動いた。


「……ちょっと待て」

「……?」


 ラギナは一度スプーンをこちらに持っていき、温かいスープに息を優しく吹いて冷ましていく。

 目立っていた湯気が落ち着いて丁度よくなった温度になった頃、もう一度ミリアにスプーンを持っていくと小さな口を開けてそれを含んでいった。


「……はむ」

「……飲めるか?」

「……ん」

「……そうか」

「…………。……まずい」

「む……」

「でも、飲める」


 一杯目を飲み終えたミリアは雛のように小さな口をこちらに向けながら広げて待っている。

 ラギナはそれを見ながらスープを息で冷ましながら彼女の口に運んで行ったのだった。

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