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第28話 一日の過ごし方

 寝ている体を預ける感触が久々に安心していることを感じていると一部が異様に重くなっていることに気が付く。

 ずっと気を張っていた疲れからだろうか。それにしては全身、というよりは部分的な箇所のみ重くなってることに不思議に思ったラギナは瞼を擦りながらゆっくりと顔をそこに上げていった。


「ううん……。うん……?」


 目を開けた先には横向きに寝ていたラギナの側面、毛量の多い背中の部分を抱くように乗っかているミリアの姿が見え、熟睡しているのが安らかな表情から聞こえる寝息と口から垂れる涎でわかる。

 ここから起きようと動こうとすれば横になっている為に腕と足の間に落っこちてしましそうなのを見てラギナはゆっくりと静かに体の向きを横から仰向けに体勢を変えようと動かしていったが、仰向けになったタイミングでミリアが彼の体にがっしりと掴んでしまった。


「うぐっ……。こ、こいつ、意外と力が……」


 ラギナのふかふかの毛のベッドをまだ堪能したいのかミリアは起きる全く気配がしない。

 彼女を引きはがそうにも少女とは思えない力は魔族由来のものだろうか。しかし安心して眠っているミリアの姿を見て引きはがそうと体を掴んでいた手をどかして額に置きながら天井を見つつ一息ついていった。


(まぁ……もう少しだけこのままでもいいか……)


 時折顔を擦り付ける圧力に少し息苦しさを感じつつも、今のこの空間はとても安心できる環境であることを噛みしめていると家の外からノックされる音が聞こえる。

 そういえば昨日モログの所に行けと言われたのを思い出し、もしかしたら遅い自分たちを見かねて彼がここに来たのかもしれない。

 ラギナは少し申し訳ない気持ちで寝ているミリアを名残惜しさを感じながら引きはがしてベッドに寝かせると、玄関の扉を開けた先にはカジュアルな格好をしたモログがいた。


「おいおい、もう朝の時間が過ぎちまうぞ。中々来なかったらこっちからきたけど、その様子じゃかなり疲れてた感じなのか?」

「す、すまん。そうかもしれん」

「あの子は?」

「まだ寝てる」

「そうか。悪いけど起こしてくれないか? 外で朝食が出来てるんだ」

「朝食?」

「そう。ここは人がまだいないからな。朝、何もない日は出来るだけ皆で集まって食べてるんだ。そっちの準備が出来たら広場まで来てくれ」


 モログはそう言って彼らから離れると朝食という言葉に昨日から何も食べてなかったことに体が気が付いたのか大きな腹の音を鳴り始める。

 ラギナは寝ているミリアの体を揺らして朝のご飯を食べることを伝えながら起こすと彼女も眠そうに瞼を擦りながら体を起こした。

 しかしまだ寝ぼけているようであり、ラギナは彼女の手を取って誘導するように外に出ると朝の爽やかな風と暖かい太陽が二人を迎える。

 ゆっくりとした足取りで広場へと向かうとそこには大き目のテーブルには同じような恰好のリンゼルとモログ、そして魔族のエルフ族とドワーフ族の四人がこちらを見て待っていた。


「お、ようやく来たのか。待ちくたびれたわい」

「お前たちの席はこっちだ。座ってくれ」

「ああ。ありがとう」

「それじゃあ食べましょう。いただきます」

「いただきます」


 テーブルの上にはカリカリに焼かれたベーコンと目玉焼きと数枚のパン、そして野菜くずで作ったスープが置かれており、その匂いは腹を透かせた二人を刺激するには十分であった。

 リンゼルの挨拶と共に皆が朝食を堪能していく。人間に調整された量はラギナにとって少し物足りなかったがそれでも口に入れた飯が舌を震わせるほど旨かった。


「お前さんが昨日やってきたというウルキア族か」


 パンを口に運んでいく中でラギナの隣に座っているドワーフ族がこちらに話しかけてくる。背は低いために足が浮かないように作られた特注の椅子に座っており、毛むくじゃらの髪の毛と髭の中に筋肉質な体が特徴的であった。


「ラギナだ。この子はミリア。よろしく」

「ワシはドワーフのリグだ。ここで鍛冶を担当しとる……が、今は鍛冶というよりは道具の修理屋だな。何せそういう設備が整ってないからのう」

「今だけよ。人が多くなればいずれは必要になってくるわ」

「ハッーハッハ! 頼むぞリンゼル殿! それでこっちのエルフ族はクローディアだ。人見知りだが仲良くしてやってくれ」


 リグの説明で彼の横にいたクローディアと呼ばれたエルフ族が小さく会釈をする。

 整った顔つきに長い金髪はまさしく森に住む美女である彼女だったがどこか暗い雰囲気が漂っているのが印象的だった。

 全員がラギナに自己紹介を済ませた後、いつの間にか朝食はきれいに平らげている。

 それぞれが食べ終えるとリンゼルは立ち上がるとラギナに顔を向けて話していった。


「それじゃあラギナ。悪いけどあなたにはやるべきことがあるわ」

「なんでも言ってくれ。俺ができることなら手伝うつもりだ」

「そう言ってくれるとありがたいわ。それじゃあ、はいコレ」

「これって……」


 リンゼルはテーブルの下に置かれていたモノを取り出してラギナに手渡すとそれは鍬であり、それを見たラギナはキョトンとした顔でリンゼルを見つめていた。


「これで……何を?」

「これを使ってね、畑を耕してもらいたいの」

「畑を?」

「そう。一応ここは定期的に食料とか物資が運び屋によって調達されるんだけど他の所から離れているからここに来るタイミングも不規則でね。それにいつまでも頼ってはいられない。だからある程度は自分たちで食べる分は作らないとね。畑自体は前に使われていたのがあるからある程度で気が楽だけど、それでもちゃんと育ってくれるかわからない。でもここをちゃんとした場所にするにはやらなきゃいけないことね。ミリアちゃんは……そうね、クローディアと一緒にいてもらいましょう。それでいい?」

「なるほどな……。わかった」

「畑は俺とやるんだ。よろしくなラギナ」


 モログが立ち上がると地面に置いていた鍬を担いで案内するように手を促していく。

 ラギナも立ち上がって鍬を軽々と持つとリグが焦った様子で指を示して言葉を放った。


「お、おい! あんまり乱暴に使って壊すなよ!? 直すのにも手間がかかるんだからな!」



 ──モログと一緒に向かった畑は意外と広くすでに耕されている場所もあり、中にはすでに実がつく前の段階まで育っているのもあった。


「今日はあっちの荒れた方を整えよう。たくさん作って秋の収穫祭に間に合えばここもだいぶ楽になる」

「食うためだけなのにそんなにいるのか?」

「ああ。冬は厳しいからな。それに余るほど出来れば他の所に売ることも出来るかもしれない。それじゃあ早速やろうか」


 モログはそう言うと早速荒れた土を耕していく。

 騎士たちの職についている者たちがこんなことをしているということに不思議な光景だと思いつつラギナも早速持ち場について取り掛かっていった。


(思ったよりも楽だな。でも……)


 ラギナの力であれば荒れた土を片手で、しかもあまり力を入れなくても簡単に掘り起こしてしまう。逆に言えば少しでも力を込めると深く突き刺さってしまい、もしその中に石があればそれによって鍬が壊れてしまいそうな感じもあった。

 荒れた土を掘り起こして数十分。照らされる太陽の日差しが毛深いラギナにとっても暑く、汗もかき始めていった。


「流石に暑いな……。ふぅ……」


 ラギナは熱された体が冷たさを求めるように魔族の姿から人間の姿へと戻っていく。

 毛深い体から素肌が露になり、すり抜けていく風の冷たさがなんとも心地よい。

 それに鍬を振り下ろす力が人間の姿の方が丁度よく、これなら自分の力で壊れることもないだろう。

 都合が良いと思ったラギナはそのままの姿で畑を耕していくと、突然後ろから声を掛けられた。


「あ、あれ? お前、ラギナか?」

「ん……?」


 振り向くとそこにはモログが目を丸くしてこちらを見ており、その視線は明らかに人間の姿のラギナに向けられている。

 それに気づいたラギナは汗を手で拭いながら持っていた鍬を下ろして説明していった。


「……なるほど。そういう事情があったのか。しかしまさか人間になれるとは」

「……黙っていてすまん。この姿はあまり見せるもんじゃなくてな」

「いや大丈夫さ。ここに来る者ならそういうのも気にしないと思うし。それにしてもかなり早いな……」

「……? 何がだ?」

()()だよ」


 モログの親指で示す先にはラギナが耕した土が広がっており、それは向こうでやっていたモログよりも範囲は広い光景であった。


「さすがだな。ここまでやってくれると力仕事は任せられるな」

「夢中でやってただけさ。こういうのは初めてでな」

「そうか。それじゃあそれもどうにかしないとな」

「む……?」


 モログの指が今度はラギナの方に向けられて視線をそこに合わせると自分の胴体が見える。

 それは汗と土に体だけではなく白い髪の毛にもべったりと汚れがついていた。


「そんだけ汚れても気が付かなかったなんて夢中っていうのはホントだったんだな。水場は少し離れた場所にあるから終わったらちゃんと洗って落としたほうがいいぞ。しかし……」

「……?」

「うーーーむ……体についてる傷もそうだがその筋肉、かなり凄いな。魔族も何か鍛錬とかするのか?」

「わからん……。少なくともウルキア族でそういうのはなかったな」

「なるほどなぁ。しかしその姿になった感じが……なんか凄いな。なんつーか、顔は年取ってるけど好きなヤツはいるぞ。多分」

「……なんのことだかよくわからんが、とりあえずあんまりジロジロ見るな」

「ダッハッハ! すまんすまん! 男の俺でもついお前の体に見惚れちまったよ! さ、早く水場に行こう。こっちだ」


 モロクが笑いながらラギナの背中をバシバシと叩くと土塗れになった男二人は水場の方へと歩いて行ったのだった。

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