第26話 人間の地へ
人間の住む場所で暮らした時間が長かったラギナは魔族の地からここへ戻った時に感じたのはまずこの地で広がる自然の爽やかさであった。
大気中の魔力が濃いせいか、鬱蒼とした雰囲気がある魔族の地と比べて人間の住む地は少ないせいなのかカラっとしてる。
自然のままに残した獣道ばかりの道もここでは町や村に近づくと整地されており、それがこちらにとっては目印になっていた。
「地図の感じだと……あともうちょっとだな。頑張れるか?」
「うん、大丈夫」
ラギの背中に乗っかっているミリアも流石に長時間この体勢では疲れも出始める。
空を見上げるとすでに正午を過ぎており、太陽が傾いて夕闇に染まるのも時間の問題だった。
夜になれば何処だろうがモンスターが生息するこの大陸では人間の領域とはいえ野宿はリスクがある。
カルラとの一件もあったためにラギナは魔族側の方面ということもあって"このままの姿"で駆けていく判断をしていた。
「……ん?」
そんな中でラギナの鼻に何かが掠るように匂いを探知すると走っていた足を止める。
周囲は林が立っている林道であり、視界が悪いこの場所で一度ラギナは地面に鼻を近づけてこの匂いを感じ取っていった。
「すんすん……」
「ラギ、どうしたの……?」
「いや……多分これはモンスターの匂いだな。この先から感じる」
「それって危ない?」
「うーむ……人間の場所で見たモンスターはそこまで強くはなかったが……。とはいってもまだ魔族側の方が近いと思えばどうだか……。念のため見てくる。そこで待ってろ」
「うん、わかった」
ラギナは背中に乗っていたミリアを降ろすと急いで道の先へと向かっていく。
匂いの塊は大きく実際に見てみないとわからなかったがその正体はすぐに判明した。
「これは……キラーウルフの群れだったのか」
──【キラーウルフ】。自然界に生息する狼が高濃度の魔力に充てられたことで生まれたモンスターであり、大人ほどの大きさの体格で群れを成しているそれは数が多ければそれだけ厄介な存在であった。
だが魔族には同じ系統の種族のモンスターであれば従える力がある。これはモンスター側の本能なのか魔族側の力なのかは未だに謎だがともかくウルキア族であれば犬系統のモンスターはコントロールすることができるのだ。
「距離的に人間側に迷い込んだのか? まぁでも、この程度なら別に……」
「グルルルル……!」
「──……グォワッ!!!」
「……ッ!!!」
ラギナを見つけたキラーウルフの群れは相手が同種の魔族ということを知りもしないのか恐れずに威嚇の唸り声をあげたのを見てラギナも負け時と威嚇の声を唸りあげる。
その一声で本能的に相手が自分たちよりも上の存在だということを理解したのか、歯をむき出しにするほど攻撃的な態度が一変して途端に耳と尻尾が垂れて丸々と縮こまって弱腰になっていった。
「グウゥゥゥ……」
「いい子たちだな。魔族側よりも物分かりがいい」
ラギナの一声でキラーウルフの脅威は去ったのを見ると手を雑に降って"散れ"の合図を送ろうとする。
その瞬間、奥側にいたキラーウルフが煌めく何かに攻撃され、悲鳴をあげていった。
「キャンッ!」
「な、なんだ……!?」
唐突に攻撃されたキラーウルフたちはその方向に向きなおすと再び威嚇の態度を取っていく。
そこに見えたのはバケツの形をした鉄兜を被った大柄の人間の騎士がこちらを見ていた。
「コイツらこんなところにも……。なるほどな、お前がこいつたちのボスだったか!」
「……は?」
騎士は手に持ったメイスをこちらに向けてその言葉を吐いたがラギナはそれを理解できず思わず間抜けな一言が漏れてしまう。
一体どうしてそんな判断になったのか。そのことに疑問を持つと今自分が置かれている状況に気が付くと冷や汗が出た。
それはキラーウルフたちの位置が明らかにラギナを守るような陣形を取っており、モンスターを従える魔族ということもある為に相手の方からはラギナが群れのボスに見えていたのだ。
「ま、待て! 違うぞ! 散れ! お前たちさっさと散れ!」
「……ッ!」
ラギナは勘違いされたとすぐに理解し、両手を振ってキラーウルフたちの群れを周囲に逃がすように促し、両者二人だけの状況になったがそれでも目の前の騎士は警戒を解かなかった。
「勘違いだ! 俺はただこの先の村に用があっただけだ!」
「嘘をつけ! キラーウルフの群れがこの周辺で暴れているのはわかっているんだぞ! まさか魔族が絡んでいたとは……ならばその根幹を絶たねばなるまい!」
「落ち着け! 俺は違う!」
「問答無用!」
バケツ頭の騎士はメイスを振りかざしてラギナに襲い掛かる。
勘違いされている以上、下手に人間に危害を加えることも出来なかったがそれよりもラギナにとって別の部分に懸念がいっていた。
(この姿、ということはこの武器にも……!)
「うぐっ!?」
振り下ろしたメイスの先端をラギナは手で掴んで防ぐが、同時にそこから焼けるような痛みがラギナに襲い掛かる。
まるでカンカンに熱された金属をぶつけられたようなこの感覚はラギナにとってある意味馴染み深い痛みであり、すぐに掴んでいたメイスを振り払うとバケツ頭の騎士と距離をとった。
「この痛み、やはり聖力か……!」
「魔族にも効くだろう。神から与えられたこの力は」
──聖力。百年戦争時、魔族よりも力が乏しかった人間は内側から感じるこの力を引き出すことで魔族に対抗できるようになった。
それは魔族、モンスターに対して特化した痛みであり僅かな聖力ですら痛みを伴い、触れ続ければ火傷に似た症状をするほどの効果を持っている。
この力を使って人間同士が協力したことにより非協力的だった魔族は彼ら勝つことが難しくなり戦争が長引いた原因でもあった。
故に聖力は魔族にとって忌々しいものであり、同時に脅威でもあった。
(不味いぞ! なんとかして誤解を解かなければ……!)
「フン!」
聖力が宿ったメイスを振り回し、それをラギナは後ろに下がるように躱していく。
誤解を解くために口を開こうにもバケツ頭の騎士は中々の手練れであり、その隙すら与えてくれない。
防戦一方ではこちらがやられてしまう。その考えが過った時、ラギナは思わず反射的に手を出してしまった。
「うぐっ!?」
手を突き出す掌底をバケツ頭の胴体にぶつけて自分との距離を強引に引きはがす。
だがこのぶつけた胴体には鎧があり、無論そこにも聖力を僅かに宿している為か攻撃した手も焼けた痛みが広がっていた。
「むぅ、中々やるな……!」
「ど、どうすればいいんだ……こういうときって……」
「大丈夫か!?」
「──っ!?」
どうやって目の前の人間を説得するか悩んでいた時にバケツ頭の騎士の後ろから細身の騎士が合流してくる。
その姿は白銀の軽鎧に少し暗めの青のサーコートを纏っており、その装飾に縫い取られている黄金の糸によって青い薔薇の形が描かれている。
体格は隣にいるバケツ頭の騎士より僅かに低い程度の身長であり、覆われている軽鎧の内側からは鍛え絞られた肉体が威厳を醸し出していた。
「リンゼル様! ご無事で!」
「こっちはもう終わった! モログ、状況は!?」
「ハイ! こちらもキラーウルフの群れと魔族のウルキア族を発見。恐らくアレがこいつらを引き連れてきたのかと……」
「なるほどな……。つまりアイツを倒せばこの一件は片付くということか」
「や、やばい! 状況がどんどんおかしくなっていく!」
二人に増えた騎士を見て流石のラギナもこれには焦りを見せる。分が悪いと感じたラギナは一度、撤退をしようと後ろを振り向いたその動きの隙を白銀の騎士は逃さなかった。
「逃がはしない! 聖力発動!」
「……ッ!」
「我が光の剣に貫かれろ! 【剣舞・聖光刃】!」
白銀の騎士は腰につけた長剣を抜いて軽々と振りながら聖力を流し込んでいく。
長剣の刃に聖力の光によって文字のような線が浮かび上がり、十分に流し込んだのを確認して技名を発すると、それをくるりと宙に円を描くように振った。
光の円を描いたそこからいくつもの長剣に似た光の剣が発現すると、白銀の騎士の一声でそれらが一斉にラギナに襲い掛かっていく。
「クソッ!」
聖力の塊のようなこの光の剣に当たればラギナもただでは済まない。
迫りくるこの刃をラギナは巨体の身でありながら紙一重で躱していくとそれを見た騎士たちも驚きの声と表情が兜の中から漏れていた。
「何っ!? 今の攻撃が当たってないというのか!?」
「あの巨体であの身のこなし……ただの魔族じゃないな……。気を引き締めろモログ。気を取られればこちらもやられる……っ!」
「わかってます……!」
ラギナが今の攻撃を全て躱したのを見て二人の騎士は逆に戦意が向上していくのを感じ、状況は益々悪くなっていく。
下手に背を向ければ攻撃を食らってしまう状況で逃げることすら難しくなったのを感じたラギナの顔に冷や汗が垂れ始めていったのだった。




