第25話 激闘を超えて
深い水の中にいるような感覚はずしりと圧し掛かる重さによっていつまでも沈んでいくようなそれはラギナの意識すらも巻き込んでいった。
冷たくなっていく体は指一本すら動かすことができない。そんな時、ふと暖かい何かがこちらに近づいてくる。
凍てつくような寒さの中でそれは小さく仄かな灯であったが意識が深い水底から水面へと浮かぶように彼の感覚が戻っていくには十分であった。
「……──。……ギ。ラギ……ラギ……!」
「…………」
自分の名前が呼ばれる声に導かれるようにラギナの意識が少しずつ覚醒し始めていく。
依然として体は重く、瞼を開けるのすら億劫なほどであったが名前を呼ぶ声に聞き覚えがあるのに気が付くと目を開けていった。
「ミリ……ア?」
「ラギ! よかった……よかったよぉ……!」
うつ伏せに倒れているラギナの顔近くにミリアの小さな体が抱いてくる。
彼女の泣きじゃくる様子を見て霞がかかっていた意識も鮮明になるとそれに伴って自分が意識を失う前の記憶を思い出していった。
「俺は……そうだ、カルラ……! あいつ……!」
「む、無茶しちゃだめだよ……! もう大丈夫だから……!」
「大丈夫って、そんなワケ……」
ラギナは重い体を強引に動かして立ち上がろうとするがミリアがそれを制するように両手を体に当てる。
それを見たラギナはふと背中に受けた傷の痛みが全く無いことに気が付くと、改めて自分の状況を確認する。
意識を失った自分はミリアと一緒に別の監禁できる場所に移されたと思っていたがここは意識を失った大広間であり、ミリアも解放されていることに戸惑いを隠せなかった。
「どういうことだ……? 一体……」
「私が治したのよ」
「──……ッ!」
近くでカルラの声が聞こえると反射的に体を動かしてミリアを守るように抱きかかえてその方向を睨みつけたが、そこにいたのは下半身が白い軟体生物になった人型姿のカルラであった。
高台に昇る階段に身を預けるように寄りかかっている彼女は衰弱しているようであり、顔を隠していたマスクも壊れた残骸が転がっており蜘蛛の複眼が晒されていた。
「お前が……? なんでだっ!?」
「……その子に頼まれたからよ」
「ミリアが……?」
「そうよ。まだ信用してないの? 私と一緒だった時、貴方たちをどんだけ治したか覚えてないの?」
「……確かに背中にあった傷の感覚はお前がやった感触がある……。それじゃあその姿はどうした? 何がどうなってるか全然……」
「……貴方が気絶した後、ミリアから攻撃を食らったわ。【バンシーボイス】と言うべきかしら。とんでもない呪いをこの私に掛けてきたわ。おかげでこの様よ」
「ミリアが……? まさか……」
「疑ってるの? 私は稀代の術師なのよ? そんな私に生半可な呪いなんてまず効かないわ。この姿を晒してるのが証拠よ」
「本当、なのか……?」
「う、うん……」
ミリアの頷いたのを見てラギナは思わず手を口に当てて困惑する。
呪術は強力な魔術であるが触媒にしているのは術者本人であり、術の強さに比例して己に災いを齎すリスクのある魔術である。
つまりこれが真実であるとするならば妖精園【クラムベリー】でフロルフィーネとドミラゴが言っていた災厄を引き付けると言っていたことの裏付けであった。
「呪術っていうのはつまり自分の方にも返ってくるだろ? それってどれだけ防げるんだ?」
「元々の呪いに対する耐性という素質に加えて、呪いに対する道具や装身具をどれだけ身に着けるかによるわね。ま、使わないというのが一番だけど……貴方たちって結局どこに行こうとしてんだっけ?」
「魔族と人間が共生しているという村だが……」
「……あぁ。知ってるわそこ。ここからもう少し中央に向かえばある辺鄙な所にね。その子の呪いの力は私を超える程だから何もしなくても溢れ出るけど、まぁそこにいる人間が解呪できるヤツなら少しはマシになるんじゃない?」
「そうか……。というかそこを知ってたのか」
「まぁ……そうね。人間の信者を集めるのにそこも使ったかも……」
「なんだって……!? お前っ……!」
「ちょこっと! ちょこっとだけよ! もーっ、だって仕方ないじゃない! 人間っていうのはね、同じように洗脳した魔族やモンスターよりも祈りの力がとっても効率がいいのよ? そんなのが手に入るなら誰だってするわよぉ」
「はああぁぁ~~~~……」
さっきは口を当てた手は今度は頭の方に深いため息をつきながら向けられる。
まさかそこと因縁があっとは思わなかったラギナだったが過ぎたことを言っても変わらないこともあり、心を切り替えていった。
「ともかく傷を治してくれたことには感謝する。俺たちはもうそこに行くぞ」
「ちょっと私は? もうこの姿って不便なのよ? 全然動けないんだから二、三日ここにいて面倒みてよ」
「知らん。そもそもお前が襲わなかったらこんなことになってない。自分の身勝手さが招いたことだと思って反省するんだな」
「も~~~~っ!」
「それにいつお前がまた俺たちを後ろから襲うかわからんしな。俺はお前を信用してないしミリアが一緒なら猶更だ。世話させるなら信者どもにやらせろ」
「何言ってんの! その子のせいで信者たちみんな呪いで死んじゃったわよ! また集めるの苦労するわホントに……。とほほ……」
「……絶対こっちに来るなよ、お前。ミリア行こう。それじゃあな」
ラギナの手に連れられるように握りながらミリアも寄りかかっているカルラを置いて館を出ていく。
ふとミリアは後ろを振り向くとこちらの姿が消えるまで笑みを浮かべながら手を振って別れの挨拶をするそれは先ほどの様子を考えると不気味な感じをしつつ大広間を後にして出て行った。
彼らの気配が完全に消えたのを確認したカルラはそのまま軟体の下半身を蛇のように器用に動かして移動すると大広間の奥、カルラの隠された自室へと入っていく。
そこには部屋一面が本棚で埋め尽くされているそこは書庫と言っても過言ではない。
その中でカルラは本を取り出しては調べたい部分を探し、なければ無造作に捨てて新たな本を取り出していっていた。
(あの感覚は確かに上の存在そのものだった。まさか上位種を超える魔族が存在するなんて。……まさか、神がこの世に顕現したとでも言うの……? 星座、調律と調和の合間にある禍々しい星……。まずはここから調べる必要があるわね……)
積み上げられた本はやがて山になっていくがカルラは構いやしなかった。
ともかくあの時に感じた感覚を知りたいという溢れる知識欲が彼女を支配しており、小さなテーブルに置かれているのはミリアの素性を調べた結晶石がある。
未だにその模様が伸び続けているそれはカルラの終わることない探求心のようでもあった。
──カルラの館を出てからさらに中央に向かうと人間と魔族を隔てる境界線のように反り立つ山々にぶつかり、その隙間に出来た道を歩いていくと景色が変わる。
そこは魔族が住んでいる不気味で湿ったような場所ではなく、太陽の日差しが明るく照らされ、風が心地よい所に辿り着いた二人はようやく人間の領域についたと確信した。
そこを少し歩くと整地された道が見え、ラギナはミリアを背負いつつ歩いていくとやがて何かの匂いを感じ取っていたのだった。




