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第24話 四英雄"異端の魔女カルラ"─⑦

 カルラとミリアの前で床に倒れこんでいるラギナの体から溢れていた赤い気が少しずつ収まってきている様子がまるで彼の命の灯を表しているようでありそれを見たミリアは涙が零れていた。


「あぁ……ああああっ! ラギ、ラギっ……!」


 なんとかして彼に近づこうとするが拘束されている上にカルラに噛まれた後に毒を仕込まれたのか力も抜け始めている。

 彼の名を呼んで泣き叫ぶことしかできないミリアを横目に目の前で瀕死になっているラギナをカルラはうっとりとした表情で見下していた。


「ラギナ聞こえる? 貴方の愛しの子もこんなに心配してるわ。だからほら、一言でいいの。私のモノになるって言えば貴方たちは救われるわ」

「…………」

「さぁ、ほら……!」

「──……俺は……」


 背中に黒い棒がいくつも刺さり、そこから青い血が垂れて床に溜まっていく中でラギナは横になった顔をあげてカルラの方に向けると最後の力を振り絞るように腕を動かしてゆっくりと這いつくばって近づいて行った。


「俺は……約束した……。絶対に護るって……。だから、返せ……。あの子を、返せ……!」

「ラ、ラギ……」

「…………」


 床を這いつくばってでも彼女たちに近づくラギナの目はすでに朦朧としており、それでも赤い景色の先にミリアがいるということを感じたことで僅かだが消えていった赤い気が色を濃くし始めていく。

 懇願する為に自分の方に向かってきたのではなく隣にいるミリアに向かってきたということをカルラは知ると先ほどまでの表情が冷たくなっていったのをミリアは感じ取っていた時、カルラの細い指がスッと動くと刺さっていた黒い棒がさらに体にめり込んだ。


「グッ……!」

「ああ、ああああっ!? 死んじゃう……ラギが死んじゃう……!」

「……いいわよ。死んでも」

「そ、そんなっ!? だってさっき……」

「私のモノにならないっていうなら、つまりそれは"誰かのモノ"にもなるってことでしょう? だったらここで死んでいいわよ。そんな顔しなくても大丈夫よ、私は死霊術師ネクロマンサーの知識もあるから。貴方の体の秘密は死んでからゆっくりと調べればいいわ。望まぬ結果になっちゃうけど……仕方ないわよね? だって貴方が悪いのよラギナ。貴方が屈服しなかったせいでこうなっているんだから」

「うう、ああああっ……。ラギ、死んじゃ嫌っ! お願い、返事して……!」


 ミリアがどれだけ声を掛けても止めの一撃を食らったラギナは全く反応を示さず、赤い気が急速に消えていくにつれて床に溜まっていく青い血は増え続けていく。

 彼の命が消えていくのが目の前で起きているのに声を出す以外に何も出来ないミリア。

 広がっていく血だまりを見たミリアはそれに伴って先ほど感じていた黒い感情が腹の底から沸き起こっていくとそれを吐き出すように大きく口を開けた。


「ううっ、うわああああああああああッッ!!!」

「──……ッ!!?」


 ミリアの慟哭が館全体に広がっていき、その声量は他のエリアにいた信者たちも耳を塞ぐほどであった。

 そしてそれを間近で聞いたカルラは思わず耳を塞いだが、同時に自分の変化にもすぐに気が付いた。


「あっ、がっ……! なっ……! これはっ!?」


 異変を感じたカルラは耳を塞いでいた手を目の前に持っていくと手や腕が黒い斑点が浮かんでいるそれは彼女の体を蝕むように増えていき、蝕んだ部分はまるで自決するかのように朽ちていくこの感覚はカルラが最も知る現象でもあった。


(体が勝手に死ぬようなこの感じは呪術か!? バンシーボイス……コイツ、呪詛を無茶苦茶に吐き出しやがってッ、その声でこの私を呪い殺そうっていうのか!?)

「煩いんだよ小娘ガキが! いい加減黙りなっ!」

「あああッ! あああああああああッ!!」

「──うぐっ!?」


 ミリアのこの声を聞いてしまった近くにいた信者たちはすでに体が砂のように朽ちており、それはまるで彼らの細胞が生きることをやめたかのような散り様はこの大広間の外にいた者たちも同じ現象が起きているだろう。

 呪術師であるカルラはそれに対する耐性はあったはずなのにカルラを侵食する黒い斑点の勢いは依然として止まる気配がない。それによって彼女を拘束していた糸に力すら入らずその身を解放して床に落としてしまう。

 屈辱だが自分が扱う呪術よりも強力な術を使用していることを身をもって体感していた。


「……あっ、ああっ!? 私の、私の顔がぁッ! せっかく美しくしたのに、崩れちゃう! あああぁ……。…………この小娘ガキィ……。よくも、よくも私に向かって呪術こんなことを……! ……その口閉じなかったらお前もこの男と同じようにしてやろうか!? アァッ!?」


 ミリアの呪詛によってカルラの顔がドロリと溶けていくのを両手で抑えながら距離をとって、指の間から彼女を睨みつける。

 その声は先ほどのような少し高めの美しいものとは打って変わり、ドスのきいた低い声はまさに魔族の声というのが相応しかった。

 顔を両手で抑えながらカルラの首がポキリ、と骨が折れるような音が鳴ると首が九十度横に向いた後、今度は力なく床の方に顔がガクンと落ちていく。

 それと共に両手もだらりと力無くぶら下げて溶けた顔を晒しながら首の裏側、脊髄から殻を破るような音を鳴らしつつそこから黒い何かが這い出てくるのを見てミリアは思わず叫んだ声を止めてしまった。

 人間の形を保っていたカルラの真の姿。背中から這い出た黒いそれはやがて巨大な蜘蛛の形へと変化していくそれは人間だった部分は森で出会った半人の獣の魔族、ケイローン族のように胴体の上に鎮座していた。


小娘ガキの癖にこの私を、こんな姿にさせやがって! 殺す、お前は殺すがどうせお前は簡単には死なん! ならばその分だけ苦しみを与えてやる!」


 巨大な蜘蛛になってもミリアから受けた黒い斑点は未だに消えることはなく蝕み続けている。

 自分の時間が無くなっていることを察したカルラは足を動かすと巨体に見合わないほど素早く、一瞬でミリアに近づくと彼女の細い首を片手で掴みながら高く持ち上げた。


「うぐっ……!」

「まずはこのままお前を燃やして業火の苦しみを味合わせてやる!」


 カルラの手から魔法陣が浮かび上がると黒い炎が生まれそれは通常の炎とは違い、呪いが込められたそこには殺すことよりも苦痛を与えることを重視した炎がミリアの体を包み込んだ。


「──ッ!」

「あっはっはっはっ! どうだ苦しいか!? もっと悶え苦しめ! 無様な姿を晒して私を楽しませろ!」

「……──うぅ……」

「……ッ! コイツまだ抵抗しやがって……お前はもう私の愛玩具おもちゃなんだよ! 可笑しく反応したらそのまま壊れろよなぁ!!」

「……ううッ!! ──うわあああああああッッ!!」


 再びミリアの口から慟哭による呪詛が吐き出されると全身を覆っていた黒い炎がかき消されていき、さらに行き場を無くしたその炎が突然、術者であるカルラを襲い始めていった。


「何ッ!? うぎゃあああああっ!!?」


 自ら発した黒い炎に逆に飲み込まれることになり、思わずミリアの掴んでいた首を離して仰向けに倒れこむ。

 ミリアの呪詛による黒い斑点と己の呪術である黒い炎によって巨大な蜘蛛の全身が蝕んでいき、やがて動かなくなった。


「うぐっ……! はぁ……はぁ……! 私の術を反転術で返しただと……? 

 バカなっ、そんなヤツがいるワケ……。クソが……なんで私がこんな目に……。

 うっ……!?」


 巨大な蜘蛛の体の中から人型の姿のカルラがズルリと這い出るとその下半身は足がなく白い軟体生物のようになっており思うように動けないでいると床に伏している彼女に対してミリアがすでに間近に迫ってきていた。

 ここから這いずって逃れようとするカルラにミリアは仰向けの向きを変えて彼女の上に馬乗りになって逃がさない。

 そのままカルラの首を今度はミリアが両手で締め上げると苦しみの唸り声を発したがミリアはそれを無視するかのように顔を近づけて口を開いていった。


「こんなことをして……! あなた、絶対に許さない……!」

「ううぐ……許さない、だと? そもそもアイツが私のモノになればこんなことになってはいない……!」

「ラギはあなたのモノなんかじゃない! 私を助けてくれた、大切な人なんだ……!」

「……ふんっ」

(馬鹿がっ! 考えが浅い小娘ガキめ。こんな状態でもここまで近いならお前を殺す方法なんてあるのさ! 反転術を使う暇もないほどの術をお前に直接食らわせてやるよ!)

「──……ッ!!!」

「うぐっ!?」


 カルラが何かをしようとしたのに気が付いたのかミリアは咄嗟に口を開いて呪詛を浴びせさせる。

 すでにカルラの白い体は黒い斑点によって覆い尽くされており、残された部分は顔と体の先端だけになっていた。


「変なことしないで……! じゃないと私……」

「殺すのか? この私をそれで。ククク……やれるモンならやってみろよ。 お前は何も分かってないようだな。呪術というのは反動があるということにまだ気が付かないのか? お前の体もそれを受けているということをっ!」


 カルラの言葉通りミリアの体にも黒い斑点が浮かんできているそれはカルラ程ではないがそれでも蝕むように覆いつくそうとしている。

 すでに顔まで達した黒い斑点だったがミリアはそんなことに気を取られず、その視線はジッとカルラの目に合わせていた。


「テメェも自分の呪術で死ね!」

「あなたとの我慢比べなら、絶対私が大丈夫。それにあなたは死ぬ前にまだやるべきことがある……」

「……あっ?」

「ラギを、治して……!」


 ミリアの興奮した息遣いを後目にカルラはチラりとそこを見ると魔族特有の生命力の高さ所以かそこにはまだ息が辛うじてあるラギナの姿があった。


「アイツを治す、だと?」

「あなたなら治せるって、さっきそう言ってた……! そんな状態でもそれぐらいだったらまだ動けるはず」

「……ハッ、ハハハッ! 嫌だね! そもそも体がこうなってるんだ。反転式の術という高度な術が使えるならこの呪術も解除できるぐらいコントロールできるはずだ。それをやれってんならまずは私のコレを治すのが先だよ」

「ダメ。あなた、何するかわからないから。これは絶対やめない」

「お前バカか? 今、この場の主導権を握っているのはこの私だぞ!? 私が死ねば誰がアイツを治す!? お前立場を理解してんのか? アイツを助けたいなら黙ってこっちの言うことを聞け!」

「……いい」

「……あ?」

「そうなってもいい。でも先にラギが死んだら──あなたを殺して、私も死ぬ……!」

「──……ッ!」


 カルラを睨みつける彼女の顔は涙など溢れる液体でぐしゃぐしゃになっているがその緑色の瞳には力が籠っているそれは呪詛による黒い斑点の苦しみすら感じさせないほどだった。

 小娘程度の存在が上位種の魔族であるカルラに対して一切臆さないその姿勢にカルラは本能から身を震わせながら恐怖で顔を歪めてしまった。


(こ、コイツの目、本気だ……! そ、それになんだこの感覚は? コイツの今の声で奥底から震えるこれは……私よりも下の存在のはずなのに、なぜコイツから()()()()を感じているんだ!?)

「早くして……!」

「うっ……」


 自分よりも格上には逆らってはいけない。それは生物として生き残るための当然の直感でありそれに反する事は稀な事象が起きなければまず無い。それを今この場でそれを理解するとミリアの言葉に黙って頷くしかできなかった。

 それは上位の魔族であるカルラが小さな子のミリアに魂から"屈服"したということだった。

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